四日前:底へ
ガレ王国の建国の祖は、偉大なる『魔獣使い』であったと歴史には記されている。
平民として生まれ、魔法使い(当時の魔法士の呼び名)として頭角を現した彼は、瞬く間に出世の階段を昇って行った。
大きな戦功を挙げて貴族となり広大な領地を与えられた彼は、ある日、自らの領地に聳える険しき俊峰の深くに、忘れ去られた古代の遺跡を発見する。
数多の犠牲を出しながらも彼は遺跡の最奥へと至り、遂にはそこに封じられていた秘術を解き放ち、それを己のものとすることに成功した。
古代の秘術によって強大な未知の魔獣を意のままに従えた彼は、やがて下克上を成し、国を手に入れ王になったという。
* * *
ガレ王国の王領の一つに、固く閉ざされた古い城が聳えていた。
その城を覆う強固な都市結界と、高い外壁に囲まれたその中には、千を数える石造りの建物が軒を連ねている。
石を敷き詰めた道を歩くのはゴーレムばかりであり、平民は疎か貴族の姿さえ見る事はできない。
この場所に名前は無く、王家とそれに近い者にしか、知ることは許されていない。
過去においてこの場所を探ろうとした者達は、一族の末端に至るまで、凄惨な拷問の果てに処刑されている。
「悪趣味な場所だな」
コロネの後ろを歩く騎士が、吐き捨てるように呟いた。
「そうね。だけども、今の私達にとって最も有用な場所である事は確かよ」
「はあ」
聞こえよがしに吐かれた溜息。
それに振り返る事無く、コロネは陰の籠もる石の回廊を歩き続ける。
「なあコロネ。私達は本当に堕ちる所まで堕ちてしまったなあ」
「そうかしら?」
「ああ。変わったよ、お前は」
「そうでしょうか?」
――では、あなたは?
そうコロネの無言の背中が、騎士へと問い掛ける。
「私はお前に付いて行くだけだ。誰よりも愛するお前に、な」
そして石畳を打つ靴の音が、カツーンッと鳴り上がり、コロネの足が止まった。
騎士は半歩前に進み、見下ろす位置になったコロネの目を強く見つめた。
「あなたのその愛は受け取れません」
「知ってるさ」
「ですがその愛に、無上の感謝を」
コロネは騎士の右頬に口付けを与えた。
そして振り返り、また歩みを再開させた。
回廊を歩く彼女達の間に、それから会話は生まれず、無言のままに奥の方へと進んで行く。
やがて回廊は途切れ、重厚な鉄扉を最奥に置いた広間へと、彼女達の足は辿り着いた。
鉄扉には十三人の天使が描かれており、天使達の中心には、十三の宝玉を嵌め込んだ、十字の紋様が刻まれている。
コロネが手順通りに宝玉へと魔力を流していく。すると壁や天井から幾つもの歯車が回る音が響き、鉄扉がゆっくりと持ち上がって行った。
唯一の調度品である壁時計の秒針が回り切る前に鉄扉は上がり切る。そして、その奥に洞窟の入口が姿を現わした。
「もしかしてダンジョンか?」
「元、ですけどね」
コロネが足を進め、騎士がそれに続く。
剥き出しの岩が覆う天井には魔晶石が淡く輝き、その光は何処までも奥へと連なっている。
洞窟の奥から吹く風には、処刑場よりも濃い、死の臭いが混じっていた。
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