十日前:優しい声

~ …… ~ 

 

 私はハサミの音が好きだ。

 切り刻まれた残骸が愛おしい。

 チョキチョキと無心に動かす指が、布を裂いてゴミへと変えていく。

 清浄な白い世界も、可憐な花々も、思いを込めた重なりも、私が描く裁断の境界線がバラバラのナニカに変えていく。

 汚れ無くゴミへと変わった無垢なバラバラは美しい。


 風に舞い散る糸クズに涙が零れた。


 * * *

 

 水の大神殿が魔剣皇帝によって崩壊し、ロシュペ公国が青の聖剣の怒りによって滅びた後。

 枢機卿であった【正誓の書 カニカント・テペテン】の息女である【清誓の杖 コロネ・テペテン】は、生き残った仲間達と共に難民となった国民を率いて、同盟国であったモンサーヌ王国を訪ねた。


 水の大神殿の威光、そして長年の友誼を結んでいた王国の貴族達は、コロネ達へ深い同情を寄せ、また難民達を保護することを約束した。

 逃亡の旅の疲れ、そして祖国を滅ぼした神の如き力を目の当たりにし、誰もが絶望の表情を浮かべていた。


「私達には偉大なる水の聖霊の加護があるのです。諦めない限り、必ず、救いの道は開かれます」


 その彼らに向けてコロネは静かに、そして強く語り掛ける。そして優しく手を差し伸べた。


「聖霊さまは私達を助けてくれるのでしょうか?」

「ええ」


 救済を求める問い掛けは途切れず、それに微笑みの肯定が重なっていく。


「       」

「ええ」

「      」

「ええ」

「             」

「ええ」


「ボク達は……、また、ボク達の町に帰れますか?」

「ええ、いつか」


――チョキチョキとハサミの音が聞こえた。


 それから、コンクラートの追撃を逃れる為に幾つもの土地を、国を渡り歩いた。 

 無為の旅はいつまでも続き、その最後に終わり往く国の片隅へと流れ着いた。

 旅を共にした誰もが希望を失い、ボロボロの身体で座り込み、疲れ切った顔を項垂れさせていた。


 願う声は無く、祈る言葉も無い。

 それは聖霊の導きを忘れた姿であり、どうしようもなく正しくなかった。


 ああ、永遠に迷子の子羊達よ。

 正しさを忘れたあなた達は罪深い。


 それでも、私はあなた達の願いを聞いて、その祈りを天へと送りましょう。


 けれども、あなた達は求めるものを手にすることは無い。


 だから、あなた達が救われるという言葉は。


――全部嘘になりました。


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