遠き回想
大分後になって、『租税法律主義』という言葉を知った。
国民の選んだ議員で構成された議会が法律を作る。
誰が税を払うのか。
資産に対してどれだけの税が課せられるのか。
そしてどのような方法で、税が
全てがその法律に定められたものでなければならないという、原則。
豊かな国には、必ず公平な法があり。
腐った国では、法は死臭を放っていた。
一見繁栄を
貴族が領民をオモチャにし、欲望のままに
奴隷にされ、或いは、かつての自分のように道端で
貴族の子弟達が世の不平を
着飾った貴族の娘達がしなだれ掛かり、「ああ、何てお優しい方」と
―― 自分はどうすればいいのか。
迷った。
昔、剣の握り方さえ知らなかった、ただの子供だった頃。
ある国のある町で、自分は家族と一緒に暮らしていた。
生活に余裕はなく、幼い自分も朝から晩まで、家族と一緒に働いていた。
祖父と父と母、そして年の離れた姉との生活が、自分の世界の全てだった。
辛かったけど、愛する人達がいた。
だから、いつも笑う事ができた。
今日が終わっても、明日が来ないなんて思う事は無かった。
いつまでも一緒にいたいと、そう聖霊に願っていた。
―― だが、忘れもしないあの日。
その騎士は必至の
自分は恐怖を覚えた。
何か良くない事が起こると、何故か確信したのだった。
「大丈夫だよ」
震える自分を、姉が抱き締めてくれた。
姉の腕の中で、その温かさによって、恐怖は消えていった。
―― だが。
「そんな!? 税はこの前払ったばかりでしょう!!」
突然現れた領主の騎士達。
彼らの言葉を聞いた父は
「平民如きがその汚い手で触るな!」
「あなた!?」
ドンッ!!
騎士の腕に払われた父が、建物の壁に打ち付けられた。
「お父さん!!」
「ゴホッ、ゴホッ、だ、大丈夫だ」
「でも血が!!」
「聞け平民ども。偉大なる王陛下の妹であるモルタナ殿下のご結婚が決まった。お相手は……公であり、陛下は『惜しまぬ祝福を』とおっしゃられた。故に、この地を治める我が主も、忠誠を示そうと決められた」
「ふざけるな! 俺達は生きるギリギリまで搾り取られているんだ! これ以上取られたら生きていけねえ! お前らは、俺達に死ねというのか!!」
ザシュッ!
いつも優しかった隣のおじさん。
その首が落ちて、赤い血が吹き上がった。
「そうだ。できなければ、死ぬがいい」
結局、自分達家族は税を払えず。
父と母、そして祖父は見せしめとして、領主の兵士達に殺された。
家は魔法で焼き払われた。
幸運にも、兵士達の隙を突いて自分と姉は町から逃げる事ができた。
その途中で山賊に襲われ、姉が自ら囮になって。
何日も歩いた果てに、自分は王都に着く事ができた。
―― 陛下は民の苦しみを憂いている。
誰かが言ったその言葉を信じて。
商人の荷馬車の中に隠れて、王都の中へと入って行った。
……。
……。
自分に剣を教えてくれた剣士は、『師』や『先生』と呼ばれる事を嫌がっていた。
何処か遠くを見るような目で、『俺はそう呼ばれる程の人間じゃない』と、いつも口にしていた。
凄まじい剣の使い手で、今でも自分は彼に勝てる気がしない。
魔獣はおろか、魔法さえも彼の剣は斬り裂いた。
自分が家族を奪われた時に、全てを引き換えにしても欲しいと願った力。
その力を持っていたのが、彼だった。
命を助けられ、力を与えられ。
今でも自分は、彼の事を崇拝している。
まあ仮に、これを彼に言ったとしても、彼は困った顔をするのだろうが。
彼は時折、自身の事を『悪党』だと口にしていた。
だから勇者を目指す自分に、道を教える事はできないと。
その代わりに、強く戒めるように言われた言葉があった。
―― 何を斬るか、誰を斬るか。剣を向ける先から、決して目を背けるな。
あれから多くの月日が流れた。
だが。
あの青い眼をはっきりと、今でも鮮明に覚えている。
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