旅の目的

 魔剣皇帝ゼバ・ベグスーラ。


 森羅万象を『破壊』する力を持ち、聖霊にさえその刃を届かせ得るという、全ての魔剣の頂点に立つ、一億年以上の時を経た最強最悪の魔剣。


『魔剣皇帝を倒す唯一の方法はね、一対一の決闘で魔剣皇帝を折ることよ』


 秘密結社『魔月奇糸団』の主であり、悠久の時を生きる魔女はそう言った。

 曰く、絶対の暴君を引きずり下ろすのはただ純粋な力だけである、と。

 敗北の洗礼だけが、皇帝をただの鉄屑へと堕とすことができる。


『成程……』

 

 正面からガチれ、と。

 俺にとっては実に嬉しい言葉だったが、隣で聞いていた聖女は、それこそガチギレしそうになっていた。

 『誰だってそれができたなら、最初からやっている』と、凄まじい威圧を放つ彼女の蒼い眼が語っている。


 それを受けながらも魔女の微笑みは変わらなかったが、しかしその瞳の奥には鋭い輝きが潜んでいた。

 それが、決して戯れで以て語ったものではないと告げている。


―― できないなら尻尾を巻いてどこぞへと逃げ去ればいい。


 聖女と魔女の間の空気が、爆発しそうなほどにその圧力を増していく。

 そこへと、気勢も無く、しかし怯えも無く。

 だた自然に、するりと俺の口から言葉が漏れるように出た。


『いいだろう。魔剣皇帝は俺が斬ってやる』


 聖女と魔女、そして老騎士と道化と魔法士の視線が俺へと集まる。

 

『後輩君、何か当てがあるの?』


 道化が問う。


『勿論だ』


 確かに、今の俺の力では魔剣皇帝の足元にも及ばないだろう。

 ブルー・クラーケンでさえ鎧袖一触にし、地図を大きく書き換える程の力を持ちながら、なおそれでも不完全な状態であったという。


 おまけに能力の一つには、今に存在する全ての魔剣の力、その使い手達の技を使えるというものがある。


 個にして全。

 全にして個。


 剣の姿をした、絶対不可侵たる存在。

 それはまさに『剣の神』と呼ぶべきものではないだろうか。


 魔剣皇帝に人が挑むというのは、蟻が宇宙の果てを目指すような話であろう。


 だが……。


 俺の心の中には、昂っていく熱を感じるのだ。


―― 魔剣【メサイア】と共に、先生の剣の記憶が魔剣皇帝の中にはある。


 果たす事が出来なかった願い。

 俺の忘れた夢であり、父さんから託された夢であり、先生に課された夢。


―― 剣の頂き。

―― 【鏖風奇刃おうふうきじん ハリス・ローナ】を超えた先に在る場所。

 

 先生は死んだ。

 しかし今、目指す場所に魔剣皇帝が突き立っている。


『……』


 両手の拳を強く握った。


『先生は「心に熱があるならば、それは必ず届くだろう」と言った。ならば俺の剣は必ず魔剣皇帝を斬ることができる』

『うわー無茶苦茶過ぎる。流石はハー君の弟子』


 顔を右手で覆い、空を仰ぐ道化。

 そこに老騎士が口を添える。


『いや、案外無茶な話でもないですよ。それにヨハンの持つ権能は【世界】……』


 魔女を見て、言葉を続ける。


『魔法には魔力だけではなく、使い手の想いの強さも影響します。【世界】を完全に掌握し、そこにハリスより受け継いだ剣が合わされば、可能性はあります』

『そうね』


 その言葉に頷く魔女。


『というかそれしか真っ当な手は無いわね。ダナックの【混沌】だと魔剣皇帝には相性が悪すぎるし、権能以外だとそれこそ無理ゲーなのよね』

『……』


 注視する聖女へ魔女が向き直る。


『あとはそれこそ運命ドゥーム巧式フォーミュラーの将軍級か。いかに魔剣皇帝でも、現界したばかりじゃ将軍級には勝てなかったでしょうけど、生憎とその将軍も不完全な状態だったようだしね』

『っ』

『正直、もう手札は揃っているわ。あとはそれをどう使うかだけの話よ』

『……成程。いや、確証が得られたのは大きな前進だよ。そこはお礼を言っとくね』


 バチリッと聖女と魔女の視線がぶつかる。


『気にしないでいいわ。パフェラナにはまた意地悪しちゃったし。そうね、そのお詫びに幾つかパフェラナの欲しいものを手配してあげるわ』


 そういう訳で水の聖女と彼女に助けられた剣士の目的は、何の捻りも無く、『魔剣皇帝よりも強くなる』ことになった。


 聖女は自分の運命ドゥーム巧式フォーミュラー深海将軍アビスジェネラル ブルー・クラーケン】を完全な状態にし、俺は適正属性、いや権能である【世界】を完全に自分のものにしなければならない。


 そして方針の一つとして、魔女から『魔剣獣ビースト・エッジを狩るのはどうかしら』との提案を受けた。


―― 戦いより得る経験は元より、倒してその力を取り込むことができれば、何よりも魔剣皇帝に近付くことができるわ。

 

 力有る魔剣が変異した、強大な化け物である魔剣獣ビースト・エッジ。存在は知っているが、俺は戦った事が無い。

 しかし老騎士や道化、魔法士は何度もりあった経験があると、それを仕向けた張本人の魔女が語る。


『ハリスの奴はダンジョンが嫌いでしたからな』

『息が詰まるって言ってたよね。任務でもダンジョンごと斬って終わりにしてたし』


 それを聞いて、先生は閉所恐怖症だったのを思い出した。

 俺が尊敬してやまない最強の剣士である先生、【鏖風奇刃 ハリス・ローナ】。

 明治大正時代の文豪のような雰囲気を持った魔人の男で、できる事は多かったが、逆にできない事も多い人だったな、と。


『話は分かった。それでグロリアは適当な魔剣獣ビースト・エッジに当てがあるのか?』


 期待と興奮。

 

 そんな俺を魔法士は静かに見ており、『パンドック王国のルーネ』と呟く様にして言った。


『ルーネ?』


 このスス同盟国から遠く南下した位置にあるワトナ半島。

 そこにひしめく五つの国の一つがパンドック王国であり、その首都の名前が『ルーネ』である。

 魔月奇糸団の下部組織であるマフィア『盃』の大きな支部もあり、俺も先生との旅で一度だけ訪れた事があった。


 ルーネはワトナ半島随一の交易都市として名を馳せている。

 当然街並みも近代的なものであり、それは俺が知る『魔剣獣ビースト・エッジが発生する条件』のイメージとは一致しない。


 戦いの怨嗟えんさ、その純粋なものがこごる大地の下深く。

 幾千の骸に埋まり、莫大な魔力の流れに浸されて、長き年月を積み重ねる。


 まだ研究の中に有るが、これが今の通説だったはずだ。


『ルーネが大きな戦場になったという記録は無い。現王の継承で揉めた時は在ったが、年月が浅すぎるし、他も不足が過ぎるように思う』


 それで万が一魔剣獣ビースト・エッジになったとしても、魔女の言う『力』に届きはしないだろう。


 俺は首を傾げる。


―― いや、ワトナ半島には……。


 魔女がニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。


『【畏津壬丸いつみまる】か、それも良いわね。本当はバゾヤに行ってもらうつもりだったけど……』


 思考に耽るその顔は、実に『魔女』と呼ばれるに相応しいものだった。


『団長。ヨハンと聖女殿だけでは少し不安があります。それにあれに手を出して下手をすれば、半島は疎か、その近辺が消し飛びますよ』

『大丈夫よ。の国もあるし、そこはよ~く考えているわ』


 注意を促し、そして私が同行しましょうかという老騎士に、魔女は首を横に振るう。

 そして彼女は道化と魔法士の方を見た。


『さて、そういう訳で団長から我が同志への新たな任務です。第十三席【封櫃の唄 ゲルトルード・アールマ】と、第七席【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】の両名は、共に第四席【最強無敵 ヨハン・パノス】と、水の聖女【青の機巧師 パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ】殿下を助け、ルーネに封じられた百万年級の魔剣獣ビースト・エッジ畏津壬丸いつみまる】を討伐しなさい!!』

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