観客
~ デバソン・ダーン ~
「何だ、あの魔法無し。結構強かったじゃねえか」
アリーナの中で銀豪剣と共に倒れ伏している、妹の婚約者である年下の青年ヨハン。
エリゼの玩具としての役目も終わり、これで切り捨てるつもりだったが、まだ何かの利用価値はありそうだった。
(まあ生き残れたら使ってやるか。お前も結局はエリゼから逃れられないんだからな)
エリゼに入れあげて破滅した男の数は少なくない。
その度にダーン家は大きくのし上がっていった。
(我が愛する妹は素晴らしい。あいつさえいれば幾らでも金が湧いて出て来る)
今はエリゼに伯爵家の次男坊が熱を上げている。
見目麗しい貴公子然とした少年である彼、その少年特有の向こう見ずな愛への熱狂は、エリゼの素性を知っても覚めることは無く、むしろより深く底の無い熱の沼の中へと自身を引きずり込んだようだった。
エリゼも彼を気に入っており、またそいつの家は非合法な流通ルートを使った闇交易を仕切る近隣の裏社会の顔役でもある。
この絶好の機会を親父もお袋も大歓迎した。
そしてヨハンを切り捨てる為に策を巡らせた。
エリゼの客から入手した剣を使い、ヨハンの名誉を徹底的に落とし、パノス家の有責として全ての泥を被せるように俺達は動いた。
ヨハンは初学校を中退してからの六年間をスス同盟国の外で過ごしていた。
その放浪の時間と、ペシエに戻ってからバレル亭で作られた人脈は、我がダーン家をして侮りがたいものがある。
噂によると、A級開拓者はおろかS級開拓者の知己さえ得ていると聞く。
所詮は魔法無しのF級だが、彼らが気まぐれでヨハンを助けるという話は無いわけではない。
それを壊す為にこその、魔導機構を
あの黒鋼の偽装魔導剣は、この国よりも遥かに強大な軍事国家であるクシャ帝国、その最高の錬金術師である【愚の獣】の手による作品である。
(こんな田舎の国の錬金術師が、ましてやヨハン程度が見抜けるはずはない)
笑う。
このスス同盟剣闘大会は、スス同盟国の最も大事なイベントである。
そこで、盟王や貴族諸侯、有力者達の前で不正を行ったヨハンの名誉は地に落ちる。
そうなればヨハンと繋がりがある高位開拓者達も、F級の魔法無しでしかない滓程度の存在など見捨てるはずだ。
そしてエリゼとの婚約もパノス家の有責で解消され、さらには慰謝料さえ奪い取ることができるだろう。
(それでもしばらくは、エリゼを次男坊に貸さなければならないからな)
不快だ。
ああ、心の奥から不快だ。
この心が裂ける程の苦しみ、唯一の愛を他者に貸し与えるという業。
より多くの力を。
より多くの金を。
より多くの富を。
持たざる者は、その愛を汚れの中に沈めなければならない。
だがそれは、決して愛を貶めるものではないのだ。
汚物に満ちた泥沼の中でさえ、愛は輝きを放っている。
その輝きを知るために、汚泥の中に愛を沈めるのだ。
ただの熱に浮かされた恋、ただの無垢な愛よりも、全てを知った人の真心の愛がそこにはある。
俺はエリゼが傷付く事は許すことができない。
しかし、最愛の妹が汚れの中にあり、愛の真理へと至る試練を妨げる愚かな男ではない。
俺とエリゼは兄と妹だ。
そこには『血』という、絶対に消すことのできない、尊い絆の繋がりがあるということだ。
故に、どんな汚れの中に沈もうとも、エリゼは最後には俺の手の中へと帰って来る。
それが真理!!
それこそが愛!!
「ご苦労さんだヨハン。そこで這い蹲る結果を招いた愚かさが、愛へ届かなかった理由だと知れ」
ククク……。
ア―――ハッハッハッハッハッハッ。
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