剣と敗北の聖女 六
「イノリ様は仰いました。
この結末に至る三十一の
―― ただし。
「あの『夢久の予言者』の言葉だ、全くの出任せとは思っちゃないさ。けどね、フラ坊の命を捧げる必要があるなんてもん、左様ですかと頷けるもんじゃないさね」
「クソ昔に聖櫃の実物を見た事があるって言ってたから、その男の力はガチなんだろうよ。それに
「……聖櫃って、実在したのですね」
「そうだな。だがそっちの話は予言者や剣聖、枢機卿じゃくて魔月奇糸団の黒翼、聖威としての領分だ。人の戦争でヒーヒー言ってる奴らが手を触れるべきものじゃねえ」
「はい」
「魔月奇糸団、か。力を借りられないかねぇ」
「止めとけ」
強く硬い声がカミラに返された。
「万が一力を借りられたとしても、俺達傭兵のように
「…………そうだね」
人の悪でも善でもなく、しかしその最後の場所に続く道の中に出会う事はある。
時に恩恵を与えられる事もあれば、時に破滅に落とされる事もある。
それは魔女【魔月】の伝説が示す通りであり、だからこそ伝説は
なおそれでも欲するならば踏み入れるがいいと、勇ましき者達へ、『白い月』への入り口は用意されている。
莫大な資金が唸る市場経済の影に、刃が血肉を喰らい火が全てを灰にする戦争の中に、或いは穏やかな日常で触れ合う善良な隣人の中に。
または。
依頼を申請された開拓者協会支部の評議会における『全評議員の賛成』と、総本部評議会の『全評議員の三分の二の賛成』、そして総長の許可によって受理、発行される
* * *
天空の風が軋み鳴く。
大地は揺れ動き、立っていられなくなった人々が、跪く様に地面へとしがみ付く。
ありえない量の魔力の放射が自然の流れを乱し、天変地異を引き起こしたのだ。
その根源、全ての中心に立つのは一人のドワーフの少女。
血にエルフが混じる事を示す精緻に整った容貌に金に波打つ髪、覗色の瞳。
黒いリボンを頭に着け、黒いエプロンドレスを纏い、その足には鉄角牛の深靴を履いてる。
―― 結社『星屑の塔』の祭壇の巫女。
―― 魔月奇糸団第六席(仮)。
【
「スリーピー、いいツッコミだった」
「マジ死ぬかと思ったっす」
「それは、すまん」
土埃を払ってヨハンが立ち上がる。
「
「吹っ飛びはしたが纏放で威力は捨てた。魔力に対しては、揺鐘はまだ修行が必要だな」
「……そっすか。割とマジな魔力を込めてたっすのに。主は相変わらず化け物っすね」
「はは、お前も冗談を言うようになったか。ま、良い修行になるからこれからも気にせずやってくれ、と。そう言えばお前の方こそ大丈夫だったか?」
「剣ならともかく、広範囲殲滅型の影はマジで無理ゲーっだったっす。おかげでハートの
スリーピーが右手の死札となった十四枚を虚空へ消した。
「まあ主がきちんと制御してたっすから、直接巻き込まれる事は無かったっすし、コイツも使ったっすから」
スリーピーが左手に握る柄を引くと、そこから延びる魔力の鎖に巻き付かれた何かが落ちて来た。
「ぐふっ!? 酷いぜ嬢ちゃん先輩」
「曲がりなりにも機龍の眷族の端くれの味噌っ滓。
ゲシッと深靴に包まれた右足に踏まれ、ゲヒィッ♪と男、神殿前で声を張り上げていた、が汚い悲鳴を上げた。
「そもそも事をスムーズにする為に呼んだっすのに、何で本当にもう、率先してイサリビが火種になってるっすかね?」
「アフンッ!?」
宙へ放られた男の身体が燃え、小さなジャガーの姿となってヨハンの頭に着地した。
「いやね、めっちゃワイのソウルが燃え盛っちゃって」
テヘッと舌を出した瞬間、スリーピーの怒気が倍になった!!
ジャガーを捕えていた鎖が消え、彼女の左手の柄が黒い戦斧へと変わった。
「ミンチっす」
「申し訳ありませんでした!!」
溜息を吐いたスリーピーは斧も蔵庫へと消した。
『お、お前らっ! こ、ここが神殿と分かっての狼藉か!!』
一歩前へ進み出たゴーレムを一瞥し、スリーピーはカタリナが倒れている方へ目を向けた。
彼女を守るように、魔導武器を構えた神殿兵達が錬玉核を輝かせ、スリーピー達へと切先を向けている。
ヨハン、そしてスリーピーとの実力差は理解しているようだが、だからといって引いてくれる訳ではないようだった。
「イノリさんの弟子。一応は事情も分かってるって事で、彼女の方が話は通じそうっすかね」
灰毛頭の上で「やっちゃるで! ワイはやっちゃるで!!」と毛を逆立てるジャガーは、ヨハンの腕にホールドされて静かになった。
「『ハートの二』オープン」
スリーピーの放ったカードが飛翔し、神殿兵の間をすり抜けて、カタリナの足に刺さった。
「「な!?」」
『お前っ!!』
カタリナが覗色の魔力洸に包まれ、スリーピーへ向かおうとした五体の戦闘装甲ゴーレムが泡となって消えた。
「一歩は許すっす。けど二歩目は無いっす」
そのスリーピーの応えにゴーレム達は機兵用魔導砲を向けるが、撃とうとした瞬間に同じように泡となって消える。
「あ、ああ、お前は、何だ?」
操縦腔より放り出された者が剣を抜くが、刃が鞘から出た瞬間に、剣身は泡となって消えって行った。
岩巨人が機巧魔導剣を構え、踏み出そうとした瞬間、それを止める声が響いた。
「よしな!!」
* * *
【翔蝶剣 ハファエル・ボルテ・ウラッセオ】
宮廷で生まれ育という事は、同時に、嫌と言う程に、女という生物の醜悪さを見るという事だった。
良妻賢母と噂される女が、精力的に政務をこなす夫を陰で罵倒し、城勤めを始めたばかりの少年を閨に招く。
腹が膨れ子が生まれ、赤子を笑顔で抱き上げる夫が、その真の幸福は自身との血の繋がりが無い事を知らないという事だと言うのは、何と哀れで滑稽な事か。
―― 野蛮。
それを何度紅を塗った口から聞いたか、もう覚えてはいない。
詩歌を吟じ歌曲を鳴らし、眉目秀麗な楽士を招いては尻を振る
―― 人は分かり合える。武器を捨てよう。さあ、話し合おうじゃないか。
流麗な旋律の中の異口同音。
傷つく事の無い安全な檻の中で、そう嘯く者達の何たる醜悪な事か。
スパニーナの獣心共の前に、砂漠の不死の怪物の前に放ってやれば、さて、どう歌うのであろうな。
下らぬ妄想の中に、日々の思考が浸る。
兄の予備として育てられ、いずれはスパニーナとの戦争で死ぬか、それとも人質として送られるか。
約体も無く日々が過ぎた。
そしてある時、一人の少女と出会い、心を奪われた。
生まれて初めて一心不乱に、剣の修行に打ち込んだ。
中剣位、大剣位、真達位と瞬く間に武剣評価は上がり、心道位となり、それが俺の限界であったと知った。
師と弟子の関係は、ただ変わらず。
あの金の瞳と黒い肌を手にする事は叶わなかった。
決別の日。
―― 新しい聖霊を生み出す事。それが私の、私達の願いです。
そうして、イノリは俺の前から姿を消した。
* * *
ハファエルが閉じた眼を開ける。
飛行戦艦の船首の先にザロの町が広がっていた。
「さて、愚の獣殿。都市結界を消して頂けるだろうか」
「了解だ、雇い主殿」
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