因縁 二

~ パフェラナ・コンクラート・ベルパスパ ~


 ヨハンが消えた。

 ただ後には、結界魔法に特有の魔力の波動だけが残っていた。

 

(この魔法の構成だと、ただ相手を閉じ込めるだけの効果しかない。使い手の技量は凄まじいけど……)


 私の戦闘ゴーレムがヨハンに付いている。

 

(あの子がいればサポートは問題無いはず。それに、ヨハンならきっと何があっても、切り抜けられる力がある)


―― 私よりも遥かに、彼は強い。


 そう自分に言い聞かせ、目の前に集中する。


―― 彼女は、決して余裕を持てる相手じゃないのだ。


 沈黙する悪邪の残骸。

 機巧魔導杖【蒼牙そうが】を握る右手の力を強めた時、肉塊の中から、零れるように笑い声が上がった。


『ハ、ハハァ』


 空間に波紋が揺れて穴となり、その中からのっぺりとした顔を持つ、金属の光沢を持った人形が歩み出て来た。

 その両手が剣の形となり、私に向いたと同時。


穿うがて!」


 蒼牙の海蛇を模した杖頭の口が開き、硝子がらすで出来た魔導矢が放たれた。

 音速を超えて飛翔するそれを人形は躱そうとするが、追尾した魔導矢は人形の背部に当たって砕け、その中身である『変成剤』を撒き散らした。


 これは物質に急激な劣化を起こし、一万トンの鉄塊さえも数秒でただの氷へと変える、かなり強力な効果を持たせた物だが……。


(でも、これだけじゃ足りない)


 人形は動きを止めたが、しかしその金属の光沢はほとんど変わらない。


「止まり往く命をくべて」

「氷土の上に燃え盛れ」


 蒼牙のシリンダーに収められた、ルーンパウダーを入れたカートリッジが撃発する。

 因果律への干渉力が増大し、魔法の効果が数倍に膨れ上がる。


「【獄鎖凍焔ごくさとうえん】」


 『凍てつく火』を使った攻性上級魔法。

 人形を包み込むように現れた焔が、球状に回転しながら中心へと向かって圧縮していく。


 彼女の魔導人形の防御力は突出していて、兎に角硬い。

 変成剤の効果が薄い以上、その防御力を剥ぎ取るには、体内の魔力循環を凍結阻害するしかない。

 

(抵抗が強い、けどこれで)


 人形へ向けた蒼牙に、更に魔力を込める。


―― 変異錬成。


 人形を濡らし浸透していた変成剤を魔導爆薬に変え、それが獄鎖凍焔の魔力と反応した瞬間。


 ドゴオオオオン。


 甲板が大きく揺れた。

 展開した防御結界のその先を、白い氷の粒子を含んだ爆風が流れ去って行く。

 人形は下半身だけが辛うじて残っており、それがガシャンと音を立て、甲板の上に倒れ落ちた。


「!!」

 

 背後に強大な魔法の気配を感じたのと同時。

 

 襲い来た攻性魔法を受けて、蔵庫から自動で現れて防御に回った【NO.478 白薔薇の守護牛騎士ホワイトローズ・コマンダー】の一体が吹き飛ばされた。


『カカ、カハハハハハハ』


 悪邪の口の中で、魔力洸を宿した右手を突き出して、ただれた上半身だけの人型が笑い声を上げた。


『オ久しブり~。あぃ変わラずゥ、憎らシいほどニぃ、キレイなお顔だねエエエエ、復讐しャ~』

「あなたはまた随分な姿になったようですね」


 姉さんを壊した私の敵。


 ノカリテス。

 コロネ。

 ローネシア。

 ペペルーチア。


 そして……。


『そォ言えバ~、五か月前ニぃ~、ロッテラを、殺したソ~だネェ。あイつを、るなンて~、マ~た、ズイブンとぉ、腕を上げタじゃ~ナいかア』


 虚空より新たに現れた人形が、人型の頭部にその右手をめり込ませた。


『アギャ、アギャガギャガガ……』


 肉を引きちぎる音と共に取り出された黄金の髑髏どくろ

 それを口の中へと呑み込んだ人形は、次の瞬間、虚空から落ちて来た膨大な水銀の中に、悪邪の残骸諸共に消えた。


 非情に強い魔力波動を発しながら赤熟し、こねくり回されるようにして水銀の形が変わっていく。

 

(これは、下手な刺激を与えらたら爆発するね)


 彼女諸共に、半径五十キロが木っ端微塵になる。


(全く。錬金術師らしく狂っているよ)


 見上げる程だった水銀の体積は、すぐに小柄な人間のものへと小さくなった。


 全体から水銀の蒸気が立ち昇り、金属の光沢が、人の皮膚ひふの質感へと変わっていく。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ。


 そして一際強く噴き上げた蒸気が収まった時。


「ちょ~っとお見苦しい姿を見せちゃったね~。ごめんごめ~ん」


 風にさらわれたその後に、白いフリルを多用した黒いゴスロリ服を纏い、黒髪をツーテールにした少女の姿が現れた。


「お待たせだよ~、パフェラナた~ん」


 そう言った私の仇敵は。

 ニタリと赤黒いルージュを引いた口角を上げて、黒いタールのような微笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る