エピローグ:少しだけ前へ

 払暁ふつぎょうの時より少し後。


 ガレ王国のある町を。


 魔導の炎が全て、呑み込んだ。

 鋼の風が全て、吹き飛ばした。


 つい先程まで、平民の少年を魔獣に喰らわせて、その妹へ鞭を振るっていた貴族の男は。

 戦闘装甲ゴーレムの腕に頭を掴まれて、ミラージュの目の前にぶら下げられていた。


「『俺の夢は平等な社会を作る事』ですか。それで平民を魔獣と戦わせ、その実力を測っていたと」

「そ、そうだ! 俺は下民の力を正しく評価して、有効に使ってやっていただけだ!」


 血と泥に塗れた顔で、男が叫ぶ。


「ペテウス卿は若い頃より、平等主義を訴えておられたそうですね。貴族も平民も関係無く、持ちうる能力で、その地位を公平に与えるべきだと、王政府に働き掛けた事もあったとか」

「ああ、俺は、ギャアッ!?」


 ミラージュの右人差し指を、金剛石の結晶が覆う。

 魔力を纏うそれが、ゆっくりと、男の額へと沈み込んでゆく。


「まあどんなに善意に溢れた人でも、歳を重ね、堕落してしまえばそれまでですけど。遺跡のマスター権限、いただきますね」

「痛い痛い痛いっ! 死にたくない! 殺すな、俺を殺さないでくれっ!!」


「魔獣に喰われた人達も、あなたが嬲った彼女も。あなたに同じような事を言ってませんでしたか? 助けてくれって」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 白目を剥き、苦しみ、男が絶命した。


「ありがとう。もう燃やしちゃって大丈夫よ」

『了解♪』


 ゴーレムの腕が赤熱し、男は一瞬で灰も残らずに燃え尽きていった。


『大丈夫か隊長?』

「平気よ。貴族は嫌いだから。逆に少し楽しいくらい」


 町であった場所は灰と消え、残火の煙が風に棚引いていた。


 生き残った者はいない。


 ミラージュによって助け出された、貴族に奴隷のように扱われ、虐げられていた者達以外は。


「あの、ありがとうございます」


 泥と垢に塗れた、右腕の無い少年が頭を下げた。

 彼は兵士や魔獣に嬲られ、身体中に傷を負い、瀕死の状態だった。ミラージュが魔法で傷を治したが、赤黒い血の汚れが残る彼は、憔悴した表情を浮かべていた。


「あなたがいなければ、みんな死んでいました。この恩は、一生を懸けて返します」

「気にしないで下さい。私の都合でやった事で、そこに偶々あなた達がいただけです」

「だけどっ」


 真剣な目を向ける少年の頭を、ミラージュは優しく撫でた。


「それでもあなたが恩を感じるなら。今度はあなたが誰かを助けてあげて下さい。私も、そう言われましたから」

「……うん」


 頷いた少年に、ベールの奥で微笑んだミラージュは、ゴーレム達へ向き直った。


「増援が転移して来たら、この子達を回収するように言って。文句がある人には『隊長命令』だと伝えてちょうだい。それでも何か言って来たら、ゴーバーン家に顔を出せって」

『ハハハッ、承りました』

『いちゃもんを付けるバカは、ぶん殴ってやります』

『ま、俺も転移使えますんで。そん時は俺が運びますわ』


「ふふ、お願いね」


 強い風が吹き、黒い翼を広げた機兵が、ミラージュの前へと降り立った。


―― 最強の古代兵器たる運命ドゥーム巧式フォーミュラー


―― 夜天騎士カオス・ナイト シャドウ・オウル。


『母上、遺跡へのルートが確保できた。ホウマ導師が先行して、後続のノトトラート殿が、母上の到着を待っている』

「分かったわ」


 部下の乗るゴーレム、そして助け出した子供達を見た。


 ボロボロで、無事な姿の者は一人としていない。

 中にはあと少しミラージュが助けるのが遅れたら、命を落としていた者もいた。


 ミラージュの魔法は、一つの系統に特化している。

 それ以外の魔法も一応は使う事ができるが、専門でも一流のものでもなく、辛うじて二流の下に届く程度のものだった。

 

 欠けた手足を戻す事はできない。

 深い傷、或いは臓器の損傷などは全く手に負えない。


 それでも彼女は部下達と協力して、誰一人死なせる事無く、子供達を助ける事ができた。


 左手の薬指に嵌る、皇金の指輪を思わずに撫でた。


 死ぬ寸前にこの指輪を渡して、強引に名目だけの夫となった、犀獣人の男。


 その誉れ高い人生の中で築き上げた多くのものを、敵とさえ言える少女へと遺して逝った。


「……」


 憐れまれてのものでは無かった。

 だからこそ、ミラージュには解からなかった。

 蹂躙し、貪る者達の中で生きて来た彼女には。


 子供達が自分を見る、その瞳の輝きが眩しかった。


 それから少しだけ逃げるように、シャドウ・オウルへと向かい、「チャナーク」と声を掛けた。


 黒い風がミラージュを包み込む。

 シャドウ・オウルがそれを抱え、翼を広げて空へと飛び立った。

 

 黒い風の外で、一瞬だけ見た地表の姿。

 子供達が必死に、空へと手を振っていた。


 黒いベールに隠れたミラージュの顔に、少しだけ優しい笑みが浮かんでいた。




************************************************

※後書き

お読みいただきありがとうございます。

次章『グレイブ・ストーン』は外伝となります。

かなり断片的な内容となっていますので、ご了承願います。

この章の続きは『ダンンシング・ウィズ・ダンジョン』(次の次の章)からとなりますので、よろしくお願いします。


************************************************



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る