剣と敗北の聖女 十四
~ 南部沿岸
先頭を進むゴーレムの集団が生い茂る草木を薙ぎ払い、その後を三万人を乗せた軍用馬車の群れが一糸乱れずに行進する。
魔導機関の排気を嫌う魔獣達が時折現れるが、魔法や魔導矢の集中砲火を浴びて直ぐに肉塊と変えられた。
軍が去り土埃が消えた頃には周囲から掃除人達が現れ、一欠片の骨も残す事無く、
「順調ですなカルネイロ子爵」
「ああ」
大型馬車にはこの軍の指令室が設えられており、十人の将校が机に広げられた地図と書類を睨んでいた。
「ルアン殿下に従う生き残り共は凡そ千百。【山崩拳 ブダ・カルネイロ】子爵閣下率いる我が軍には、あまりに物足りない数ですな」
「左様。まあ窮鼠猫を噛むという事もございます。揺るがぬ勝利とはいえ、慎重に参りましょう」
作戦を確認した後は銘々が雑談に花を咲かせて、昼食の時間になれば指令室に座すのは、カルネイロ子爵ただ一人となった。
巨猿獣人の血を引く益荒男はただ目を閉じて、置物の様に、ただ在った。
「夢を見た」
太く重い声が、がらんとした部屋に響く。
「それぞれ秀でた才を持ち生まれた三人の王子。探求心に富み広い世界を見渡す視野を持たれたマテウス様。激情を秘め天賦の才を極めたハファエル様。民を思いやる心を持ち彼らの為に努力を惜しまなかったルアン様」
ただ淡々と、ブダは語り続ける。
「彼らの代になった時、我がボルトニアはスパニーナを圧倒し、この大陸に覇を唱える強国へと生まれ変わる。有り得たであろう、もう叶う事はない夢だ」
「それはご愁傷様でございます」
火晶石の光に隠れる影より、ぬるりと一人の男が姿を現した。
「共和国の者か」
「初めまして。姫様の命で二バラギア共和国より遣わされました、大統領補佐官【沼底の影 ピラ・モラ】と申します。以後お見知り置きを」
黒衣を纏い黒い仮面を被ったその男は、わざとらしい程に恭しく、ブダへと頭を下げた。
「夕方には終わると仰せです。カルネイロ殿にはこのまま早くもなく、遅くもない時間に到着頂きますようお願いします」
「わかった」
「では」
一礼し、【沼底の影】と名乗った男がまた影へと溶けていく。
「戦場とは」
「……」
「俺の知る戦場とは、勇者と英雄達の世界だった。武を鍛え、智を磨き、聖霊の微笑みを得て勝利を掴み取る者達の
開かれた銀色の瞳が影を見る。
しかし影は何も答えずに消え、行軍の喧噪だけが、ただ一人の指令室を満たした。
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