「ここは?」


 目覚めたコロネが見たのは木目の天井だった。

 霞む意識がハッキリしていくに従い、あの遺跡での記憶が連なるように浮かんで来る。


「お姉ちゃん、ローネ?」


 簡素な部屋の中にはコロネしかおらず、彼女の仲間達の姿は無い。

 不安に掻き立てられ、寝台から降りた時に、ドアをノックする音が鳴った。


 ガチャリ。


「失礼します」


 錬金術師のローブを纏った、黒髪の少女がドアの向こうから現れる。


「ベアーチェ!」

「……いいえ」


 少女は顔を伏せる。


「いいえ、私は……」


 上を向いた顔、その両目にある鉛色の瞳から涙が零れ落ちた。


「ポローラです。妹のポローラなんです」

「……」


 コロネは鼻先に僅かな硫黄の臭いを感じ、それを追い払うように頭を振った。


(ポローラ、ポローラ……。ああ、確かに彼女は……)


 記憶の中には確かにその姿が在る。

 公国、そして大神殿で過ごした日々の記憶の中に、友人達の顔の中に、ポローラの姿が在る。


(そう、【僧侶の一 ポローラ・オースター】は私の親友だった)


 優秀な錬金術師であるベアーチェの手伝いをしていて、その縁で私と知り合った……。


「っ」


 頭の中を走った一瞬の痛みに、コロネはふらつき、それを駆け寄ったポローラが支えた。


「大丈夫ですか会長!?」


 鉛色の瞳が心配そうに、深い場所を探るように、覗き込む。

 

「ありがとう。心配を掛けましたね」

「いいえ」

 

 ポローラが一振りの魔導杖を取り出す。

 赤い樹の本体に木製の魔導機構が付けられており、錬玉核の代わりに、黒い大きな真珠がはめ込まれていた。


「それは?」

「悪邪の力を人が使えるようにした物で、姉の、【望愛の機巧師】の最後の作品です。これを完成させて、姉は……」

「……」


 差し出された魔導杖を受け取る。

 それは手に吸い付くように持ち易く、握ったことではっきりと、その中に眠る大きな力を感じ取る事ができた。


「その杖の名は『虚婪こらん』と言うそうです」

「虚婪……」


 名を呟き、手に力を込める。


「ベアーチェは?」

「儀式の失敗で負った傷が深くて。亡骸は燃やしました」

「そう、ですか……」


 この逃亡でベアーチェに助けられたことは多い。

 彼女が作る武具や薬品が無ければ、コロネ達は早々に行き詰まっていたはずだった。


(ノカリテス様、私達は正しいのですよね?)


 思う。

 余りにも多くを失い、しかし手に入れたものは殆ど無い。

 聖霊マルナイルナに祈っても、その声は聞こえない。


(ローネ)


 親友の顔が脳裏に浮かんだ。

 彼女に胸の内を聞いて欲しいと思った。


「ポローラ、ローネシアは何処にいますか?」

「……お亡くなりになりました」


「え?」

「ペペシュート様も共に。悪邪によって……」


 杖が振るわれ、鈍い音が鳴り、殴り飛ばされたポローラが床に身体を打ち付けた。


「カハッ、申し訳、ありません」

「……」


 歩み寄ったコロネが、蹲るポローラに右足を蹴り入れた。


「!!」 

「役立たずが」


 何度も何度も蹴りを入れる。

  

「この役立たずが!! お前ら薄汚い一族をっ、高貴なっ、私達が使ってやっていたのはっ、こんな時の為でしょうがっ!?」

「も、申しわけっ」


「ベアーチェがっ、あなた達が役立たずだからっ、『青人形』なんかに聖女を盗られるんでしょうがっ!!」

「お許しをっ、お許しをっ」


 肩で息を切らせたコロネが、寝台の端に腰を下ろした。


「出て行きなさい」

「はい……」


 這う様にしてポローラが部屋から去り、バタンと音を鳴らしてドアが閉まる。

 杖を握り俯くコロネの頭の中に、パフェラナの姿が幾つも幾つも現れる。


 ただ美しいだけの青の少女は、しかし人々の輪の中心にいるのはコロネであり。

 彼女が水の聖女となったとき、コロネと場所が入れ替わる。

 手を伸ばした場所に立つ、自分コロネ以外の存在……。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 口から獣の咆哮が上がる。


―― 殺セ。


 怒りも悲しみも憎しみも、感情の全てが一つへと流れ、合わさっていく。


―― 殺セ。


 それが心の奥で燃え上がり、溢れたそれが、身体中を巡って行く。


―― サア、アノ女ヲ、オ前ノ全テヲ奪ッタ奴ヲ。


「私が」


―― ソウダ。願エ。


「殺すんだ」


 * * *


 ポローラが廊下を歩く。

 傷は全て消え、その顔には愉しそうな笑みが浮かんでいる。


「あらら?」


 曲がり角に、ペンギンのぬいぐるみを抱えた、幼い少女が立っていた。


「成功したの?」

「はい、相性もばっちりでしたんで。すぐに形になると思います」


「そう」


 こくりと少女は頷く。


「あの剣士の子」

「パフェラナ様と一緒にいた方でしょうか? ヨハンと言った……」


「そう、フユカの子を斬った子。あれ、私が貰うよ」

「御意」


 ポローラが頭を上げた時、少女の姿は消えていた。


「至清麗王姫様に言われちゃ譲るしかないか。あの『世界の持ち主』は、マスターに確保するように言われてたんだけどなあ」


 ふう、と溜息を吐く。


「ま、これで祭りも派手になるか。終わるまでこの国は持つかしらね?」


 虚空に放たれた問いは、静寂しじまの中に消えていった。

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