挿話/剣と敗北の聖女
クシャ帝国で学び、理想を抱いて帰国して、さあこれからだと意気込んでいたルアンに、国王怪死の真相を笑顔で語り、さああなたが国王になるのですと語った母フランシスカは。
悪夢だった。
~ ボルトニア王国ピポロ伯爵領ホプニラの丘・狩の城・主の間 ~
「君だけならば逃げられるだろう。私に付き合ってこんな所で死ぬ事はない」
「冗談だったら笑ってあげるけど、本気だったら怒るよ?」
硝子窓の彼方を見詰めるルアンの言葉に、ナナミは呆れと怒りの混じった声で応えた。
「君の予測魔法通りならば残された時間は少ない。まあしかし、あれを見れば外れる、という事は期待できないな」
十分程前から、トールヴァ湿原では異変が起きていた。
爆音が絶え間なく響き、空を紅蓮の炎が走り、時折天へと突き立つ白い火柱が現れる。
そして湿原から狂騒し逃げ惑う獣や魔獣が狩の城へと押し寄せて来ている。
都市結界によって城内への侵入は防がれているが、しかし、駆除に動く自動魔導砲と併せて無駄に魔力を消費させられており、逼迫した状況となっていた。
「カルネイロ子爵を囮に本命はトールヴァ湿原を進ませる、か。馬鹿らしい。狂っているとしか言いようがない」
トールヴァ湿原に軍を進めようものならば、万の数の兵士を用意したとしても、一刻と経たずに軍は壊滅してしまうだろう。
王城に保管されていた過去の開拓記録には、赴いた全員が湿原の住民達の胃袋に消え、十五年前に共和国と共同で行った作戦では、四万人の兵士が帰らぬ人となったとある。
また七体の『主』と呼ばれる大型魔獣の個体達は、当時の魔法士達が放った戦略級上級魔法を受けてさえ、ほぼ無傷であったと、筆者の抱いた絶望と共に記されている。
だが仮にトールヴァ湿原を越える事ができる者がいるとするならば……。
「翔砲騎と波閃槍は兄上達と三つ巴で動けない。噂のボルボル傭兵団は別の大陸で活動中……」
「成程、さっぱり分からないって事だね!」
「…………いや」
誰が、もしくは何があの爆炎の嵐を巻き起こしているのか。
思考に沈むルアンの耳がそして、二胡の音色を思い出した。
(ああ、考えるまでも無い事だったな)
ナナミはそのルアンの顔を見て、彼方の白い火柱を見て、またルアンを見た。
「あの子本当に凄いよね。最初会った時はめっちゃ可愛い子だなって思ってさ。それが男の子でびっくりで。極め付けはこの戦争の黒幕だっていうじゃない」
「確かに昔から苛烈だと思う事はあった」
「そういう所も好きだったの?」
「……」
会話は途絶え、しかしその間を乱す様に、コンコンと扉を叩く音が響いた。
「失礼します」
ルアンの返事を待たず女騎士が部屋へと入って来て、老錬金術師がすぐその後に続いた。
「シビラ。それと【
「出撃許可を頂きに参りました」
「先程ワシの偵察用ゴーレムが確認しましたじゃ。トールヴァ湿原で暴れておるのは、商人の子の牛人ですじゃ」
ルアンに知らされる事無く、先刻使者としてこの城を訪れたフラビオはフランシスカの命を受けた騎士によって斬られた。
「私に聞かなくても母上に聞けばいいだろ」
そして実はフラビオを
「王妃殿下は地下の遺跡にいらっしゃいます。ですのでルアン殿下、許可を」
「……そうか。分かった」
ルアンは女騎士へと向き直り、ただ、疲れ切った声で彼女の望むものを与えた。
「近衛騎士【砂舞剣 シビラ・サンタナ】。お前に【フラビオ・セレーゾ】の討伐を命じる」
「はっ。ありがとうございます」
シビラは笑みを浮かべて駆けて行った。
「ルアン君いいの? 彼女は……」
「許嫁だったのはクシャへ行く前までの話だ。一人の騎士として彼女は戦場で果てる事を望んだ。それに私は許可を出した。それだけだ」
「これこれ、まるでワシの孫娘が死にに行くように言って下さるな」
―― 王立魔導研究所前所長【駆馳の鎚 ジルマール・サンタナ】。
武の名門サンタナ伯爵家の嫡男として生まれるも錬金術に傾倒。
『狂人』と呼ばれる奇行を繰り返すも、錬金術師として天才を開花させた為に廃嫡されず、遂には当時の王により魔導研究所の所長に抜擢された。
特にゴーレムの開発に優れ、ボルトニア王国軍制式戦闘装甲ゴーレム【赤城巨兵】シリーズは国家間戦争、魔獣討伐で多くの戦果を残している。
「聖ボルテに
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