答
~ デバソン・ダーン ~
俺が入れられたのは、スス同盟国の同盟大監獄だった。
大結界と鉄と石で作られた、スス中の罪人を押し込める不脱の箱城。
その最奥の一室。
継ぎ目の無い特殊な建材で作られた床と壁、そして天井。
簡素な寝台が一つ。
窓は無く、鉄格子が廊下との間を区切っている。
「ダーン夫妻は死んだよ」
床の上に座り、閉じていた目を開く。
「A級開拓者様が、毎度毎度、こんな所までご苦労なことだ」
かつての、
A級開拓者の若手として、最も有名な男。
【
「君が死ぬ前に聞いておきたいと思ってね。何でこんな事をした?」
「それは何の事を聞いている?」
青い眼が、
ヨハンと同じ色をした瞳だが、そこには一切の甘さが無い。
商売柄、何人もの騎士や開拓者達を見て来たが、成程、これは上に行くことができる奴の眼だと思ったものだ。
「ヨハンのことか? それとも、エリゼのことか?」
「!!」
放たれた殺気に、目に剣を突き込まれたと、
気絶しなかったのは似たような経験をして、耐性ができていたからだった。
アレに比べれば、これは涼風に等しい。
「図星か? そうだな、お前もエリゼにご執心だったものなぁ。エリゼにアプローチする姿は、実に微笑ましかったぞ」
侯爵家出身のエリート中のエリートたる貴公子が、武器を買うのを口実に
それはもう実に可笑しくて、その場での爆笑を堪えるのに、どれだけ苦労したことか。
「だが結局、お前は俺の家の裏を知り、エリゼの前から去って行った。もしお前が客になれば、エリゼを妻として貸し出す事も考えてやったのになあ」
ズドンッと牢獄が揺れた。
ペーターの右足が、
「その汚い口からエリゼの名を出すな……。斬るぞ」
「分かったよ」
視線に乗る殺気が膨れ上がり、身体中を寒気が襲う。
「ということはヨハンのことか? 何が聞きたい? もう俺は洗いざらいに吐いているぞ?」
あの剣闘大会において
前時代的な拷問こそなかったが、
最後に見た父と母はボロ雑巾のようになっており、俺も似たような姿にされた。
「高位貴族共に伝手があるA級開拓者のお前なら、調書の
俺はもうまともじゃないからな。
「……何故、ヨハンを
「うん? それも調書にあるだろう?」
「お前の口から聞きたい。そして、それをヨハンにも教えてやる」
「
「……そうか」
ペーターの青い眼は、可笑しなことに、俺の言葉をはっきりと心の底から理解していた。
F級開拓者へ嫉妬するという男の言葉を、輝く栄光を纏うA級開拓者の男がだ。
いや、そもそもこの男は……。
「【戦獣騎 バルコフ・ジュノーク】。若干二十三歳にして『狂乱無双の拳闘士』、『竜滅の魔拳』、『国潰し』等と呼ばれる正真正銘の化け物」
ペーターが俺を見る。
俺の顔に、溢れんばかりの笑みが、自然と浮き上がってくる。
「半年前のペシエ襲撃。あの事件の記録にはお前らと、偶然居合わせた【幻宝】とヨハンが協力して討ち取ったと記されている。が、本当に戦ったのは【幻宝】と、ヨハンだけなんだろ?」
お前らは早々に戦獣騎の拳に敗れて、地面に
「九年前、戦獣騎に潰されたルーンドラン王国の至宝、人喰いの魔杖【ミストルティン・ドラゴン】。高い魔力に加えて精密な魔力制御を要求される、最高位の魔法士にさえ使うことは難しい、真の魔法士の為の魔杖」
お前らはその姿を見る事もなかった。
「ミストルティン・ドラゴンを駆使して使われた、上級はおろか数々の超級魔法。この時初めて、戦獣騎が拳闘士ではなく、魔法士である事が明らかになった。そりゃそうだ。これまで戦獣騎をそこまで追い詰めた奴はいなかったんだからな」
お前らはそれを柔らかな病院のベッドの上で知った。
「避難が間に合ったおかげで死者の数こそ少ないが、それでも貴族街の半分が消し飛んで、都市結界は壊された。幻宝の精霊刀【曙御前】は折れ、騎士団は壊滅した」
お前らは結局、あの戦場で戦士として立つことができなかった。
「戦獣騎と戦った奴は無事では済まなかった。ただ一人、ヨハンを除いてな」
お前らは有象無象でしかなかった。
「【誓夢剣 ペーター・リック】。お前とそのお友達がヨハンに何かと手を貸していたのは知っている。確かにあいつは魔力量にさえ目を
解かるぞ。
「お前の心の奥底がな。見えるんだよ、はっきりと、妬み濁ったお前の本心が」
持つ奴を妬むのは、正しい心だ。
人が人である以上、決して、綺麗なままではいられない。
この世は濁流だ。
人の心の泥が入り混じる、救いようのない濁流だ。
「お前には無理だろう【誓夢剣 ペーター・リック】。【戦獣騎】に勝つことが、【銀豪剣】に勝つことが、【天座】に勝つことが。しかもお前は見ることができないのだ。【ミストルティン・ドラゴン】を、【銀雷】を、【白龍天】を」
俺の
怒りも見せずに、いや、あらゆる感情を表に出さないようにして。
牢獄に在る落ちる所まで落ちた元商人の俺の言葉は、鉄格子の向こうに立つ栄光に輝く男の心を、確かに抉っているのだ。
その姿はまさに。
「無様だなぁ~」
ペーターは何も言わなかった。
踵を返し、そして廊下の奥へと去って行った。
ただ、一瞬だけ見えた彼の眼は、とてもとても面白い事になっていた。
「クク、ア―――――――――――ハッハッハッ」
笑う。
笑う。
笑う。
この世界は、こんなにも面白いのだから。
人は、こんなにも、汚れているのだから。
哄笑が木霊する世界に、コツコツと音が生まれた。
それは靴が床を叩く音であり、それはゆっくりと俺の部屋の前へと近づいて来る。
音が止まる。
「パパ」
少女が居た。
レースとフリルをふんだんにあしらった、黒い服を身に纏って。
両手にはペンギンのぬいぐるみを抱えている。
「おお、エズィ」
俺の最愛の娘。
「迎えに来たよ」
その微笑みこそ、この世界で唯一存在する綺麗なもの。
「ありがとう。エズィが迎えに来てくれて、パパは本当にうれしいよ」
「うん♪」
満面の微笑みには、俺とエリゼの面影がある。
「でも、ごめんなさい。おじいちゃんとおばあちゃんは間に合わなかった」
落ち込む愛娘の姿に、心が張り裂けそうになる。
「いや、いいやだエズィ!! 仕方の無い事だ! お前は頑張ってくれた! お前は決して悪くない!!」
「ぐすん、本当に?」
「ああ、本当だとも」
エズィが顔を上げる。
涙の跡があるけれど、顔には笑顔が戻っていた。
「そうだ、お前はいつも笑っていておくれ」
「うん。じゃあ、パパを助けるね。だからちょっと離れていて」
「ああ、了解だ」
立ち上がって、ふらつきながらも奥の壁の前へと移動した。
「ここの結界、ちょっと硬いなあ。でも、えいっ!」
エズィが右手を振った。
耳をつんざくような音に目を瞑る。
「おっけーだよ」
目を開ける。
床と天井が大きく抉られていて、残った鉄格子の一部は
遮る物の無くなった場所を越えて、エズィが俺の前へと歩み寄って来た。
「あ、たくさんの人達がこっちに来るみたいだよ」
「そうか、じゃあ早くここから出ようか」
左手を伸ばし、愛娘の右手を握る。
「うん♪」
エズィから、莫大な黒錆色の魔力洸が溢れ出した。
それはやがて、俺達を包む魔法陣へと変わる。
「ママも待ってるって」
「そうか。じゃあ急がなくちゃだな」
エズィの転移魔法が発動する。
そうして、俺達は大監獄から脱出した。
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