朝の訓練/剣士を目指した者 十一


 山のに光が見え、魔力を多く含んだ湖の風で深呼吸をする。

 ひとっ走りして火照ほてる身体には心地良く、頭の芯が覚めるような心地だった。

 

 懐から懐中時計を取り出す。


 短針は五。

 長針は十二。


「ニパン、動けるか」

「は、はい。大丈夫です」


 呼吸を整え、立ち上がったニパンが魔導剣を中段に構える。

 その姿はもう、剣を持ってふらついた頃とは別物だった。


(俺と出会ってから一ヵ月、か)

 

 剣を使えるようになるには短過ぎる時間。

 剣を振るう姿はぎこちなく、相手へ向かって行く姿は駆け足のよう。

 加えて魔法を使おうものなら、危なっかしくて見てはいられない。


(それが普通だ)


 それに剣とは、振るうだけで戦いに通用する物ではない。

 

 剣の切先で攻めるのか、或いは鍔元つばもとで防ぐのか。


 自分と相手の距離は遠過ぎないか、近過ぎないか。


 それらを踏まえて、剣を動かす為にどう構え、どう足を運ぶのか。


 そしてこれよりもっと、多くの処理タスクが積み重なっていく。


「本当に根性あるよなお前。それに才能で言えば、」


 魔導剣の魔力刃があれば大抵の物は斬れる。

 中級魔法まで使えれば、兵士として十分以上に戦える。

 剣など取らずに魔導銃や魔導弓を持って狙撃すれば、敵と相対する必要すらない。


「俺がこれまで見てきた中でも、まあ、十人の内には入る」


 魔導銃で敵を、魔導弓で魔獣を倒し、その補助として魔法を使う。

 近接戦の為に魔導短剣を腰に差し、軽魔導鎧を装備する。


 そうすればニパンはもう、大きな町の衛士として、十分以上に戦う事ができる。


「あ、ありがとうございます」


 自然と笑みが浮かび、ニパンの顔が引き締まる。


「なあ、ニパン。お前は何になりたい?」

「勇者に。皆を守り、助ける、そんな勇者に


―― 上等。いつもながら、良い答えだ。


 魔導剣を抜き、中段に構える。


 ケチって買った安物で、丈夫なだけの剣。

 だが、ニパンを殺すには、余りある代物だ。


「いつも通り全力で掛かって来い」

「はい!」


 ニパンの剣の火錬玉が灯り、俺の剣の風錬玉が灯る。

 

「っ!」


 ニパンが強化魔法を纏う。

 一応は構造として完成し効果を発揮しているが、無詠唱である事を加えても構成が雑で、粗さが目立っている。


「はあっ!」


 踏込みは速く、俺の右手を狙うと見せかけたニパンの剣は、直前で僅かに軌道を変えた。


(本当に、こいつの剣の流れは良い。だが、)


 ニパンの剣を払い、背中に蹴りを入れた。


「がはっ!!」

「まだ遅い」


 ニパンは剣を落とし、地面を転がっていく。

 止めへと向かう俺に、ニパンが右手を突き出した。


「虚空を流れる力よ」

「合わさり震え つちと成れ」


「【震雷しんらい】!」


 襲い来る紫電を斬り、剣でニパンの腹を貫いた。


* * *


 左足の爪先がニパンの剣の腹を蹴り、手を離れた剣は、離れた木に突き刺さった。


 倒れる勢いのまま転がったニパンは、無詠唱の小級魔法を放って俺への牽制とし、剣の元へと走って行く。


 火球、風の矢、そして盛り上がった土。


 眩しい火の魔法の後に、不可視の風の魔法を使い、正面の攻撃に注意が向いた所で、土の魔法が足を取る、と。


「若い奴ってのは、成長が速いもんだな」


 感慨だ。

 しかも俺とが共に感じたような、不思議な感覚。

 

(これが弟子を持つって事か)


 眼の前で、木から剣を抜いたニパンが構えを取った。


 瞳に映る俺の姿の奥に、初めて会ったときに見た、そして今も消えない光が見える。


「はああっ!!」


 剣を振り被ったニパンの胴を、俺の剣がぎ払った。


 ……。


 ……。


「これ位にしておくか」

「ハァ、ハァ、ありが、とう、ござい、ます」


 地面には泥だらけのニパンが横たわっている。

 だが、その右手はしっかりと剣の柄を握っていた。


「さて、戻ろうか」


 懐中時計を取り出して針を見る。

 時刻は現在六時五分。


「いつも思うんですが、何で僕は死んでないんでしょうか?」

「そういう技だからな。五手乃剣の二・針通撃。今のように『不殺ころさず』もできるが、当然『滅殺ころし』もできる」

「……」

「弁を振るって教えるのは苦手だから実体験、という事だ。まあ実際こっちの方が分かり易いしな。『剣で斬られても死なない』、つまり『剣で斬っても死なない』という感覚は、見て学ぶというには難し過ぎる」


 だから俺も先生に、全力で救世の主メサイアを何十万回と叩き込まれた。

 

 刃のある実剣を使った訓練では、殺しの不安から、達人でも極小の技の鈍りが出る。


―― だが、針通撃を使えばそれが無い。


 達人の鈍りの無い実戦の剣を、その身に受けるという経験は、とても大きなかてとなるのだ。


「……僕は五手乃剣を、習得できるんでしょうか?」


 深刻そうな顔だからデコピンした。


「痛った!? それもかなり!!」

「お前がそれを悩むには十年早い」


「でも……」

「そんな事は勇者になってから考えろ。剣の技は手段だという事を忘れるな」

「……はい」


 まあ、俺も悩んだからな。


「剣の技は『死』を考える事だ。五手乃剣も死を出発点として、その終わりとしている。その円環をどう考え、どう答えを出すのか。それがお前の技になる」

「えっと……」


 ニパンの頭を撫で、きびすを返す。

 風の中に、香ばしい匂いが混じっている。


「まずは朝飯だ。それが終わったら、ちょっと冒険でもしてみるか」

「冒険、ですか?」

「ああ」

 

 俺の指さした先をニパンが見た。

 

「?」


 湖の水面みなもに、朝日が輝いている。

 ただ、それだけの景色だ。


「ヨハンさん?」

「湖から離れろ。れるぞ」

「え?」


 潮の匂いが鼻をくすぐり、気配が急速に近付いて来る。

 そして水面を破り、巨大な顎門あぎとが覆い被さって来た。


「な!?」

「結構美味いぞ、」


 五手乃剣を使わず、ただ剣を走らせた。

 水飛沫みずしぶきが掛かるより速く、風錬玉の洸を残して納剣した。


「ここのわにはな」


 適度に斬り分けた肉片が、俺の左右に落ちて行った。


「さ、流石さすがです!!」

「ありがと」


 は去って行った。


「飯を食ったら。開拓者っぽく、こいつらの巣へカチコミだ」




//用語説明//


※【震雷しんらい

 

 雷を放つ小級魔法。猪を殺す程度の威力がある。


//

 

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