閑話 一


 広大な庭園の一画に作られた離れの一室。

 瀟洒なガラス窓を設えた壁は、しかし鋼を通した石造りの重厚な代物。


 その中で、揺れるランプの明かりに照らされて。

 護衛の戦士達を従えた鳥獣人の少女が、不意に訪れた不調法な男と、テーブルを挟んで向かい合っていた。


「何これ?」


 その少女、オトネの目の前に置かれたクリスタルのケースには、呪符を巻いて封印を施された、一振りの赤い剣が入っていた。


「何って、おい、魔剣だよ。あんたが大好きな、な」


 男が少しだけ唇を曲げる。

 

「ウチは注文した覚えが無いんだけど?」

「お得意さんだから特別に持って来てやったんだよ。こんな上物、もう二度と手に入らねえぞ」


「だからって押し売りを歓迎する気は無いんだけどね。特にあんたの所のは出所をはっきりしないと、羽の収まりが悪いのよ」


 背中に生える白い翼がバサリと鳴った。

 オトネの護衛達の手が腰に下げた魔導剣の柄に触れる。


「おいおい、それがお得意様に気配りをした相手にする態度か?」


 男は葉巻を出し、オトネの視線に舌打ちし、またポケットに戻した。


「ウチは別にいいけど?」

「大統領の娘であり、『翼戦会』会長の孫である【オトネ・ネルクロム】の機嫌を損ねたくねえんだよ」


「そう言うのに舌打ちはするんだねえ」

「荒っぽいのは許容範囲だろうが」


 羽が少し揺れた。


「この魔剣、確かに食指が動くけどね、やっぱりそれは買えないわ」

「おいおいおい……」

「お客さん。あんたにね」


 左の羽が窓を指し、護衛達が防性魔法を展開した。


「何だ?」


 次の瞬間、窓と壁が粉微塵に砕け散った。

 刃が風を切る音が響き、断ち斬られた粉塵の中から、一人の少年がその姿を現わした。


「俺達の客から奪ったその魔剣、返してもらうぞ」


 少年の青い目が男と、オトネ達を睨む。


「テメエッ!!」


 男が放った炎の槍は、しかし少年に届く前に虚空へと消える。

 男が蔵庫から魔導剣を抜いた時、少年の姿が消えた。


「「!?」」


 護衛達はB級開拓者の資格を持っており、オトネ自身も大剣位の実力を持っている。

 しかし彼女達は全く少年の動きを捉える事ができなかった。


 ゴトンッと音を立て、男が床へと倒れる。

 その首は断たれており、分かたれた頭はテーブルの向こうへと転がって行った。


「敵だからこいつは殺したが」

「ウソ……」


 オトネの構えた双剣の剣身が床へと落ちた。

 護衛の男達が持つ剣もまた同じであり、隔絶した実力差を感じ取って呆然とする彼女達に、少年は続く言葉を投げ掛けた。


「お前らはどうする?」

 

 ……。

 ……。


 東の稜線に陽の光が滲んでいる。

 空地で剣を振るヨハンがその動きを止め、背後にある大木の上へと視線を向けた。


「いい加減諦めたらどうだ。俺はこいつをお前にやる気はないぞ」


 バサリを白い翼を羽ばたかせ、オトネが木の上から飛び降りる。


「ホントによね~。こんな美少女がお願いしてるんだからさ、そこは快くを貢ぐのが男気ってもんでしょうが」

「美少女はいないが、ストーカーなら目の前にいるぞ」


 抜き打ちで放たれた双剣の連撃を軽く流した。

 

「チッ」


 舌打ちして鞘に剣を納める姿は蓮っ葉そのもので、気品ある容姿とのギャップに、ヨハンは深く溜息を吐いた。


 * * *


 あの日以来、オトネは祖国を出て、ヨハンの後を追うようになった。

 開拓者をしながら情報屋としても知られるようになり、ヨハンの少年時代の終わりまで、その旅を共に歩いて行った。

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