二十三時五十九分
二十三時三十七分。
貴族街の戦いを伝えるラジオの中継が途切れた。
机に置かれたラジオの筐体からは、ザーという音だけが鳴り続けている。
それにプリシラは凄まじい悪寒を感じて、衝動的に魔導槍【
強化魔法を使いながら道路を一気に駆け抜け、旧市街と新市街を遮る街壁の門の近くにまで来た時だった。
「!?」
プリシラは自分向けられた、強大な魔力の波動を感じ取った。
彼女はすぐに道路を蹴って跳躍し、歩道の傍らに立つ建物の上へとその身を着地させる。
道路を走る魔導車、歩道を歩く人々。
プリシラの挙動を誰も気にしないのは、新市街に比べ、港町の荒っぽさが残る旧市街の住民たる故か。
祭りの前の夜、街灯に照らされてなお明るい夜の世界。
飾り立てた建物と、気の早い仮装した人々の熱気に包まれた往来の端。
「あれは……」
空き地となった場所に停まる一台の白いスクーターと、その上に座る一人の少女。
ありふれた
天才的な錬金術師であり、水の聖女を冠する存在。
「パフェラナちゃん」
見知った相手であり友好的な関係にあったはずのパフェラナの姿を見て、しかしプリシラの両手は、知らず奏葉の切先を彼女へと向けていた。
『タケルさんは無事だよ』
「えっ」
プリシラの耳に明瞭に届いたパフェラナの言葉。
離れた相手に声を届けるだけのありふれたその魔法は、しかしプリシラはそれに一切の魔力波動を感じる取ることができなかった。
緻密に作られ精巧に形成された魔法の構造が、魔力を全て無駄なく効果へと変えている。
それによって、プリシラは改めてパフェラナの隔絶した魔法の腕を思い知り、冷汗を流した。
『今は盗まれた私の作品と戦っている所。結構渡り合ってくれちゃってるから、多分死ぬことは無いんじゃないかな』
「……」
奏葉の穂先が下がり、プリシラの心に安堵が広がる。
パフェラナの話す様子から、彼女が敵の側ではないように感じられたのだ。
(もしかしたら……)
彼女とヨハンがこの町に来た理由をプリシラは知らない。
(その盗まれた作品が理由なのかな?)
そうプリシラは考えた。
『でもタケルさんは勝ったとしても、そこで終わりなんだけどね』
「どういう事?」
決して看過できない、囁く様に告げられた言葉が、プリシラの耳を撫でた。
『ヨハンが止めるから。タケルさんは確かに強いようだけど、私の剣士様の敵じゃないよ』
パフェラナが座っていたスクーターから降りると、そのスクーターを構成する部品が自動で組替わり、人型のゴーレムへとその姿を変形させた。
「パフェラナちゃん、あなたの、いいえ、あなた達の目的は何?」
『ごめんだけど、私はお手伝いだから、多くを語ることはできないんだ。でも、そうだね……』
そう言ったパフェラナは、蔵庫から出した機巧魔導杖を右手へと握る。
『一応はこの国を壊す事になるのかな?』
―― 結果的には、だけどね。
最後に呟かれたパフェラナの言葉。
それはプリシラに届けられることは無かった。
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