聖女と魔女のお茶会 一

 忘れられた古い時代には、風見の森は獣人の占い師達の聖地であった。

 気脈の交差路にあり常に濃密な自然魔力が満ちるこの森は、獣人がこの地を追われた後には魔獣達の楽園へと変わってしまう。

 そして今はもう、かつての聖地であった記憶は誰からも忘れ去られてしまった。

 

 長い年月が過ぎて。

 一人の魔人の剣士が深部に居を構えた。


 やがてまた剣士もいなくなり、ある組織が管理するだけの場所となったその小屋に。

 今は一人の少女と一人の女がいた。

 

 * * *


~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~

 

 ヨハンと戦獣騎が、沈香茶とのちゃ色の爆発と紺碧こんぺきの閃光によって何処かへと飛ばされて行き。

 

 グロリアの傍らに控えていた男は戦獣騎の元へと行く言い、転移の魔法を使い此処からその姿を消して。

 

 手持ち無沙汰になった私は、グロリアに誘われて猟師小屋の中へと戻って行った。

 

 「好きに見てくれていいわよ」と言われたので、この割と大きな猟師小屋の中を探検している。

 

「これ、いつの時代のだろうか?」


 壁に掛けられた、民族衣装をまとった人々の肖像画。

 虫や植物の標本から異形の魔獣の剥製。

 

 古い技法による世界地図、様々な背表紙の本。

 

 魔法や魔術の本は既読のものが多く、小説の方に興味を引かれたのでパラパラと捲ってみる。

 

「っ!?」


 バタンッと閉じた。


「あら、それは刺激が強かったかしら?」


 後ろからグロリアが覗き込んで来た。

 

 重厚な革の背表紙に書かれたタイトルは『楽園での回想』。

 中身は各地の娼館での体験を元にした濃密なレビュー。

 

 記憶、消したい……。


「……ええ、少なくとも私に合う本ではありませんでした」


 平静を装い、音を立てないようにして本を棚へと戻す。

 同じ棚には『法悦ほうえつの時』『夢の果ての朝』『期待、そして絶望』『回帰』といったタイトルが並んでいる。

 

「ふふふ。あなたにはまだ早かったかしら?」

「淑女が触れるべき物ではないですわね」


 くすり、と音が聞こえたが無視ですわ!

 

「かっわいい!! 今のあなたとっても素敵な顔をしているわ!!」


 私の横に立った彼女が素晴らしい笑顔を向けてくる。

 

「……お粗末でした、です」


 グロリアから切り替えて、意識を他の品へ向ける。

 

 昨日は忙しなくてよく見ていなかったのだが。

 ここには本当に色々な物が置いてあるのだと気付く。

 

(ヨハンからは彼の師匠が住んでいた場所だと聞いたのだけど)


 属性を消して『無属性化』した魔力の波を空間に走らせる。

 

 これは魔力波によって対象の魔術性能を鑑定する魔法であり、珍しい技術ものではない。

 使用者によって効果に差異が生じるが、私の魔法はそこらの検査機器よりも優秀である。


 壁に掛かった獅子を模した仮面は使用者を狂戦士にする物。

 棚の横の黒い全身鎧はステルス機能を持っている。

 台に置かれた剣は使用者に寄生して身体を乗っ取り、一緒に置かれた腕輪の持ち主の操り人形に作り変える。


 如何いかがわしい品から骨董品、魔導学以前の魔道具まで、この入口の部屋にひしめく品は二百五点を数えた。

 所有者の人格に疑問を持つような品も幾つかあったが、それでもこれらを蒐集した人物の目利きは確かであったと言う事ができる。

 

「ハリス・ローナという方は良い眼をお持ちだったのですね」

「解かる?」


 グロリアが浮かべた笑みは、いつかの日々を懐かしむようなものだった。

 

「そうね、面白い男だったわ」


 遠くを見る視線は、過去へと向けられているのだろう。

 

「いつも驚かされたけど、ヨハンを連れて来て弟子にした事には飛び切り驚かされたわ」


 彼女が傍らの壁に掛けてあった剣を抜く。

 鋼の剣身から膨大な炎が爆発するように溢れ出し、天井を突き抜けて明々と燃え盛る。

 

 しかし熱は感じず、カチリと鞘に納められた時には炎も消えた。

 

「昔の魔力量測定器なんだけどね。小級魔法一発分の魔力を使うけど、ただそれだけの物よ」


 それは精巧な幻を生み出すだけの魔剣。

 

 剣の柄と鞘には宝石が埋め込まれ、小さく文字が刻まれている。

 多分この剣は祭器として使われていたのだろう。

 

「ヨハンはこれでちっさな炎を出してね、それだけで魔力切れになって気を失ったの。あのときは思わず『ハリス本気まじ?』って聞いちゃったわ」


 優しい朝の光に照らされて。

 

「ま、結果を見れば私の目がいかに節穴だったかという事が証明されちゃったけどね」


 その中で怪物が笑う。


「ヨハンの剣には竜がいます」


 ことわざに『剣の中に竜がいる』というものがある。

 

 剣の道に生き、剣の道の中で死んだ達人がいた。

 その彼の愛剣が竜となり、彼の魂と共に天に昇って行ったという故事によるもの。

 

 転じて、至高の達人を表す言葉であり、修羅を表す言葉でもある。

 

「そして何より。彼は絶望を叫びながらも立ち上がりました」


 目をつむる。

 あの時、自らを【最強無敵】と叫んだ彼の声を思い出す。


 『最強無敵』とは彼の絶望の言葉であり、その絶望へと叩き付けた彼の覚悟の言葉でもある。

 

「だからこそ私は彼に希望を見出しました」


 だからこそ。

 身勝手な『水の聖女』はその聖権で以て。

 巨大な絶望に対する剣としての役目を彼に押し付けることにした。

 

 その為ならば彼に全てを捧げよう。

 

 この力。

 この知識。

 そして、この身の全てを。

 

 それは逆に言えば……。

 

 まぶたを上げる。


「圧倒的な組織と実力を持つ開拓者協会総長【天座 ボンノウ・イッシン】。あれよりもただの剣士である【最強無敵 ヨハン・パノス】を取ったあなたの選択。その眼力と覚悟には賞賛の言葉を贈るわ」


 私の視線と、グロリアの視線がぶつかる。

 

 そして続くこの言葉は素直に私の口から出た。

 

「【最強無敵 ヨハン・パノス】はこの私、水の聖女【青の機巧師 パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ】のものだよ」

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