剣と敗北の聖女 二


 強敵との死闘を終えて。

 俺は確かな成長を感じた。


 だから今日こそは、いけそうな気がした。


「気のせいですよ」


 視界の端で、怠そうに岩に寄り掛かるサヨが、何かを言っている。

 

「それよりも、そこら辺の木を斬って、SOSとか作ったらどうですか? 目的地の座標から相当ずれてしまいましたけど、ヤパス殿の竜機兵なら見付けてくれますでしょう」


 着物の袖口から出された地図を、ピラピラと振ってくる。


「……だから魔法で合図を送るんだろうが。そうすればあいつらには分かるだろ?」

「できれば、ですけどね。もう此方こなたは寝ておきますから、救助が来たら起こしてくださいね」


 ワザとらしい大欠伸おおあくびをしたサヨを無視し、空へ掲げた右手に、俺の全魔力を集中させる。


「すー、はー」


 雲一つ無い蒼穹へ向けて、魔法のイメージを思い描く。


「虚空を流れる力よ!」

「合わさり震え 光を描け!」


「【震雷しんらい】!!」


 ピリッと、小さな光が瞬いたと同時。

 強烈な脱力感が襲って来た。

 

「く、そ……」


 魔法は失敗。

 そして魔力切れになった俺は、堪らず膝から崩れ落ちた。


「ダメだったか~」


 もう知らんとばかりに身体を地面へと投げ出した。

 乾いた風が鼻に入って「ハックション!!」とクシャミが出た。


「やっと見付けたっす」

「ぐげっ!?」


 虚空から現れた大兎のヒップアタックが腹に直撃した。

 

「ぐおおお……」

「これは、ごめんなさいっす」

「い、いや。問題無い……」


 土を払って立ち上がる。


「それよりも見付けてくれて助かった。【クロス・アリス】、使えそうか?」

「単純に使うだけならもうマスターしたっす。けど組み合わせて使うと、今みたいに制御が甘くなるっす」

「そうか。まあ【杖の八長老】なんて、難物この上無い代物だ。丁度『人間救済教会』との戦いも一区切り付いたし、じっくり行こう」

「はいっす」


 騎士服姿で、ピシリと敬礼する大兎に苦笑する。


「さてと。トラブルはあったが、スリーピーが来てくれたから、ザロまでは転移ですぐだ」

「トラブルって、お水とお酒を間違えたヨハンが、酔っ払って星海航行領域バハムートから落ちただけでしょう」


 傍らに寄って来たサヨが、ジト目で俺を睨んでくる。


「こんなバカな理由で主を失ったら、此方はこれから先の数万年、他の王達の笑いものになっていた事でしょう」

「あはは。大気圏で真っ赤になった主を見た時は、もうダメかと思ったっす」

「コホンッ!!」


 不利な話はぶった切る。


「それよりも、待ち合わせまでの時間がない。イノリさんが持って来た依頼だ。失敗したら、それはもう莫大な違約金を取られるぞ」

「…………いつも思うんっすけど、どうして皆さん、あのお方の依頼を受けるんっすか? アチキが言うのもなんですけど、相当な無茶ぶりばっかっすよ?」

「義理もあり、恩もある。充分以上の理由さ」


 懐中時計を出して、針を確認。

 

「スリーピー、頼む」

「仕方ないっすね。それを言ったら、アチキこそっす」


 スリーピーが懐から出した、一枚のカードを掲げた。


「『クラブの四』オープン。目標、ザロの町の聖典教会支部っす」

 

* * *


「おう、久しぶりだなフラビオ。と、カミラか……」


 大男はまずフラビオを見て喜色を浮かべ、カミラを見て溜息を吐いた。


「お久しぶりですジットンさん」

「随分だねぇ、ハゲ。またノしてやろうかい?」


 北西大陸で広く名を知られた傭兵団の長であり、S級開拓者でもある【爆砕斧 ジットン・ボルボル】は、フンと鼻を鳴らして、来客用のソファーに腰を落とした。

 頑丈に作られたソファーが、ジットンの重さに堪らず、ギシッときしむ音を上げた。

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