魔法使いの長い夢 一

 遠い昔。

 ある大きな島に在る国の、深い深い山奥に、小さな一つの村があった。


 争いから逃れて来た彼らの祖先が、刻苦の末に切り開いた土地であり、百四十の人々が静かに、穏やかに暮らしていた。


「あ、見てお姉ちゃん。あそこ、竜が飛んでる!」

「ほんとだ。綺麗だね」


 少女が指さした場所そらで、赤い鱗に陽の光を受けて、一匹の竜が翼をはためかせたいた。


 この土地にも魔獣は出る。

 しかし自然魔力が地表を澱むことなく、滑らかに走るこの土地では、人が脅威に思うような魔獣が生まれる事は、めったにある事ではなかった。


『ワンワン!』

「あ、こらポット、やめなって」


 少女の服のすそを、彼女の愛犬が引っ張る。


「あらあら、ポットは嫉妬してるのよ」


 ポットは子犬だった頃に、森の中で姉妹に拾われた。

 赤い毛皮と赤い牙を持ち、既に魔獣となっていたが、姉妹になつき、今では彼女達の妹のような存在になっていた。


「もう、しょうがないんだから!」

「けどそろそろお昼ね。帰りましょうか」

「わかったよ。行くよポット」

『ワン!』


 山菜ときのこの入ったかごを持ち上げ、きびすを返して村へと帰る。

 

 しかしもっと竜を見たかった少女は、振り返って、竜の姿をもう一度見ようとした。


「あれ?」


 竜の中に鋼の光が見えた。

 だから少女は、さらに目をらして、竜の姿を見た。


「人?」


 薄ぼんやりと、竜を覆う装具が見え、その上に乗る、鎧を纏った人の姿が見えた。


「おおい、先行くよ!?」

「あ、待って。今行くから」


 少女は姉達を追って駆けて行った。

 美しい竜の姿を記憶に留め、『人』の事は忘れてしまった。


―― だから少女は。


 その時のバカな自分を、絶望の中で強く呪った。


* * *


 村が血で染まった。

 小麦と野菜が実った畑は、兵士と騎士の軍馬に踏み潰された。


「中々に景色の良い所ではないか。別荘を建てるには丁度いい」

「はっ。自然魔力の流れも滑らかで、脅威となる魔獣が発生する事もありません。もし出たとしても、」


 血溜まりの中で、一匹の犬が息絶えていた。

 身体中を斬り刻まれ、鋼の矢を撃ち込まれ、首から上は炭となっていた。


「人になつく程度の弱獣です。に使えるかと」

「そうだな。最近は狐狩りにも飽きた。魔獣狩りというのも一興か」

「はい。閣下ならばすぐに、S級のになられますよ」

「そうかそうか。ワッハッハ」


 その光景を、少女は残った左目で見ていた。

 父も母も、家族のように過ごした村人達も、死体となって、潰された畑の上にうずたかく積まれた。

 

 汚れて目に生気を失った姉達は、ボロボロの衣服のままに、縄で繋がれた。


「で、このガキは何だ?」

「はい、使だったようで、五人がられました」


 少女は魔法使いでは無かった。

 誰もが使える、火種を起こしたり、涼風を起こしたりする、そんな魔法しか使えなかった。


 ただ必死で、侵略者きぞく達が村人達を殺す魔法を真似て、使っただけだった。


「どの道その顔と身体じゃ、女としては使えんな」


 少女の顔の右半分は土魔法の石弾を受けて潰れ、身体中には重度の火傷を負っていた。


「息はしているようだが、とどめは刺さんのか?」

「はい。此奴こやつ自身の治療魔法で、辛うじて命を繋いでおります。我らの攻撃で死ななかったのも、凄まじい魔力量故でしょう。才能です」

「ふむ。そう言えば隣国とのいくさも近い……」


 馬上の男は思案して、告げる。


「そのガキを、兵器として使えるように調教しろ」

「ハッ、承りました」


 少女は限界を迎え、意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る