黒翼の四

~ タケル・イズモ ~


―― 魔剣獣核コアルビー機関エンジン、停止。

―― 魔力炉出力、急速低下。

―― 武装鋼巨人アームド・ジオゴブリン、起動限界。


「ハァハァハァ」


 機体の外に降り、倒れるようにして座り込む。そして身体の求めるままに空気を貪った。全身は汗に塗れ、視界は疲労に霞む。


 生き残った事に胸を撫で下ろす気力も無い。


(何だったんだ……、あれは……)


 巨大な青い戦闘ゴーレム、の姿をした破壊の権化。

 それが放った一撃で、広大な貴族街は文字通り消滅した。

 もしあれが拡散されたものでなければ、如何に武装鋼巨人アームド・ジオゴブリン戦技機能スキル・ファンクションでも防ぐのは難しかっただろう。


「……取り合えず」


 懐中時計を作動させ、動かなくなった武装鋼巨人アームド・ジオゴブリンを亜空間の蔵庫へと戻した。

 薬理酒の小瓶を取り出し、その中身を呷る。身体の疲労が幾分か和らぎ、立ち上がって服に付いた土を軽く払った。

 

「他に生き残ったのは、いないか」


 協会に戻って事態を報告するべきだろうが、そうした場合、モロ大臣に逃げる時間を与えてしまう。

 貴族街の都市結界は辛うじて残っているので、転移魔法等の空間移動で街の外に出る事はできない。しかし、仮に地下通路の様な物を使われれば、逃走を阻むことは困難になる。

 あの山荘一帯の土地はルーネの歴代の重鎮が使ってきた物であり、むしろそのような設備を備えている事こそ当然と考えるべきであった。


(それに……)

 

 蔵庫から出した魔導大剣【炎架】を背負う。


(最悪は地下に封じられているあれがこの状況で解き放たれる事か)


 武者震いではない震えを噛み殺し、足を踏み出そうとしたときだった。

 微かな風を感じて、気が付けば引き抜いた炎架を両手に構えていた。


―― ぱちぱちぱち。


 目の前で拍手が鳴る。

 寸前まで何も無かった土の上には、革の軽装鎧を纏った灰毛頭の男が立っていた。


「ヨハン、君……」


 マフィア『さかづき』の食客であり、表舞台から姿を消していた水の聖女の従者を務める青年。


「素晴らしい戦いでした。まさかパーナの作った青薔薇の刀刃竜ブルーローズ・ブレイドドラゴンに完勝するとは思いもしませんでしたよ。おかげでこの件が終わったら、彼女の機嫌を直すのに苦労しそうです」


 楽しそうに笑い、そこに敵意は感じられない。

 だがしかし、彼が喋った内容は決して看過できるものではなかった。


「確認させてくれ。君はモロ大臣の側なのかい?」


 既に炎架の安全装置は切り、魔導機構も作動させている。

 火錬玉は赤い魔力洸を灯し、剣身を赤い魔力刃が覆っていた。

 

「いいえ。ここに居るのは俺の目的があの山荘だからですよ。もちろんモロ大臣を助ける気はありません。彼はにとっても敵ですんで」 

「そうか……」


 ヨハンの言葉に嘘は無いと、彼の真っ直ぐな青い目の光を見て判断する。

 

「ならばすぐに此処から立ち去ってくれ。君の目的がどうであれ、これはもうF級開拓者が関わっていい問題じゃあない」

「……」


 強い意志を込めて出した自分の言葉に、彼は困ったように頭を掻く仕草をするだけで、立ち去ろうとはしなかった。


「モロ国民大臣と繋がっていたカーメン・ファミリーには、政府から国家反逆罪による殲滅命令が下りた。他のマフィアにも特別警告が発令されている。下手な真似をすれば、君が関わる盃も殲滅対象になるんだぞ」


 王政府では宰相によって特別対応議会が招集され、戦時特別裁判所が開かれている。

 カーメン・ファミリーの壊滅からクレタニアとの国境紛争、そしてモロ国民大臣の弾劾まで、立て続けに起きた平時を大きく超えた事態。

 開拓者協会、そして軍の緊張は最大迄高まっており、号令の一つがあれば迅速にその刃を対象へと振り下ろすだろう。


「ああ、それで外が騒がしかったんですか。しかしパーナの魔法が解けるには早いし、何かイレギュラーでも生じたかな?」

「何を言っている?」

「カーメン・ファミリーの仕込みはうちのパーナによるものですし、組員達は俺が斬りました。そしてもう一つ騒ぎになっている国境紛争の件には、同僚が出張っていました。両国の軍の壊滅はその彼によるものです」


 肌がひり付く。

 空気から伝わる静かな力の脈動に、強張るような畏れが沸き起こって来る。


「ヨハン君。そのネタばらしは自首のつもりかい?」

「違いますよ。これは警告です」

「警告だと?」

「はい。明日の朝にこのルーネは滅びます。その前にタケルさんやプリシラさんには逃げて欲しいんです」

「……」

「クソ狼、いやバルコフも本気で暴れるし、先輩もやる気になっている。それにパーナもで出る手筈だから……。恐らくこの件が終わったら、パンドック王国の地図は大きく書き換える事になるでしょう」


―― 【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】。


 ヨハンは、つまり。


「君は魔月奇糸団に関わりがあるのか?」


 コクリと頷いたヨハンが魔導剣を抜く。

 月の光と星の瞬きに濡れる剣身は、澄んだ水面みなもの如き輝きを放っている。

 強大な在り方を見せつけながらもなお美しい様は、まるで凪ぎ渡る海の水面の様だった。

 

「俺は魔月奇糸団の黒翼の席を預かっています」

「っ」


 その言葉が終わる前に自分は魔法を使った。


 足より地面へ流した魔力が、ヨハンの直下で錬成魔導鋼の顎門あぎととなって現れる。

 大級魔法に分類されるが、使い手の練度によっては極論、S級開拓者さえ拘束封印できるこれが。


―― 紺碧の剣が閃く。


 刹那の間で、魔法構成ごと粉微塵に斬り捨てられた。


「……強いとは思っていたよ。見事な、見事過ぎる剣だ」

「ワトナ半島最強の剣士たる【魔剣殺し】にそう言ってもらえるのは光栄ですね。俺自身コンプレックスを抱えているで、客観的な評価をいただけると嬉しくなります」


 そう言ってヨハンは微笑んだが、こっちには全く笑えないジョークだ。


「そちらこそワトナ半島最強の剣士とは過分に過ぎる。俺はA級で真達位だ。S級や心道位に比べれば、ただの脇役だよ」


 自分の心臓の音が聞こえ、呼吸が静かに鋭くなっていく。ゆっくりと汗が吹き出し、緊張は絶える事無く積み上がる。


「まあ脇役の方が動き易いですからね。自由度が高いと言えばC級ですが、信用を得て機密に触れるのは困難になります」


 そして。


「S級は準国家戦力として扱われ、縛られるものが増えます。国家に対して公平を求められるというのは、逆に言えば後ろ暗いものからは遠ざけられる、という事にもなる……」

「……君の狙いは俺と同じか」

「そうです。あのの奥のものは俺がいただきます。【魔剣殺し】の長年の仇敵を掻っ攫う事になりますが、だからこそ、盃の食客たるF級開拓者ではなく」


 ヨハンの身体を、微量の魔力洸が覆う。

 その強化魔法の魔力量は、確かにF~E級の開拓者に相応のものだ。

 だが、その紺碧の輝きが放つ波動の凶悪さはなんという……。


「俺は魔月奇糸団の第四席【最強無敵 ヨハン・パノス】。A級開拓士【魔剣殺し タケル・イズモ】をここで止めさせていただく」


 自分の全て力、魔力を振絞り、この強大な敵ヨハンへと炎架を振り被る。

 乾坤一擲、必殺の一撃を以て!


「押し通る!!」

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