剣と敗北の聖女 一


 急速に頭角を現し、国家さえ凌ぐ力を持つに至った謎の結社、『星屑の塔』。


 その内実を知る者は少ない。


 南東大陸の炎の魔境、『ボルケーノ大森林』の主たる劫亢こうこうの座、『魔蟲王』の討伐。

 南の海に浮かぶ不帰かえらずの魔境、一万年前に滅びた国々が眠る、『夢の島』の攻略。

 宙界の彼方に失われた古代文明の遺跡、歴史から抹消された『骸船』の発見。


 等々。


 その名が初めて表舞台に出のは、開拓者協会に所属しない、有力な私部隊パーティーとしてだった。


 時に国家や神殿と対立しながらも、多くの偉業を成した、剣士、小竜、忍者、錬金術師、侍、魔法使いの六人。


 若き伝説である『黄金騎士』を始めとし、いずれもが一騎当千の実力を持つ者であった。


―― そしてある時を境に、私部隊パーティーは結社へとその形を変える。


 宗教的色彩が見られた事から、『人間救済教会』や『タニスン大聖教』のような非神殿主義の組織であると、多くの者達は考えていた。


 そして神殿によって叩き潰され、すぐに消えてしまうだろう、とも……。

 

* * *


 ボルトニア王国に起きた王位継承戦争の末期。

 国は疲弊ひへいし、その限界は目前まで迫っていた。


 ……。


「仕事だ。パイプの火を消してゴーレムに乗り込め」

「りょーかい。あーあ、心が痛むねー」

戯言ざれごと を」


『本艦はあと十分で『ザロ』上空に到達する。計画通り市街中心へ魔法砲を放ち、その後射出する戦闘ゴーレムで制圧。【翔砲騎】と『黒鷲隊』は不在だが、ザロ伯爵麾下きかの騎士団は健在だ。『聖ロペス機士団』は彼らを排除し、ルシアを確保せよ』


従弟いとこちゃんはどうします?」

『……お前に任せる』

「ありがとー父上、愛してる―。さーってヤる気が出てきたぞー」


「気を引き締めろ中佐。貴様が死ぬのは勝手だが、他を巻き込むような事はするな」

「くっくっく、妾腹しょうふくだと肩身が狭いね~。まあ何時いつもの事だけど」


 飛行戦艦の後部扉が開き、吹き込む風の中で、戦闘装甲ゴーレム達が鋼の翼を広げた。


『英雄ってのは大変だ。国の為となれば、自分で家族を守る事もできない。俺達が手にする国の為、粉骨砕身で働いて。待っているのは断頭台とは、報われないねー』 

* * *


 ボルトニア王国の辺境の町『ザロ』は、聖ボルテが辿った巡礼路の上に在り、また、交易の要衝ようしょうとして古くから栄えた場所であった。


 グレーベルの故郷であり、ルシアの祖父が領主を務めるその町は、必然として王女ルシア派の拠点へと変わった。


 王位継承の争いは、第一王子の死によって、王女ルシア派と第二王子派、第三王子派の三つ巴の膠着こうちゃく状態となっていた。


 それを好機と見た隣国であり仇敵であるスパニーナ帝国は、皇帝直属の金斑王虎騎士団を使い、国境の辺境伯領を襲撃し、これを陥落させた。


 国家としての危機に、ルシア派と第二、第三王子派は停戦協定を結び、グレーベルを筆頭とした戦力を送り込んだ。



 そして。



 多くの人々が行き交う、ザロの旧市街の大通り。

 そこに面した一画に、頑強な石造りの店舗と潮風のこびり付いた看板を掲げて、ザロの町の始まりより、『セレーゾ総合海運商会』は商いを続けていた。


「ここ、金額が間違ってますよ。材料費の計算の中に、間違えて商品も入れたせいですね」

「あ、ホントだ。ありがとフーちゃん」


 フラビオから書類を受け取った商会員と入れ替わりに、いかつい容姿の海魚人マーマンの女が入って来た。


「フラ坊、ボルボル傭兵団から依頼が来たよ。来月二十日、クシャ帝国に行く船を用立てて欲しいってさ」

「分かりました。すぐに見積りと契約書を作りますので、担当のサンドロさんを呼んで来てください」

「あいよ」


 彼女に呼ばれたサンドロと一緒に算盤を弾き、書類にペンを走らせるフラビオ。

 その間にも、絶える事なく商会の、或いは取引相手の者達が、フラビオを訪れて来た。


 昼食を取らないままに時間は過ぎ、十五時を前にしてやっと、フラビオはペンを置く事ができた。


「ほら。あんま根を詰めるんじゃないよ、フラ坊」

「ありがとうございます、カミラさん」


 カミラが戸棚から茶器を出し、魔法で水を温め、紅茶を入れる。

 それを一口飲んだフラビオは、ほっと息を吐いた。


「騎士の貴女に雑用をさせてしまって、本当に申し訳ありません」


 元近衛騎士隊副長【波閃槍 カミラ・フレイレ】はルシアの幼馴染であり、ボルトニアに五人しかいない、心道位を持つ女傑である。

 本来の仕事は王女であるルシアの護衛だが、それは今、フラビオとグレーベルの師であるイノリが務めていた。


「気にしなさんなって。十一の坊やがヒーヒー言ってるのを見てる方が、心苦しいさね。それに騎士見習いの時の雑用と似たようなものだから、慣れたもんだよ」

「ありがとうございます」

「ハッハッハ、そういう生真面目な所もルシアそっくりだね」


 カミラが気風の良い笑い声を上げ、フラビオも釣られて笑みを浮かべる。

 それは『ボルトニアの赤薔薇あかばら』と称えられる母ルシアと同じ、匂い立つ程の色香を帯びたものだった。


「っ、不意打ちだねえ。フラ坊が……じゃなかったら、押し倒しちまう所だったよ」

「ふふふ、カミラさんはそんな事はしないと信じてますよ」

「ちっ、ほら」


 ことん、と机の上に小瓶が置かれた。


「これ……」

「ベルパスパの『妖精花の朝露』。今日だったろ、誕生日」


 フラビオは恐る恐ると、その小瓶を手に取った。

 金の花が描かれた水晶硝子の中で、白金に輝く香水が揺れている。


「…………ありがとう、ございます」


 フラビオの両目から知らず、涙が零れ落ちた。

 歴戦の勇士たる【翔砲騎】の息子として、或いは病弱たる母ルシアの名代として。

 忙殺の日々の奥に置いた、諦念ていねんの情が揺れる。


「普通の子供ガキなら、言う奴は放っとけって話だけど。まあ、それ位の物でなお目くじらを立てるような奴は、アタシがぶっ飛ばしてやるよ」

「はい……」


 フラビオが涙を拭い、同時、ドアを叩く音が部屋に響いた。


「若、サンドロです。ボルボル傭兵団の団長をお連れしました」

「どうぞ、入ってください」


 ドアが開き、サンドロに続いて、日に焼けた髭面の大男が、部屋の中へと入って来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る