過日追想 二

 馬車から降りて、無数の墓標が連なる丘の上を歩く。


 遥かに遠く。

 崖の先に見える海原は、何処までも続いている。

 夏の空は青く晴れ渡り、吹き往く風の涼しさが、生者にも、優しい眠りへと誘っているかのようだった。


 墓地の一角にある真新しい墓標の前で膝を折り、両手に持っていた花を供えた。


 目を瞑り祈りを捧げる。

 脳裏を過ぎる色々な景色が、荒波のように私の心を揺らしていく。

 

 いつしか何を祈るのか分からなくなり、ただ瞼の中の暗闇の中で、うずくまってしまっていた。


「パーナ」


 パチリと響いた声に目を開き、振り返る。


「姉さん」

「やっ」


 私の横に並んだ姉さんも、花を供え、また墓標へと祈る。


「……私達だけになっちゃったね」

「うん」


 水の勇者の私部隊パーティーで、あの死竜との戦いで生き残ったのは、私と姉さんだけだった。


 他の仲間達は、みんな死と終の聖霊【ヌニト】の元へ行ってしまった。


「ありがとう姉さん」


 塞ぎ込む私に、何度も声を掛けてくれた。 そしてここに居るのも、多分、偶然なんかじゃない。


「姉さんのお陰で、ここに来ることができた。姉さんがいなかったら、私は、絶対に……」


 目から涙が溢れる。


「この悲しさに、耐えられなかった」

「うん」


 抱き締められ、嗚咽を上げて泣いた。


「大丈夫だよパーナ。大丈夫」


 一瞬だけ、過ぎた日々の光景が見えた。

 冒険があって、日常があって、特別なことがあった。

 そこには私と姉さん、そして彼女達の姿があった。


―― 本当はみんな無事で。 

―― 水の勇者の私部隊パーティーとして、冒険の道を歩いている。


 けれどもそれは幻だったから、海風に吹かれて消えてしまった。


 ただ、みんなが『さようなら』と言ったのは、確かに聴こえたような気がした。


「ありがとう。姉さん、私はもう大丈夫だよ」


 あおい瞳が微笑ほほえんで、右手がワシャワシャと私の髪を撫でる。


「もうっ」

「あはは、パーナって地味にくせ毛だもんね」


 楽しそうに笑って、今度はく様にして優しく頭を撫でてくれた。


「綺麗に流すのもいいけど、フワッとした髪型の方がパーナには似合うと思うな。幾ら聖女だからって、紋切り型の神官の恰好じゃあ、良い男は寄って来ないよ」

「男性なんて興味無いよ。それに、今はカラオンさんがピリピリしてるから……」


「ふっ、あんな堅物は放っときゃいいの。次期教皇だろうが、私は勇者でパーナは聖女だ。文句なんてぶっ飛ばしてやればいいのさ」

「でも……」

「権力は使う為にあるってね。ま、今は公国も大神殿も外を気にして、それこそピリピリしてるからね。私達まで目を向ける余裕なんて無いはずさ」


 姉さんは少し膨れたお腹を撫でた。

 

「大きくなったね」

「三か月だって。結局やり逃げしてさ、最後まであの男らしかったよね」


 この子の父親である彼も、また死んだ。

 私達の政敵であり、いつも姉さんと口喧嘩をしていた男。

 

 国中が知る犬猿の仲のはずなのに、それがどうしてこうなったのか。


 姉さんは多くを語らない。

 そして彼は死竜から姉さんを庇い、最後はその劫火のブレスの中に消えていった。


「神殿軍もそうだけど、公国軍も未だにごたついているんだよね。アイザックの馬鹿は、あれで仕事ができたからねえ」


 大将軍である【水竜の剣 アイザック・カラフ】は卓越した才覚で、国内の軍事や政治は疎か、周辺諸国との外交にさえもその辣腕を振るっていた。

 その彼がいなくなったことで、死竜の巨大な破壊の爪痕が残るロシュペ公国は、厳しい局面に立たされることになった。


 聖女である私が工房に籠る事を許されたのは、【青の機巧師】としての私が優先されたからだ。

 神殿と公国からは兵器開発の依頼が絶える事は無く、完成した魔導兵器は、すぐに公国内の何処かへと輸送されて行った。


 そして。


 神殿に属する勇者である姉さんに、公国上層部とカラフ侯爵家が手を回そうとしていると、そのような風の噂が、工房の中にいた私にさえも聞こえて来た。


「まあ大丈夫だよ。パーナには私が、私にはパーナがいる。ここを乗り越えれば、きっと聖霊も微笑んで下さるさ」

 

 姉さんが優しく私を撫でてくれた。

 その心地良さに安心して、私は「うん」と答えた。

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