冥宮【ドラゴン・デス】 三

~ ヨハン・パノス ~


 俺とエズィの視線の先に広がる大瀑布だいばくふと視界を閉ざす濃い水煙みずけむり


 腰の魔導剣【青燐】を抜く。

 俺が持つ紺碧こんぺきの魔力を集中した上段の構えから、青い剣身で空を斬る。


―― 剣技・纏放てんほう


 斬撃の力をほどき一を千に、二を万にと自在に変える事ができる五手乃剣の第一手。

 

 走った一筋の紺碧のひかりは無数の洸へと変わり、視界を閉ざす水煙を斬り散らした。


 涼気の宿る風が吹く。

 景色は開け、がけから伸びる細長い道の先に、そびえ立つ門が姿を現した。


「行こうか」

「うん」


 しおの匂いはしない。


 観光ルートを外れた途端に雨霰あめあられのように襲い掛かって来た魔獣やら罠やらも、本当に静かになった。


 百あるかどうかの歩みで、何事も無く俺達は門の前に辿り着く。


「これが冥宮ダンジョンへの入口?」

「そうだ」


 素焼きの土器のような質感の門の中心には『金の糸を纏い十三枚の翼を持つ黒き月』がる。


 魔月奇糸団に関わる迷宮ラビリンス冥宮ダンジョンによく施されている封印だそうだ。


 金の鍵を持つ者は対象を任意の場所へ転移させる事ができ、銀の鍵を持つ者は自分一人だけを転移させる事ができる。


 また鍵を持たない者でも『月の問い』に正しい答えを返せば、門の中へと入る事ができる。


 なお月の問いに三回間違えると、迷宮ラビリンス冥宮ダンジョンの最強最悪地獄ルートへ放り込まれる仕様だから注意、と。


「ここまでが迷宮ラビリンス。【俗徒ぞくと アパレラ・オッチネン】が作った箱庭の世界。しかしここから先は愚の俗徒が見る夢の世界、冥宮ダンジョンというわけだ」

「ふ~ん」


「愚の俗徒が黒翼【愚のともしび ロストレイン】の軍門に下ったのははるか古代に起きた大戦の後。一つの大陸が焼け、大地は砂漠となり、生き残った人類種はたったの三百人」


 俺達の仲間だった【竜眼 ヤパス】、愚の俗徒の分身の一つだった男が、伝説の物語として語った地獄。


「人は人を殺す為に叡智えいちを振り絞った。人を殺す為にわざを極めた。人を殺す為に神を創造しようとした。そんな時代だったそうだ」


 門に彫り刻まれた花に触る。

 冷たく硬く、名前の分からない花がここにえられている。


 ここにのこされている。


「綺麗だな」

「うん」


 幼い容姿の少女エズィの応えは俺と同じものだったのだろうか。

 同じものだったのだろう。


 そう確信させる程に、感情の薄い顔に宿る星霜せいそうの重なりを感じさせる雰囲気ふんいきは、深いものだった。

 

「さて、開けるぞ」

 

 とてもワクワクする。

 実を言うと、これを開けるのは俺、初めてなのだ。


 俺の先生である先代第四席【鏖風奇刃 ハリス・ローナ】は閉所恐怖症であり迷宮ラビリンスには近寄らず、冥宮ダンジョンは外から破壊する事しかしなかった。


 そして俺もまた、迷宮ラビリンス冥宮ダンジョンに入る事は避けていた。


 その理由は、俺達が使う五手乃剣にあった。


 五手乃剣をおさめる前と後では、世界に対する認識が全く別のものとなる。

 特に第二手の針通撃しんつうげきを使えるようになった時が顕著けんちょであり、その頃から空間を使った詐術さじゅつや幻術の類は全く効かなくなってしまった。


 しかしその逆とでもいうか、こういった空間を操作して創られた場所に立つと、必ず強い違和感に襲われる。


 それは強い乗り物酔いに似た、とても気分の悪いものだ。

 

 今はパーナに貰った酔い止め薬が効いているが、もし無かったならば、俺はここに入らなかっただろう。


「開けゴマ塩」


 このクソ寒い合言葉はグロリアが決めた。


なんじに問う』


 響くのはおごそかな女の声。

 十三枚の翼が消え、黒き月が白き月に変わる。


 波紋のように、門から魔力が放射される。


 青空は一瞬で夜の星空に変わり、幾つものオーロラが神秘的な輝きで闇の世界を照らし出す。


 正直、聞いて思っていた以上に最高だった。


『好きな女の子はだ~れだ?』


 おい魔女野郎。


「知らん」


『好きな女の子はだ~れだ?』


「いない」


『ねえねえ好きな女の子は誰よ? ここで言ってスッキリしちゃおうよ! ヘイヘイチキン野郎! 私あなたの勇気を見てみたい!』


 ………………俺の感動を返せ。


「はいはい。俺が好きなのはグロリアだよ。えある団長様万歳万歳。これでいいだろ」


 もう極悪地獄滅殺ルートでいいから行かせてくれ。


『……』


 何故転移しない?


『……』


 ……。


『好きな女の子はだ~れだ?』

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