蜃気楼 一

~ クシャ帝国特務勇者隊『蜃気楼』 ~


 クシャ帝国は西南大陸最大の国家であった。

 統べるのは皇帝にして光の勇者【金獅子 オルゴトン・クシャ】。

 四億四千万の数に届く国の民と、四百万を数える帝国軍。

 

 人類種が魔獣や災威に恐れ、怯え、小さく生きる中で、この国は強く、そして確固として在った。


 しかしある実験の結果。


 クシャ帝国の国土の五分の一と、一億七千万人の国民がこの世から消えた。

 異界より現れた悪邪の主、【十三人の奴隷】の一人たる【虚身きょしん】に呑み込まれた為だ。


 現在。


 『黄金都市』『不夜のみやこ』と称えられた首都ゴルデンを含む広大な大地は、澄み渡るも底の見えない異界の海と化している。


 そこから無尽蔵に溢れ出る汚染された魔力によって、凶悪な魔獣と化したモノ達が今も、帝国を蹂躙じゅうりんしている。


* * *


『オオオオオオオオオオオオ!!』


 大地を無数の影が踏み荒らす。

 それは鉄靴てっかであり、蹄鉄ていてつであり、車輪であり、魔法であった。


 地平の果てから、この遺跡ラビリンスへ踏み入った者達を甚振いたぶろうと、犯そうと、殺そうと。

 古き時代の亡霊達がやって来る。


「うるさい」


 エズィが左手を影へと向ける。

 黒いドレスの袖からのぞく、真っ白い肌から黒錆色くろさびいろの洸が滲み出る。


「消えて」


 影達を黒錆色の霧が覆った。

 一瞬で消えた霧の後には、何も残っていなかった。


「ありがとうエズィ。疲れなかった?」

「大丈夫だよママ。あと百万匹やって来たとしても瞬殺だよ」


 黒の喪服姿の女、ミラージュがエズィの頭を優しく撫でた。


「そう。流石さすがは私の娘ね」

「うん!」


 遥か上空で爆音が響く。

 猛烈な銀の炎嵐が吹き荒れ、弾け飛ばされた肉片と血が燃え、灰となって散っていった。


 しかし一体。満身創痍まんしんそういながらも逃れた大型キマイラが着地し、焦げた翼を広げて、目の前の少女達を威嚇いかくする。


『グオオオオオオ!!』


「あら、それなりに強い個体もいるのね」

「でも薄くて不味そうな魂。私はいいや」


 ミラージュもエズィも、冷めた目で一瞥いちべつするだけ。

 キマイラの怒りが高まる。

 矮小わいしょうな人如きがこの俺をさげすむか! と。


 キマイラが毒炎を放とうとした瞬間、空から舞い降りた銀光の一閃がその胴体を両断した。


『グア!?』


 銀の炎に包まれて、キマイラは灰となって散っていった。


 騎士の鎧をまとう、褐色肌かっしょくはだの少年がさやに聖銀の魔導剣を納めた。


「お疲れ様チャナーク。どうだった?」

「空にも出入口らしき物は無かった。恐らく何か条件を満たす必要があるんだろう」

「そう。面倒ね」


「ねえママ。私が全部消し飛ばそうか?」

「壊すのは駄目よエズィ。私達は調査に来ているのよ」


 ミラージュ達の目的は【虚身】を封じる為に聖櫃せいひつを手に入れる事と、『古代第七文明』を調査する事である。


「は~い」


 唇を尖らせて、エズィはペンギンの縫いぐるみを抱きしめた。

 身を屈めてミラージュが優しくエズィの頭を撫でると、不機嫌だった彼女の顔は嬉しそうな微笑みへと変わった。


「さて、どうしようかしら」


 ミラージュの右手が左手の籠手こてを撫でる。

 それと同時、空で鐘の音が響き、一人の男が彼女達の前に姿を現した。


『どうして彼らはオレから奪っていったのか?』


「あら良かったわ。どうやらこの層の敵をみんな倒せば守護者が出る仕組みになっていたようね」


 ありふれたお約束である。

 せっかく作ったモノは全て出したい、全て味わって欲しいという、創造者ヒト欲求サガ


『どうしてオレは奪われるままだったのか?』


 男の姿が変わる。

 背中から四つの腕が生え、両手は剣へと変わる。


 これをこの世界の者達は知っている。


―― 眷族けんぞく


 人に絶望し、魔王のかいなの中へ堕ちた者。

 

『それはオレが弱かったから だ!?』


 男の首が宙を舞った。

 火錬玉を輝かすチャナークの魔導剣【銀羽ぎんはね】が、更にその首を細斬れにした。


「よく理解している。ならばもう迷い出るな」


『アアアアアアアアアアアアア!!』


 男が末期まつごの叫びを上げる。

 灰燼となった頭部の、炎の中で燃え尽きる身体の影が膨張する。


 チャナークの炎が弾け飛ぶ。


「悪邪か」


 チャナークの視線の高く遠くに在る頂き。

 身体中から無数の腕を生やし、胸にはまるで顔のような三つの穴が開いている。


「チャナークお兄ちゃん、お手伝い要る?」

「いや、いい」


『強イ者ハ死ネエエエ!!』


 悪邪の穴から放たれた、戦略兵器に互する破壊魔力の波動。

 チャナークは銀羽に魔力を込め、振り被った刃を悪邪へ向ける。


「風剣よ れ」


―― 一閃。


『アレ?』


 銀の風が魔力を斬り裂いた。

 銀の風が悪邪を斬り裂いた。


 バラバラに崩れ落ちていく悪邪へ銀色に輝く火の戦精霊が突撃し、爆発した。


 その瞬間に全ての景色が消え、チャナークとミラージュとエズィは、石壁で覆われた広間へと転移させられた。


「ありがとうチャナーク。さて、これが入口という事でしょうか?」


 ミラージュの前にそびえる、飾り気の無い巨大な扉。


 取っ手のような物は無く、ただ中心には『金の糸を纏い十三枚の翼を持つ黒き月』の姿が刻まれていた。

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