閑話/剣と敗北の聖女

―― 誇り高く在りなさい。


 それがルアンの母である王妃が何度も口にした言葉であり、ルアンの中に刻み込まれた言葉であった。


 しかしルアンの誇りとフランシスカ王妃達の誇りは、ルアンが大人へと近付く程にずれていった。


「やめろ」


 王都リルデンの学園で平民の学生へ拳を振るう貴族の子弟達を見付け、ルアンは声を掛けた。

 平民へ向けていた残忍な笑みを不細工な媚びた笑いに変えて、ルアンへグチャグチャな早口で意味不明な弁明をして、何某家の少年達は去って行った。


「やめろ!!」

「嫌だね」


 帝都ゴルデンの路地裏でルアンの友人の少女を魔法で拘束する男が、ズタボロで地面に倒れ伏すルアンへ吐き捨てた。


「こいつは借金の支払い期限を守れなかった。制裁が必要だろ?」

「がっ、ああっ!!」


 少女を拘束する土の手の握力が強まった。


「わ、私が払う! だから彼女を!」

「いいぜ。払えるなら誰でもな」


 ルアンの懐を探り、取り出した財布の中を数えた男はすぐに土の手を消した。


「良かったな。今月の利子が払えて」


 少女へと這うルアンを鼻で笑い、男は治療魔法を掛けた。


「何の積もりだ」

「サービスだよ。客を死なせる訳にはいかねえからな」


 ルアンは立ち上がり、少女へと駆け寄った。


「勘違いのお坊ちゃん。お前には資格がねえよ。正義を語る資格がな」

「誇り無き下郎如きが! 薄汚い口でよくもこの私に正義の資格などと!!」


 少女を介抱し、ルアンは男を睨み付ける。

 今まで生きてきて、これ程までに屈辱を感じたと思った事はなかった。


「ハッ、ここいらの子供でも知ってるぜ。誇りを語るには相応の立場ってやつが必要だってな。他所の国の王族様という肩書しかない雑魚が粋がってんじゃねえよ」


 無防備な背中を晒して男が去って行く。

 ルアンは唇を嚙む事しかできなかった。


 もしここで男を殺せば、この国の法はルアンこそを裁く。

 

 ルアンに恋をし、一緒に逃げてと涙を流した愚かで弱い少女こそが、この国の悪であった。


 心の中に燃えた炎は怒りの嵐となって叫び、荒れ狂った。


「ウアアアアアアア!!」

 

 汚れた地面と汚れた煉瓦れんがの壁に閉ざされた場所に、無垢な叫びが響いた。

 しかし閉ざされた扉や窓は一つとして開く事はなく、ただしずかに、古びた街灯の灯りが灯った。

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