青の力


 国王の偉業を称え、大臣達の聡明さを声高に解説していた番組が終わり、午後三時を告げたラジオから、国王が好きな伝統音楽の曲が流れ始めた。


 ガレ王国に在るラジオ局は二つ。

 一つは国営であるガレ臣民放送。

 もう一つは外資であるMCR。


 ガレ臣民放送が、王政府のプロパガンダ的な番組を流す一方、MCRは政治的に中立な立場で、リベラルな内容の番組を聴取者リスナー達へと提供していた。


 そして今。

 ガレ臣民放送が音楽を流す裏で、MCRは、王都キレで起きた異変の様子を報じていた。


 ラジオのスピーカーから、中年男性の声が流れる。


『皆さん失礼します。MCRの【道影の羽 トマソン・トックス】です。私は今、首都レキの中央大通り、『灯の道』に来ています』


『ここに今、あふれんばかりに市民が集まって来ています。彼らの放つ怒号と行進の足踏みが、周囲の建物を揺らしています。マイクを彼らに向けるので、その声をお聞きください』


「悪政を続ける王を倒せ!」

「国を牛耳る貴族を根絶やしにしろ!」

「お前らのせいで死んだ息子に詫びを入れろ!」


『彼らは『平民』という身分に縛られ、この国の貴族達に、その権利を侵害され続けてきました。その怒りが今、爆発したのです』


『彼らの後方にゴーレムの姿が見えます。手に掲げる旗には、『オビオン公爵の遺志を継げ』と書かれています』


「自由を! 俺達の国に自由を!!」

「パンを手にする権利を!!」

「豊かな明日を! 俺達の手に!!」


『彼らは熱狂しています。その原因は間違いなく、一昨日起きた、改革派筆頭のオビオン公爵の殺害です』


『兵士と騎士が姿を現しました。彼らは完全に武装をしています。無人の戦闘ゴーレム、有人の戦闘装甲ゴーレムの姿もあります』


『民衆と軍の先頭が今、数メートルの距離を置いて、対峙しました!』


 ガシャンッ!!


 硝子の杯がラジオに当たり、甲高い破砕音と共が鳴った。

 音声は止まり、筐体きょうたいを垂れた酒精が、ぽたりぽたりと、絨毯の上に落ちて行った。


「愚民どもがっ! 俺の苦労を知らずして!!」


 酒気の立ち昇らせ、顔を赤らめたムザーチェが、激しい怒りを吐いた。

 その半裸の上半身に、女が優しく甘く、しなだれ掛かる。


「ああ、お可哀想な陛下。平民の為に懸命にお働きになっても、彼らは陛下の御心を知ろうともしない」


 白い繊手せんしゅが毒蛇のように、ムザーチェの肌を、這いずる様に撫で回す。


「平民が苦しむのも、この国が貧しいのも、全ては魔導大臣である【愚の俗徒】のせいですのに」

「……ああ、そうだ。全てはアパレラの奴が悪い。奴さえいなければ。そう、奴さえいなければ」


 壊れたように「奴さえいなければ」と繰り返すムザーチェの口を、女は自身の口を合わせる事で止めた。


 水音が鳴る。


「エメテアス、お前だけだ。お前だけが、俺の味方だ」

「そうです陛下。私は絶対にあなた様の味方です」


 ムザーチェが再び、エメテアスを寝台の上に押し倒した。


「俺を愛しているか? お前の夫である宰相よりも、俺を、俺だけを!!」

「もちろんです、陛下」


 男と女が獣になる。

 人の道理をかなぐり捨てて、欲望のままにむさぼりあう。


 窓から入る清らかなの光を浴びて、混ざり合ったどす黒い影が踊り続ける。


 腐り堕ちた果実のような熱を放ちながら、ムザーチェとエメテアスの叫びが重なった。


 ……。


「怖いんだ。どうしようもなく、アパレラが怖いんだ」

「ああ陛下、こんなにお震えになって」

「英雄【雷火の剣】さえ手も足も出ず、最後は竜に遊ばれ、えさとなって死んだ。俺も用済みになれば、竜に喰い殺されるてしまう」


 震え続けるムザーチェを、エメテアスが強く抱き締める。


「俺には力が無い。俺は無力だ。妹と友の為に剣を握っても、無様に地に伏せるしかないのだ」


 最愛の妹であるモルタナを殺されて、ムザーチェの心に、これまで生きてきた中で最も強い怒りの炎が燃え上がった。


 だがしかし、その黒い熱は、仇である【鎖竜剣】が放った小級魔法の一つに、簡単に踏み潰されて消えてしまった。


 児戯のようにあしらわれ、挙句あげくに、自分の身の程を説かれて、ムザーチェの復讐は終わった。


 屈辱を感じられない程に打ちのめされ、酒に酔わなければ、まともでいる事さえできなくなった。


「力が。アパレラを殺せる、圧倒的な力が欲しい」


 ガレ王国の地には、古代文明の遺跡が数多く眠っている。

 選ばれた貴族には、その遺跡の管理権限が与えられ、強大な古代文明の力を使う事ができるようになる。


 力に溺れ、まるで絶対者の如く振舞う彼らを、ムザーチェは滑稽に思う。


 アパレラへの不満を抱き、しかし強者の余裕で以て、魔導の力と政事に長けるアパレラを許すと語る彼らを、ムザーチェは哀れに思う。


 そもそもが、『選んだのは誰だ』という話だ。


「ありますよ陛下。が」

「?」


 エメテアスが絹布の包みを取り出して、ムザーチェの前に掲げた。


「何だ、それ?」

「モルタナ様からお預かりしたものです。必ず陛下が必要とされるから、と」


 絹が解かれ、小さな金属の箱が現れる。


「ブラックベリーの闇オークションに出されていた品だそうです。これを手に入れる為に、モルタナ様はご自身の結婚をお使いになって、莫大な資金を捻出されたのです」

「ああ、それで式の帳簿が合わなかったのか」


 王室の予算を大きく超えて組まれた式の予算。


 それをまかなう為に、王にくみする貴族達は臨時の徴税を行い、式の費用の助けとした。


 だが、後に巨額の使途不明金が発覚し、責任を問われた平民出身の財務官僚と、その一族が処刑された。


 口にする者はいなかったが、彼が人身御供にされたと、誰もが理解していた。


「落札には五千七百万金価を要しました」


 エメテアスが箱に魔力を送り、それに反応した仕掛けによって、蓋が開いた。


 現れたのは、青い金属で作られた、歪な剣身の短剣。

 そしてその柄には、見事なが刻まれていた。


「これは……。もしやゴーレムの鍵、か?」

「はい」


 短剣型をした戦闘装甲ゴーレムの鍵は、珍しいものではない。


 だがムザーチェはこの鍵に、強い魔性の気配を感じ取った。


 絶大なる力への誘惑が、脳を震わす程に訴えてくるのだ。

 

「戦闘装甲ゴーレム【青薔薇の撥禽騎士ブルーローズ・ハミングバード】。陛下の威を示す、最強の剣です」

 

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