悪夢 ~バッド・エンド~

 白い輝きが映し出す。

 これは運命系魔法が見せた予知夢。

 ここに至る条件は九割九分満たされてしまった。


 現在において確定された未来。

 

 ……。

 ……。

 

 * * *

 


 剣闘大会で俺が使った剣には魔導機構が仕込まれていた。

 出場者の関係者や一部の観客が暴徒と化し、俺を処刑しろ、と大会主催者へと叫び詰め寄る。

 

 しかしそれを黙らせたのは、俺の決勝の対戦相手であり、辛うじて一命を取り留めた銀豪剣だった。

 

 ただ一人の怒声が会場に響き渡り、鎮まらせた。

 

「ヨハン殿が謀られたと解らぬか!! それにこの玩具程度に負けて無様に彼を罵ろうものが、この戦いに参加した勇士達に在ろうはずがない!! 彼の剣の絶技を見てなお彼を問い詰める者はっ!! まずはヨハン殿と戦いその剣を認めた俺に、この謀りを見抜けなかった大会主催者に文句を言いに来るがいい!!」


 圧倒的な気迫で放たれた論理の筋を放り捨てた暴論。

 だが、犀獣人の彼に喝破されてなお罵り声を出すものはいなかった。

 

 そして俺は咎められることなく、衛士長を辞した父と母、ノルマンと共に別の町へと移り住んだ。

 

 そこで父は開拓者の資格を取り、俺は開拓者資格を持たない狩人として生計を立てて生活した。


 二年が経ち、ノルマンは領都の学院で魔法士の資格を取った。

 生活は軌道に乗り、剣闘大会の事を苦味を噛み締めながらも話せるようになった頃。

 

 デバソンが俺の前に現れた。

 

「頼むヨハン。エリゼを助けてくれ!!」


 俺の怒りは、その一言で、納めざるを得なかった。

 

 エリゼが危機に陥ったという。

 その話に、俺は。

 

 家族の制止を後にして俺はエリゼの為に奔走した。

 それを収めたあと、ボロボロの俺は、今度こそ一人になった。

 

 ……。

 

 一年が経った。

 塞がった傷は冬が近づき下がっていく気温と共に痛み出した。

 何とか動く身体を引きずるようにして、生きるために僅かな金を稼ぐ日々。

 

 その俺の前に、また、デバソンが現れた。

 

「頼むヨハン。エリゼを助けてくれ!!」


 俺はまた、エリゼの為に、彼女を救う為に……。


 ……。


「頼むヨハン。エリゼを助けてくれ!!」

 

 ……。

 

「頼むヨハン。エリゼを助けてくれ!!」

 

 ……。

 

「頼むヨハン。エリゼを助けてくれ!!」


 ……。

 


 何度も、何度も繰り返した。

 

 四十歳を迎える俺の、残った右手は傷と皺が刻まれていた。

 俺はただ一人だけで、生きていた。

 

 エリゼとは、あれから一回だけ会った。

 仕立ての良い、高価な服と装飾品で飾った彼女は、俺の手を取って「ありがとう」と泣いた。

 それで十分だった。

 

「エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!!エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!! エリゼを助けてくれ!!」

 

 俺の年齢は五十を超えた。

 よくもまあ、生き残ったものだと、自分のしぶとさに苦笑する。

 

 保有する生体魔力が常人の平均以下で、短時間の身体強化の魔法以外碌に使えなかった俺。

 それでも、適正属性には恵まれていたらしく、この身体には伝説の『**』の力が在ったらしい。

 

 一週間前、最後に見たデバソンが、嘲笑を浮かべながら俺に吐き捨てた言葉。

 

『ご苦労さん。魔法無しだったが、とても役に立ったよ』


 仕立ての良い高い服を着た、かつての幼馴染は、振り返らずに去って行った。

 

 その姿を眺める俺は、もう立つことさえできなかった。

 右足と右手を失い、適当な魔法治療だけ施されて、汚れた下町の路地の壁に凭れ掛かっている。

 

 通り掛かる下町の住人は誰もが俺を避けて歩いて行った。

 俺を貪ろうと近寄る野良犬や野鼠は、一瞥をくれてやると逃げていくが、また直ぐに戻ってきて、距離を置いて俺がくたばるのを静かに待つようになった。

 

 冷たそうな風が吹き、冷たそうな雪が肌に落ちる。

 身体の感覚は曖昧で、かつて見た海の潮の匂いがずっと纏わり付いている。

 

 目は霞み、それでも見上げた空は灰色。

 あそこへと手を伸ばそうとして、無くしてしまったから、何も伸ばせない。

 

 欠けていく、消えていく自分の命が解る。

 あと少し、あと少し……。

 

 強い風に煽られて、思わずそっちを向いたとき、霞む目がはっきりと、彼女の姿を映した。

 

 煌々と灯る町の灯りのに照らされて、煌びやかな馬車に乗る女。

 彼女は、最後に見た時のままの、若く綺麗な姿だった。

 

 金銀と宝石の輝きに包まれた彼女の朽葉色の瞳が俺の方を向いた。

 ただそれだけで、すぐに視線を戻して、若く顔の整った貴族の男にエスコートされて馬車の中へと乗り込んで行った。

 

 エリゼの目を見た俺は知った。

 最後に滓と残った俺の魔力、澱んだ色の『**』の力が、俺に教えてくれた。

 

 彼女の心の中には、俺の事など無かったのだと。

 いや、かつてそこに在った俺への想いは、遥か遠い昔に捨て去られていたのだと。

 彼女は、俺をゴミの様に簡単に、躊躇うことなく捨てたのだと。

 

「あ、ああああああああああああ!!」


 枯れた喉から叫び声が上がった。

 

 大切な家族を置いて出た俺の愚かさ。

 何もかも無くして壊れた俺の心と体。

 

 それは全て、恋などという呪いに蝕まれて、その想いを盲信したが故の結末。

 

 俺のこの絶望の叫びさえ、聞いてくれる者はもういないのだという、虚無。

 

 消える命、砕けゆく魂。

 

「あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、がっ」


 酷使してきた身体が、そして遂に心臓が最後の悲鳴を上げた。

 激痛の中で、あっけなく、俺は生を終えた。

 



 …………………………………………………………。


 …………………………。

 

 ………………。


 ……。


 .。

 

 * * *


 残り一分いちぶの可能性。

 この結末を超える、奇跡とさえ言える未来への分岐条件。


【****の介入】

【****との死闘】。

【**への覚醒】。


そして【***との決別】。


サキュバスの腕を抜けて、先へと続く道に至るために。

さあ、終幕を始めよう。

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