剣と敗北の聖女 七

 情報書架・白・報告書三○○二号


――【フラビオ・セレーゾ】について


 ……。


 ……。


 以上が彼についての報告となります。

 以下は私が感じた、彼の印象についてを記します。

 

 ……。


 ……。


* * *


 ザロの風の神殿に在る『史編の回廊』は、二百七十年前に活躍した聖者【森の棺 ロペス・ニコロ】の代表作として有名である。


 十億枚のタイルから成るモザイク画によって、聖典に記された『世界樹の夢園の栄華』から始まる人の歴史が描かれている。


『火と剣と戦の時代』から『書と魔法の時代』、『破壊と死の時代』へと続く。


 『無謀の門』から風の神殿に入ったフラビオ達は観光客や巡礼者、時に神官とすれ違いながら、最奥の場所を目指して歩いて行く。


「これを見るのも、もしかしたら最後かもしれませんね」

「バカ言うんじゃないよ」

「そうですよ若。勝負時に弱気になる何てらしくありませんよ」

「ま、師匠ワルガキは極悪だが根はクソ甘だからな。追い詰められている奴を甚振るなんて事は無いから大丈夫だぜ。たぶん」


* * *


 飛行戦艦【スチール・ファルコ】の甲板が開き、巨大な鋼の方形のオブジェが姿を現した。


 愚の獣の作品群『做蛮阜さばんな』の一、機巧式並列精霊機搭載変換干渉型魔法砲『レッドゾーン/ヒートドライ』。


 砲と名を付けれてはいるが、魔法砲というシステムは人の使う魔法を増幅するものであり、弾として礫等を放つものではない。

 古来、魔法陣を用い円環に配された魔法使いが呪文を唱え魔法を使った。それを上から見たらまるで人の筒から魔法が放たれるようであった故に等々などなど

 名の由来は諸説あるが、しかしそれを今この場で論じる意味は無い。


「つくづく思い知らされます。伝統とは停滞だと。二百年前は神官が結界を維持し、貴族が魔獣を狩る時代でした。けど今は魔力炉が結界を維持し、市民が魔獣を狩る時代です。伝統という脳死状態で我らが止まっているとき、市民はこぞって新しき技を生み出していった。貴族ならば音楽を聴くときには楽団を呼びます。しかし市民はレコードを買います。これがどれほど哀れな差か、理解できる貴族ものがどれほどいたでしょうか。必要は発明の母。まさに真理です。満たされた生活は冷めて行くだけの微温湯だと、伝統とは黴に蝕まれていく浴場だと。それに気付いた時、どれ程私は私の世界に絶望したことか。市民がヒトとして歩んでいた時、貴族はただ貪るだけのケモノでしかありませんでした。その悍ましさを、父も母も友人も、誰も理解しようとはしませんでした。生み出す心を忘れたモノにミライなどありはしない。そうでしょ、先生?」

「よくしゃべる。それよりいいのか? お前の息子が張り切って飛んで行ったが?」


「私は息子の自由を尊重してますから」

「君の作ったESGに乗ってるのだから大丈夫だろう。一応は巻き込まないよう配慮してくれたらありがたいが、黒焦げになるなら、まあそれまでだ」


「酷い親達だな」


「彼を生むまでが私の仕事ですから。それに後処理は業務外という契約になってますし」

「これと名目上夫婦となったのは、お互いの利害関係を計算した結果でしかない。私がイノリへの執着を断てなかったように、これは錬金術師としての道を諦める事ができなかった……」


「ボルトニア王国はカロペーへの信仰が強い。故に聖ボルテが奇跡を起こしたザロは、この国の最も大切な祈りの場となっている。王となる者は必ずザロの風の神殿で祝福を受けなければならない。だからこそ、」


 時計の秒針が進む度、艦橋に詰める兵士達の緊張が高まって行く。


「ザロが消えれば王の権威は失墜し、国は更なる混沌へと堕ちる。そして灰と泥だけとなった場所に、新たな国が築かれる」


「それで。雇い主殿はその国の何処どこに座る?」


「ふっ、分かっているだろう?」


 魔法砲が赤い魔力洸に包まれる。


「いよいよですね。ああ、偉大なる【愚の獣】の作品の力を見られるなんて!! 戦場は嫌いですが、それでも来て良かったです!!」


 愚の獣が制御球に手を触れ、魔法の詠唱を始める。


「流れを干し、染みしを乾かし」

「火と共に走り、奪い奪い奪う風よ」

「我が招きに応え給へ」


 愉悦に、ハファエルの口から言の葉が零れる。


「消え果てろ。俺は行く」


* * *


 風の神殿の最奥、『凪の伽藍』。


 板張りの広間に在る物は無く、ただ天井に拵えられた窓から天の光が差す。


「我が願いに応えて頂き、ありがとうございます」


 頭を上げたフラビオの前に座るのは、騎士鎧を纏う猫と仮面を被った少年を従えた、灰毛頭に青い目を持つ革鎧を纏った青年。

 

「代償は人としての命。それを承知の上でなお願う事、相違ないか?」

「はい」

 

 フラビオは首肯する。

 そして、自分の首に刃が触れたのを知った。


* * *


「【乾而拿焦陣かんじなしょうじん】」


 愚の獣の詠唱が完成し、魔法砲から放たれた赤い光がザロの町を襲った。

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