遠き回想

 大分後になって、『租税法律主義』という言葉を知った。


 国民の選んだ議員で構成された議会が法律を作る。


 誰が税を払うのか。

 資産に対してどれだけの税が課せられるのか。

 そしてどのような方法で、税が徴収ちょうしゅうされるのか。


 全てがその法律に定められたものでなければならないという、原則。


 豊かな国には、必ず公平な法があり。

 腐った国では、法は死臭を放っていた。


 一見繁栄を謳歌おうかしている国でも、法が貴族や独裁者の詭弁きべんと化していれば、その根はとことん腐っているのがつねだった。


 貴族が領民をオモチャにし、欲望のままに堕落だらく享受きょうじゅしても、王さえとがめることはなかった。


 奴隷にされ、或いは、かつての自分のように道端でうずくまる者達を何度も見た。


 貴族の子弟達が世の不平をうれい、美酒の満ちた杯を掲げる。

 着飾った貴族の娘達がしなだれ掛かり、「ああ、何てお優しい方」とさえずる光景は尽きる事が無かった。


―― 自分はどうすればいいのか。


 迷った。


 昔、剣の握り方さえ知らなかった、ただの子供だった頃。


 ある国のある町で、自分は家族と一緒に暮らしていた。

 生活に余裕はなく、幼い自分も朝から晩まで、家族と一緒に働いていた。


 祖父と父と母、そして年の離れた姉との生活が、自分の世界の全てだった。


 辛かったけど、愛する人達がいた。

 だから、いつも笑う事ができた。

 今日が終わっても、明日が来ないなんて思う事は無かった。


 いつまでも一緒にいたいと、そう聖霊に願っていた。


―― だが、忘れもしないあの日。


 家路いえじを歩く自分と姉の横を、着飾った騎士が、馬に乗って駆けていく姿を見た。


 その騎士は必至の形相ぎょうそうで、馬は疾風の速度で彼方かなたへと去って行った。


 自分は恐怖を覚えた。

 何か良くない事が起こると、何故か確信したのだった。


「大丈夫だよ」


 震える自分を、姉が抱き締めてくれた。

 姉の腕の中で、その温かさによって、恐怖は消えていった。


―― だが。


「そんな!? 税はこの前払ったばかりでしょう!!」


 突然現れた領主の騎士達。

 彼らの言葉を聞いた父は激高げっこうし、騎士の一人へ掴み掛った。


「平民如きがその汚い手で触るな!」

「あなた!?」


 ドンッ!!

 

 騎士の腕に払われた父が、建物の壁に打ち付けられた。


「お父さん!!」

「ゴホッ、ゴホッ、だ、大丈夫だ」

「でも血が!!」


 青褪あおざめた顔で、父は咳と一緒に血を吐いていた。


「聞け平民ども。偉大なる王陛下の妹であるモルタナ殿下のご結婚が決まった。お相手は……公であり、陛下は『惜しまぬ祝福を』とおっしゃられた。故に、この地を治める我が主も、忠誠を示そうと決められた」

「ふざけるな! 俺達は生きるギリギリまで搾り取られているんだ! これ以上取られたら生きていけねえ! お前らは、俺達に死ねというのか!!」


 ザシュッ!


 いつも優しかった隣のおじさん。

 その首が落ちて、赤い血が吹き上がった。


「そうだ。できなければ、死ぬがいい」


 結局、自分達家族は税を払えず。

 父と母、そして祖父は見せしめとして、領主の兵士達に殺された。


 家は魔法で焼き払われた。

 幸運にも、兵士達の隙を突いて自分と姉は町から逃げる事ができた。


 その途中で山賊に襲われ、姉が自ら囮になって。


 何日も歩いた果てに、自分は王都に着く事ができた。


―― 陛下は民の苦しみを憂いている。


 誰かが言ったその言葉を信じて。

 商人の荷馬車の中に隠れて、王都の中へと入って行った。


 ……。


 ……。


 自分に剣を教えてくれた剣士は、『師』や『先生』と呼ばれる事を嫌がっていた。


 何処か遠くを見るような目で、『俺はそう呼ばれる程の人間じゃない』と、いつも口にしていた。


 凄まじい剣の使い手で、今でも自分は彼に勝てる気がしない。

 魔獣はおろか、魔法さえも彼の剣は斬り裂いた。


 自分が家族を奪われた時に、全てを引き換えにしても欲しいと願った力。

 その力を持っていたのが、彼だった。


 命を助けられ、力を与えられ。

 

 今でも自分は、彼の事を崇拝している。

 まあ仮に、これを彼に言ったとしても、彼は困った顔をするのだろうが。


 彼は時折、自身の事を『悪党』だと口にしていた。

 だから勇者を目指す自分に、道を教える事はできないと。


 その代わりに、強く戒めるように言われた言葉があった。


―― 何を斬るか、誰を斬るか。剣を向ける先から、決して目を背けるな。


 あれから多くの月日が流れた。


 だが。


 あの青い眼をはっきりと、今でも鮮明に覚えている。


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