冥宮【ドラゴン・デス】 二

 手櫛てぐしで髪を直す。

 変装用鼻眼鏡を装備して完成。


 怪しいオッサン顔になって苦笑した。

 

 さて。


―― この場所ダンジョンには神蝕の王イクリプスの剣身がある。


 星の終わりの姿である中性子星より生み出された、魔剣の頂点たる『剣の七王』。

 その最強がかつての俺の愛剣、神蝕の王イクリプスだった。

 だが、この地の管理システムの中枢に置かれていた秘宝、『聖櫃せいひつ』を巡る黒翼【愚のともしび ロストレイン】との戦いで折れてしまった。


『……こそ。……うこそ』


 チンと音が鳴る。

 エレベーターのドアが開いた。


「お父さんお母さん早く早く!」

「もうっ、落ち着きなさい」

「はは。いいじゃないか」


 エレベーターから出る俺と入れ違いで親子連れが入って行く。


『ようこそオビオン共和国へ。ようこそ『古代王国の夢』へ。さあ冒険へと旅立ちましょう。封じられた古代の謎が勇者達を待っています』


 広大な石造りのエントランスにひしめく無数の人の喧噪けんそう


 人波を抜けて、見るからに観光客という装いの人々が並ぶものとは別の受付へと向かう。


 そこには俺と同じように武器や防具を身に付けた者達が並んでいた。

 剣呑な気配を撒き散らす者もいれば、和やかに談笑している者達もいる。


―― 本当は、パーナと一緒に来たかったんだけどな。


 俺の相棒である水の聖女【青の機巧師 パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ】は、むせび泣く学生聖女【闇翼あんよくの槍 ケルラナ・フォルチコフ】に拝み倒されて、後で合流するとはいえ、別行動となってしまった。

 というか、【夢の継ぎ手 ニハラス・ゲンベスタ】と【魔幻のペンレター】という黒翼が二人もいて何事かと思ったら、あんな理由とか……。

 

 魔月奇糸団といえば、裏の世界では恐怖の代名詞のような存在であり、黒翼は竜よりも恐れらている。


 国家、或いは最高神殿さえも手を出せない不可侵領域であり、手を出せば破滅以外に有り得ない、と。


 特に主たる魔女【魔月 グロリア】は聖霊の敵対者であり、魔王を生み出し悪邪をこの世に招き入れる存在であると、代々語り継いでいる土地もある。


 実際俺も聞いたのだ。


 旅で立ち寄ったある一族の集落で。

 蝋燭ろうそくの灯りが揺れる、暗幕の中に佇む長老たる老女が。


 大真面目に「失われた真実」と言い、この魔女の伝説を語るのを。


―― あの時は赤竜の少女リリを止めるので大変だった。


「ん?」


 服を引っ張られ、回想が中断した。

 振り返る。

 メイド服を着た幼い少女が俺の服のすそを掴んでいた。


「……どうした? 迷子か?」

「……」


 少女が首を横に振る。

 そして抱えていたペンギンの縫いぐるみの顔を、俺へと向けた。


「ヨハン?」

「俺はヨハンだが、君の言うヨハンとは別人じゃないのか?」


「ううん。あなた」


 朽葉色くちはいろの瞳に俺が映っている。

 そして少女の中から感じる、人間を逸脱したしおの匂い。


「そのメイド服、誰からもらった?」

「フユカ」


 グロリアの地球時代の名前、か。


「要件は?」

「一緒に行こうと思って。下でみんなが待ってるよ」


 ニハラスさんからは聞いてないんだが、まあどうせグロリアの思い付きだろう。

 ったく。インターン経験あると言ってたのに、報連相ほうれんそうが無いったら……。


「じゃあ改めて。俺はヨハン。知っての通り第四席だ」

「私はエズィ。新入りだよ。よろしくね」


 誰が聞いているか分からないので、当たり障りのない自己紹介をして、握手を交わした。

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