剣と敗北の聖女 三


 赤いマントを羽織った黒い肌に禿頭とくとう猛禽類もうきんるいの如き光を宿す黒眼の巨漢。

 三百人からなる『ボルボル傭兵団』を率いる人間の男。


―― ボルトニアの赤き死神。


―― 爆炎の破壊者。


―― 冒涜ぼうとく蹂躙者じゅうりんしゃ


 その皺の刻まれた顔は、四十三という人間の年齢にしては深く、彼の生き様を静かに語るようであった。


 ジットンは口に加えたコーンパイプへ、太い指先に火を灯し、当てる。


 フハーッと煙が昇り、トンッと灰皿に灰が落ちた。


「随分商会員が板に付いたじゃねえか、サンドロ」

「恐縮です」


「カッカッカ。傭兵なんて若い内にしかできねえ仕事だ。身体にガタが来ても続けられる、元部下に良い再就職口を用意してくれたフラビオには、もう足を向けて寝れねえな!」


―― カッカッカ!!


「四十代の分際で、随分とまあ爺臭い事言うね」

「ハンッ、このデカ女が。そっちこそ、いい加減その口の汚さを直したらどうだ。ボルトニアの近衛騎士の品性が疑われるぞ」


 二人の間の空気が緊迫する。

 仲裁しようとフラビオが立ち上がる前に、サンドロが魔法で手早くポットに新しい紅茶を用意して、皿に乗せた菓子と共にジットンの前へと置いた。


「どうぞ団長」

「……すまねえ。いただく」


 カップに口を付け、ズズッと紅茶を飲み干す。


 サンドロはジットンと、そしてカミラに軽く頭を下げ、自分の机へと戻って行った。


「…………流石さすがだねえ」


 カミラはサンドロを見て、しょんぼりしているフラビオを抱き寄せた。

 

「ったく、悪かったよフラ坊」

「うわっ!?」


 乱暴に頭を撫でられ、フラビオが悲鳴を上げる。


「この山賊顔には昔煮え湯を飲まされてね。どうしてもお上品にできないんだよ」

「……」

「サンドロの今みたいな機転は、場数をこなせば簡単にできるようになるさ。フラ坊は経営、他はアタシ達がやるからさ。存分に頼りなよ」

「はい。ありがとうカミラさん」

 

 頬を赤くしたフラビオは、まるで少女のように可憐だった。


「あーあ、もしお前が女だったら、攫ってでも嫁にしたのになぁ。カッカッカ!」


 ジットンも立ち上がりフラビオの頭を撫でようとしたが、その前にカミラが自分の方へとフラビオを引き寄せた。


「あんたはそういう客じゃないんだろ。テメエの息子が寂しいならそこのドアから出て、色町へでも行っちまいな」

「はぁ、お前のキツイ性格、前より酷くなったんじゃねえか。年取ればオーガでも丸くなるってんのに」


 フラビオに触れ損ねたジットンの右手の、宝石を散りばめた皇金の腕輪が、虚しくジャランと鳴った。


* * *


 北西大陸に在るボルトニア王国。

 ザロはその最も西に位置する町であり、その最も高い丘の上には、初代国王の養父である聖ボルテ所縁の神殿が建てられている。

 

 丘の下から見上げれば、白象石に神話のモチーフを彫り込まれた、荘厳な建物の聳える姿が見えて。

 そして、その横に置かれた小さな砦こそが、この町の聖典教会であった。


 風の聖霊の使いである鷲をモチーフにした入口、『ささやきの門』を抜けると、白貝石の敷かれた坂道が現れる。


 王位継承戦争が停戦したからだろう、地元の参拝者以外にも、他国の衣服を纏った者達の姿が、坂の先にチラホラと見えた。


「ほら」

「ありがとうっす」


 スリーピーを肩に乗せる。

 故郷ペシエに居た頃は、よくノルマンとエリゼをこうして……。


「主?」

「ああ、すまん」


 スリーピーの声。

 意識が今に引き戻され、他の参拝者達に混じりながら、丘の上を目指して石畳の道を歩いて行く。


「結構人がいるっすね」

「スパニーナ帝国が国境に進軍して来て、泡喰った王族共は戦力を北に送ったらしい。それで兄弟喧嘩は停戦だとさ」


 入口近くの売店で買った新聞を、頭の上のスリーピーへ渡す。


「いつの時代も王族はバカばっかりっす。跡継ぎに迷うなら、後宮で種馬みたいに腰を振って、バカスカ子供を作んなって話っす」


 国には避けえない、が存在する。

 それが元首の交代、古き王が退き新しい王が誕生するまでの空白である。


 破竹の勢いで成長した国が王位継承を争って分裂し、やがて歴史の中に消えて行った例は数多い。


 世界的には紀元前、ユーラシア大陸の西から東を制覇したアレクサンドロス大王の大帝国も、大王の死後に争い、分裂した。


 日本で言えば足利将軍家の後継を争って応仁の乱が起こり、京都を灰にして、戦国時代への幕を開く事になった。


 またこういった歴史を持ち出すまでもなく、二十一世紀初頭の日本でも、オーナー経営者の後を争って、会社自体が消えたというのは、そう珍しいものではない。


 誰も国を消そうとして争うのではない。

 奪おうと争い、一つでも多くとを剥ぎ取って行く。


 歴史が生み出す文化、文化が生み出す芸術、芸術が育む人、人となる命。


 そして最後は、童話の『幸福な王子』のように、ボロボロとなった国はその息を絶やす。


 日本からこの世界へ転生し、多くの土地、四十を超える国々を訪れた。

 そこで見聞きしたものを考えて、改めて思うのは。

 二百六十五年の十五代を繋ぎ、戦争無き国を築いた徳川の時代は、まさに偉業であったという事。

 

「うわ、おっきなウサギさんだ!」

「ほんとだ! しかも騎士様の恰好!」


 俺の横に子供が二人、小走りに駆け寄って来た。


「ねえおじさん。ウサギさんの名前は何て言うの?」

「グフッ」


 無邪気な顔で、少女はえぐるようなストレートパンチを放って来た。

 

「……俺はまだ十五歳だ」


「ええっ!?」

「え―――」


 ……。

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