ビースト・エッジ / 鋼鉄の復讐者

プロローグ 魔剣を狩る者

「ユカ―――!!」


 巨大な影が鉱山を砕いて姿を現した。

 

「兄さん―――!!」


 黒い鋼の輝きを纏う巨大な異形。

 それが振り下ろした大剣が地面を叩き割り、巨大な地面の裂け目が生まれた。

 

 深く暗い闇の底へと、妹が吸い込まれて、消えた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」


 自分の絶望への叫びを、異形は確かに、そう、嘲笑ったのだ。

 

 * * *

 

「凄い……」


 先頭を歩く斥候職の男の声には感嘆の色があった。

 無数の魔晶石には魔力の輝きが灯り、見上げる天井は二十メートルを超える。

 

「魔力反応の強さからダンジョンと間違ったのか。これだけの魔晶石が目覚めた状態なら無理もない」

「ははっ。しけた調査だと思ったが、これはとんでもねえ報奨金が貰えそうだぜ!!」


 はしゃぎ回る私部隊パーティーの仲間達。


(ここも外れか)


 また、自分の探しているモノと違った。

 この地に来て、これで何度目だろうか。

 

「おい助っ人! お前への分け前もケチらねえからなっ! 期待しとけよ!!」

「ああ、ありがとう」


 自分はこの私部隊の臨時メンバーだ。

 丁度ダンジョン探索に赴く奴等が居て、そこに混ぜて貰っただけでしかない。

 存外気の良い奴等で、居心地は悪くなかった。

 

 しかしこの地で潜ったダンジョンは、その全てが外れだった。

 だから、自分もこの依頼を最後にしてこの地を離れるつもりだった。

 

「おい、静かにしろ」

「どうした?」


 魔法士の男に声にリーダーの剣士が尋ねる。

 

「何か来る。結構な魔力量だぞ」

「ま、これだけ魔力が濃ければ魔獣の一匹や十匹でも出て来るさ」

「俺達A級私部隊、……の町随一の『鉄人獅子団』が指名されるような依頼だしな」

「さっさと片付けて町に帰るぞ」

「「おう!!」」


 地面が揺れ、そして、全てが激震する。

 

「何だこれは!?」


 魔晶石の魔力洸が徐々にその輝きを増し、やがては炎の様に揺れ動く。

 

「空気を伝わる魔力波動に魔晶石が反応しているというのか!?」

「おいおい……、どんな化け物がおいでになるんだ?」


(そうか、此処ここだったか)


 壁に亀裂が入り、それが爆発して粉微塵になり、その奥から暗い闇が覗く。

 一瞬の、鋼の輝き。

 

「来るぞ!!」


 飛び出してきたのは、人よりも遥かに大きな、膨大な数のむし達。

 その身体は全てが鉄の色を宿し、体の一部は鋼の剣と化している。

 

剣化獣ソード・カースだと!!」

「まさか、というのかっ?」


 仲間達の叫びより早く、自分は背中の大剣を抜き、魔導機構をフル回転させ、力の限りに、剣を振り下ろした。

 

『ギャアアアアア!!』


 耳障りな甲高い音を立てて蟲の剣を絶ち、鉄の身体を打っ手斬ぶったぎる。

 上から多い被さる様に、巨大な剣の牙を剥き出し、鉄の口蓋こうがいが落ちて来る。

 

「オラアアッ!!」


 脈打つように黄土色の輝きを放つ自分の大剣の土錬玉。

 それを下から振り上げ、直前に迫った蟲の横面に叩き込む。

 

「ッコノ」


 大剣を伝わる、蟲の巨体の莫大な重さ。

 両手の腕がきしみ、血管がふくれ上がる。

 限界まで開いた視界の先に、仲間達へと襲い掛かる蟲の集団が見えた。

 

「ブッ飛びやがれっ!」


 大剣を振り抜いた。

 鉄を叩いた重低音が爆発したように響き、吹き飛ばした蟲の巨体が、お仲間の集団を巻き込んで飛んで行った。

 

「すまん助かった」


 リーダーの言葉に、被せるようにして怒声を飛ばす。


「まだ出て来るぞ!! これからが本番だ!!」


 暗闇の奥から、更に多くの蟲達が這いずり出て来る。

 

「おう」

「私が魔法で援護します」

「任せた」

「行くぜ!」


 魔法士の魔導杖が緑色の輝きを放つ。

 蟲達の頭に渦巻く風が視界を奪い、その身体に纏わり付く風が動きを拘束する。

 魔導武器を構えた仲間達が、蟲達へと突撃する。

 

 それを最後にして。

 仲間達への注意は捨てる。

 

 大剣を握る。

 大剣を振るう。

 

「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 斬り飛ばし斬り飛ばし斬り飛ばし斬り飛ばし斬り飛ばし斬り飛ばす!!

 眉間に大剣を突き込んだムカデが、最後のあがきと自分を斬り刻もうと、剣と化した節足の生える体を巻き付けて来る。

 

「お前程度が、この俺をミンチにできるかよ!!」


 強化魔法に輝く左の掌をムカデの身体へと向ける。

 節足を砕き身体を握り掴む。

 そして右に握る大剣を左手へと、斬り進め、一気に合わせた。

 

 青白い血が噴き上がり、下ろされて二つに分かれたムカデを、次に来る蟻の集団へと放り投げた。

 

 

 * * *

 

 全ての蟲を斬り殺したとき、自分以外の仲間達は息も絶え絶えになっていた。

 座り込む彼らは、もうこの場での戦いを継続することは難しいだろう。

 

「お前らはここで引け」

「……どういうつもりだ」


 視線を、暗い穴の奥に向ける。

 闇は静かで、気持ちが悪い程に物音ひとつしない。

 

「ここからは俺にお前らを庇う余裕は無い」


 しかし感じるのだ。

 悍ましい気配を。

 恐ろしい程に強大で、人など及びも付かない圧倒的な魔力の波動を。

 

 肌が泡立つ。

 背筋が凍る。

 

 何度繰り返しても、決して慣れることの無い、畏怖と絶望。


「タケル、お前は……」

「俺はここに残る。それで……」


 大剣を亜空間の蔵庫にしまう。

 

「あいつをぶっ殺す」


 それで自分は言葉を終える。

 コクリと頷いた一時の仲間達がこの場から立ち去って行く。

 

「そうだ、出てこいよ」


 右手を前に突き出す。

 それに左手を添え、自分は魔力を解放する。

 

 コーンッという小石の落ちた音が、隅々まで響き渡った。

 暗闇の奥に、せ返る様な鉄の臭いが現れる。

 

 地響きと共に歩む音が、自分の方へと近づいて来る。

 

 そして、魔晶石の輝きに照らされる場所に、それは現れた。

 

 溶け固まった巨大な剣の塊。

 それは人が纏う全身鎧のようなシルエットであり、体中から生える剣身を纏わり付かせた姿は、異形のハリネズミのようでもあった。

 

 その身体に幾つもある小さな裂け目、その中に輝く宝玉のような瞳が、自分を捉える。

 意志も無く本能のままに食欲を宿す瞳は、愚かしくも獰猛どうもうな獣のそのものだった。

 

「よう『魔剣獣ビースト・エッジ』。大変ご機嫌なようで結構だ」


 どう自分をどう嬲り殺そうか、その無邪気な思考が視線からビンビンに伝わって来る。

 

「俺の名は【魔剣殺し タケル・イズモ】。A級開拓者をやってるもんだ」


 お前はこんな口上けじめ、追い詰められた鼠のさえずりにしか聞こえないだろうがな。

 

 でもな。

 

 よく聞いとけよ。

 

「そして、全ての魔剣を葬る為に生きる男だ」


 これがお前がこの世で聞く、最後の言葉になるんだからなあ。

 

 魔剣獣の口の中からカシャカシャと音がする。


 嘲笑あざわらうか。

 

 それもいいだろう。

 

「行くぜぇ」


 虚空から現れるその中へと、自分の身体は入って行く。

 機体の精霊機と自分の意識との接続が確立し、見上げていた魔剣獣と同じ高さに自分の視界が変わった。

 

「お前らをこの世から消し去る為に作り上げた処刑機械。戦闘装甲ゴーレム【アームド・ジオゴブリン】だ」


 一際巨大な右手だけは赤黒く、他の全ては山岳迷彩を纏っている。

 七メートルもある巨体だが、それでもこの場所の広さは動き回るのに十分だった。

 

「魔剣よ……」

 

 左手に握る棍棒【鉄折】を構える。

 右手に握る大鉈【灼斬】を振り上げる。


 それでもまだ魔剣獣の嘲笑ちょうしょうは続く。

 

「死に晒せ」




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