世界の色
「ボンノウ。その俺への問いが、お前がこの茶番を仕組んだ動機か」
「そうだよ」
ボンノウの顔に浮かべるモノは、笑みと呼ぶには
細められた目の奥に、赤熟する石炭の様に重い熱を湛える瞳が見えた。
「この世界に生まれて、いや前世も含めてかな。長い、本当に長い人生を生きてきた。我ながら日常の穏やかさと縁遠く、戦場の匂いに浸ってばかりだったよ」
吐き出される言葉は、いつもの軽い調子のもの。
「気づいたらこんな場所に座るようになってしまった。弱い者も、強い者も多く見てきた。その誰もが僕の
刀の切先が突き付けられる。
「だからヨハン。君はあまりに惜しいんだよ。ただの、世のため人のために生きる商人? 違う。違う違う違う違う違う!!」
ピッ。
振り払われた刀の先、断ち斬られた風が地面を切り裂き、土埃の混ざった風が吹き荒れた。
「ヨハン。君は僕の最大の敵になるべき男だ」
『礼装を纏ったくすんだ金色の髪の青年』の幻が弾け飛び、強大な覇気を湛える道服禿頭の真の姿が俺へと、その右手に握る刀の切先を突き付ける。
……。
「……本当にお前は」
青の剣を握る右手が軋む。
「この節穴があっ!! F級開拓者に何勝手に変な妄想を描いてやがる!! 人の人生設計に口出すんじゃねえ!! あまつさえ俺の家族を手に掛けやがって!! ボコしてその口塞いでやらあっ!!」
身体強化魔法、最大で発動!
踏み込み、剣は左腹に回し、前傾姿勢で構え、全力を込めて疾走。
向かい立つボンノウの体から莫大な白い魔力が噴き上がった。
「そうだヨハンッ! 来い!!」
振り抜く俺の剣と、ボンノウの振り下ろす刀の刃が激突する。
それによって生じた膨大な火花、いや視界の全てを塗りつぶす白い閃光。
青の剣はそこいらの一流品など歯牙にも掛けない超級の魔剣である。
おまけにパフェラナから膨大な魔力が供給され続けているので、使い手たる俺は一切の魔力を費やす必要が無い。
俺の魔力は全て強化魔法へと注ぎ込み、それでなおこの剣の機能を全開にして振るう事ができている。
まさに【ヨハン・パノス】は文句の付けようがない程に、最高の状態なのだ。
――だからこそ。
「くそったれが」
激突の反動を利用し、ボンノウからまた距離を離す。
ボンノウの刀は正真正銘の、ただの鋼でできた物。
伝説の名工や神話の英雄の影など一切ない、普通の刀工が作った一般的な工芸品として評価されるだけの物。
「ッ!」
そのただの鋼の刀と打ち合った青の剣には、
剣の傷はすぐに自動で修復され、剣身が湛える強大な魔力の波動は、しかし些かも減じてはいない。
流石は超級と呼ぶに相応しい魔剣であり……。
だからこそ、これ以上無い程にハッキリと浮き彫りになるのだ。
――剣と刀の性能の差とは逆の、持ち手の戦闘力の差、その哀れな程の隔たりが。
例えて言うと、俺とボンノウの差は蟻と龍。もしくは蝋燭と太陽。
俺はここまで『絶望』という言葉が似合う戦いを経験した事がない。
ステップを刻み、縦横無尽に広大なアリーナを駆け続ける。
背後には、ぴったりと距離を保ったボンノウの気配が
俺がボンノウの纏う圧倒的な魔法防御の障壁を斬るには、力を溜めた最大限の一撃を持ってするしかない。
しかし、そうしてやっと放った一撃は、白い魔力洸を纏う刀の一振りで簡単に消し飛ばされてしまう。
そこから二撃目を放つ余力は俺に無く、膠着したヒット&アウエイの繰り返しが続く。
(!? ヤバイ!!)
ボンノウの気配を見失った。
そして、俺の全方位を覆う、猛烈な潮の匂い!!
身体中を突き刺すような死の気配の悪寒が撫でる。
押し潰されそうな心を奮い立たせる為に。
魂を絞り出す為の気迫を込めて咆哮を上げる!!
「ガアアアアアア!!」
天から莫大な白刃の輝きが降って来た。
意識はまるで津波に呑み込まれたように、感覚は天地の正常を失い、白い殺意の奔流の中を翻弄される。
絶え間のない、白刃
剣の切先、剣の腹、剣の
全てを使い受け流す、いや、呑まれ、ただ溺れないようにするだけで必死!!
右腕。
手指の関節は、手首の関節は、肘の関節は、肩の関節は悲鳴と激痛を上げる。
体中を
狂気が覗き、己の血肉の煙を鼻と口で啜る、
足の指一本の踏ん張りさえ許されず、宙を、無限と思う刹那を泳ぐ。
微かな風の匂いを嗅ぎ。
黒と錯覚する程の潮の匂いを嗅ぐ。
それは
刃の濁流が一つへと消え。
神さえ殺す無双必殺が突き出された。
(―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!っ)
自分の絶望と絶叫を一息に吐いて捨て。
青の剣の切先の一点。
ただそこへのみ、残ったパフェラナの魔力と俺の搾りかすのような魔力、そして俺の命の全てを込める。
俺とボンノウの間にあった距離は、コマが変わるように、最後の激突へと
青の輝きと白の輝きがぶつかった。
青の剣が、白の輝きに砕かれていく。
無数に散りゆく破片を超えて。
白き刀の切先が目の前に在る。
終わりはそこに。
全て、一度の生を自ら殺し、二度目の生を奇跡として得た、この命。
青い海が見えた。
青い空が見えた。
手を伸ばした、世界が見えた。
だから、俺は、生きる!!
お前に
「安いものじゃねえんだよ―――っ!!」
白い閃光へと噛みつく!
爆炎が口の中を蹂躙し血肉を抉り焦がされる痛みに意識が破裂しそうになるっ。
だが……。
「なっ、バカな!?」
らしくもなくボンノウが叫ぶ。
刀は止まった。
喉の奥にボタボタと血が落ちる。
命の寸前で。
鋼の刃を俺の歯が噛み止めていた。
ボロボロの口、ボロボロの顔で笑う。
ボンノウの目が、
(よく見とけよ)
息を吸う。
そして、白い魔力を吸う。
(これが)
全ての力を吸う。
それは、また全て俺の力へと変わる。
流れ込む膨大な力が俺を癒していく。
血は止まり傷は新しい皮膚で塞がり。
そして。
止まらずに流れ込んだ力が、俺のものとなった力が、魔力洸を放つ。
あの世界からこの世界へと俺を
それが、俺の魂の色。
「ヨハン、君の、その力は……」
その言葉に答える必要は無い。
だが、これで正真正銘となる最後の一撃だ。
「ああ。これが俺の世界の色だ」
紺碧の輝きの中で、失った左手が再生する。
それを握りしめ。
バキンッ!!
刀を俺の顎門が砕き割った。
ボンノウが刀を引き、右手に白い雷の魔法を顕わすが。
「これで決着だ―――――!!!!!」
紺碧の魔力洸を纏った俺の左拳が白い雷を叩き割り。
「ゴハッ!!」
ボンノウの右頬を打ち抜いた。
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