合流


「社主、只今着きましたよ~」


 ゲルトルードはグロリアの元へと走って行き、それと入れ替わるようにして、パフェラナが俺の方へと歩いて来た。


「おかえりヨハン」

「ああ、戻ったぜパフェラナ」


 にこにこと笑うのは確かにパフェラナだ。

 

「うん? どうしたの?」

「いや、何でもない」


 最初に会った紺青色のドレスの令嬢。

 開拓者の装備を纏い快活に笑った十五歳の少女。

 

 そして、魔女とガチンコした聖女。

 

(『純粋』か……)


 俺は彼女をそう思っていたが、それは過小評価だったようだ。

 ただの令嬢でも開拓者の少女でも、ましてや聖女でも。

 

 そんなスケールでは【魔月 グロリア】に殴りかかるなんて、色々な意味でできはしない。

 

「たいした玉だよ、お前は」

「? ありがと」


 何となく頭に手を置いて、空色の髪を撫でた。

 

「……ヨハンはさ、こういうの、誰か他の女の子にしたことがあるの?」

「……いや」

「そっか。じゃあさ、今からこういう事をする女の子は、私だけにして欲しいな」


 俺を見つめる蒼い瞳はとても真剣で、照れ臭くなって、視線を空へと逃がしてしまった。

 

「まあ、そうだな……」


 過ぎて行った日々の影が、見上げた青い空に見えたような気がした。

 記憶の中の風の匂いを嗅いで、胸に少しの痛みを覚える。

 

「考えとく」


 目を合わせるのに逡巡してしまい、だから彼女の額を見ながら曖昧な答えを返した。

 

「うん、よろしくね!」


 透き通るような声で笑ったパフェラナに、頬が赤くなるのを止める事ができなかった。

 

「おうおう、我が魔月奇糸団の第四席殿は青春してるね~。この前まで不貞腐れながら酒場に突っ立ってたのとは、またえらい違いだこと」

 

 魔女がニマニマ笑いながら近づいて来る。

 その姿はとても裏社会に冠たる結社の首魁には見えず、スーツ姿も相まって、インターン帰りに酒場へと繰り出す女子大生のようだった。

 

「あらま、結構な事を言ってくれるじゃない」

「これが通じるってことは、団長さんも転生組か」


 グロリアの持つ存在感は、人からは遥かに隔絶した高みに在る。

 以前から感じてはいたが、『紺碧』に覚醒してからはそれがはっきりと解かるようになった。

 

「惜しい! ヨハンやハゲと違って私は純然たる転移者よ。この身体も老いから解放されて、ずっとピチピチのままだけどね、きちんと自前のものよ」


 嘘を言ってはいないようだが。

 

「けども、召喚されたと同時に人間を辞めちゃったのよね。ヨハンがそう思ったのも無理のない事だわ」

「そうか」


 あっけらかんと自分の身上を話したグロリアだったが、しかしその話に突っ込むのには躊躇した。

 それを問う事は彼女の根源を問うことでもあるし、仮にそれが軽いものであったならば、彼女は【魔月】としてここにはいないはずだから。

 

「まあ私が何であるかはヨハンならすぐに解かるはずよ。あなたの持つ『世界』には期待してるんだから」

「もう魔月奇糸団に在る身だから、余程の事でもなければ『団長の期待』に否を言う積もりはない。俺としてはそれが真っ当である事を祈るばかりだ」


 力まず、しかし真剣に答えた俺の言葉に、グロリアは目をパチパチと瞬かせた。

 

「お、おお~。じゃあヨハンは第四席をやってくれると?」

「俺は既にそうなんだろう? それとも撤回したいのか」


 俺の右手を両手で掴み、ぶんぶんと上下に振る。

 

「そんなことないわよ!! よろしく頼むわよヨハン!!」

「お、おう」


 満面の笑みを浮かべたグロリアは目の前まで顔を近づけて来て、俺は少しだけ引いて、パフェラナはむっとした表情を浮かべた。

 

「いやね、もしかしたら拒否られるかな~と思ってたのよ。ホントに良かったわ」

「? 俺が拒否する理由こそ弱いと思うが?」


 何しろこっちはお尋ね者(仮)だ。

 魔月奇糸団という後ろ盾は、本来ならば俺こそが低頭して、願い望むものだろう。

 

 グロリアの顔は知っているし、何より先生も所属していた場所だ。

 

 クソ狼とはアレだが、ダナックさんやユウスイさんには世話になった。

 先生との旅では、ビリャーコフ陛下やニハラス学長、イノリさん達に助けてもらった。

 

 魔月奇糸団は裏社会で暗躍する秘密結社であり、また闇の仕事もこなしているが、しかし俺個人としては悪感情など持ってはいない。

 

「いや、パフェラナとドンパチしたし……」


 申し訳なさそうにそう呟く魔月奇糸団の団長。

 

 パフェラナの方は気にしていないと首を横に振る。

 

「確かに俺がバルコフとやり合ったのは、グロリアが居るからパフェラナの安全は保障されると考えたからだ」


 聖女様が右の人差し指でぐりぐりと俺の鳩尾を抉るのは、抗議の意思表示なのだろう。

 

 すまんかった。

 

「そっちもバルコフを俺と戦わせたかったようだし、利害は一致していただろう?」

「まあね」


 グロリアが本気で命じればバルコフは止まったのだ。

 そうしなかっというのは、それが目的だったから。

 

「ヨハンを入れるのに、バーフは反対していたのよね。私もヨハンがあのお嬢ちゃんに絡め取られたままならば、やっぱり迎える事はしなかったわ」

「だろうな」

「それを最後に確認するために、あなたにはバーフと戦ってもらったの」


 その担保としてパフェラナの安全があった、と俺は思ったのだが。

 

「ヨハンの心が囚われたままなら、絶対にバーフとあそこまで戦えはしなかった。心の濁りは剣の濁りに直結するからね」

「ああ」


 返す言葉も無い。

 

「私とパフェラナのこれは、まあノリね。ちょっと試すうちに熱が入ってしまって、賭事になったよ」


 パフェラナを見るとコクリと頷いた。

 

「『グロリアと戦って一分持つ事』という条件で、彼女がチップにを提示したんだよ」

「パフェラナに勝たれちゃったものね。支払いはきちんとするわ」


 楽しそうにグロリアが笑う。

 それはまるで次の劇が始まるのを楽しみに待つ、無邪気な子供のようだった。


「『魔剣皇帝を滅ぼす手段』の情報を、ね」

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