会敵 三

 先生とあの女カグヤの戦いが始まった。

 

 私はソファーに仕込まれていた装置を作動させて結界を張り、その陰へと身を隠した。

 例え宇宙から地表に叩き付けられても使用者を無傷で守る非常用防御装置は、その結界に彼らの戦いの余波を二、三回受けただけで白煙を上げ、今にも壊れそうになっていた。

 

「我が心の水面みなもに道を映せ 【迷時灯影めいじとうえい】」


 運命系の予測魔法を発動。

 脳裏のうりに浮かぶ不確かな幾つもの幻。

 

 その一つに強い力を感じ、その幻の示すままに、後ろの方へ全力で飛び退すさる。

 直後に、私が元居た場所は炎の中に消えて行った。

 

「……っ、はぁ、はぁ、はぁ」


 爆風に吹き飛ばされて部屋の壁でうずくまる。

 身体の節々の痛みもだが、ごっそりと無くなった魔力のせいで、身体に力が上手く入らない。

 

 『運命』につらなる魔法は、予知よりも劣る予測でさえも相当な魔力量を消費する。

 使用者の時間軸上の位置を基準とする遠近の距離、そしてと具象の精度によって消費量は変わって来るが、大剣位だいけんい程度の魔力量では発動させることもできない。

 

 ペシエに居る時のように色々と使えれば別だが、今の私では精度の落ちた予測を使うのでさえ手に余る。

 

「はぁ、はぁ……。クソッ」


 豪奢ごうしゃ華麗かれい貴賓室きひんしつは見る影もなくなっていた。

 消し飛んだ天井からは晴れた青空が見える。

 この場所に風が無いのは再展開された船の防御結界のお陰だが、さて、いつまで持つことだろう。

 

 胸の間から虎の子の魔晶石を取り出す。

 この状況に活路を見出すには、出し惜しみなどしていられない。

 

「我が心の水鏡みかがみに、天の示す光明を現せ 【天示正道てんじせいどう】」

 

 五十三万金価もした魔晶石から輝きが消え、石屑となったそれを床に捨てる。

 魔晶石から取り出した魔力によって私の予知魔法が発動する。

 それによって脳裏にはっきりと浮かんだのは、ここから活路を開くために取るべき正しい道筋。

 

さん、)


 爆発音が響いて船体が激しく揺れ、船尾の方から黒煙が上がった。

 

にい、)


 トランクを抱え壁に空いた穴へと走る。

 

いちっ!!)


 更に激しく揺れた船体が大きくかしぎ、それによって私の身体は宙へと投げ出された。

 

「先生っ!!」


 私の叫びを聞いた先生がカグヤとの戦いを止める。

 背に生やした異形の翼を広げて飛翔した先生の腕が私を抱き留める。

 

 その背後から迫り来るのは、巨大な炎嵐の緋槍ひそう

 カグヤの放った超級攻性魔法。

 

「これは、参ったね」


 先生の身体は傷だらけであり、辛うじて開いている右目には力が無い。

 小さな国家程度ならば容易く消し飛ばす力を持つあの戦略級魔法を前に、なす術が無い。

 

 私達を緋炎の嵐が呑み込む直前。

 

 目の前を白銀の剣風が走った。

 

「ゴーバーン卿……」


 緋炎の嵐の槍が白銀の輝きによって断ち斬られる。

 

 銀の輝きを纏う大剣を振り切った、犀獣人の近衛騎士が船体へと着地した。

 彼が握るのは、魔導機構を組み込んで本来の姿を取り戻した、人の世界にその威名を轟かせる聖銀製の大剣。


 【歌舞喜かぶき】という刀匠の手により作られしそのを【銀雷】という。

 

「カグヤ殿の相手は俺がする!! お前らは即刻この場から立ち去れ!!」


 私達を一顧いっこだにせず、銀雷を構えた銀豪剣の怒りに満ちた怒声が響き渡る。

 

「戻ったら此度こたびの件、あまさずに追及してやるから覚えておけ!!」


 離れていても、銀豪剣が私達に向ける凄まじい怒気と殺気が伝わって来る。

 

「まったくゴーバーン卿は何を言っているのだろうね? 彼の目の前にいる幻宝の小娘こそが敵だろうに、こっちに殺気を放って来る意味が分からない」

「『まだ怒りは収まらないが、帝国に属するよしみで助太刀する』とおっしゃっているのです。本当に銀豪剣様は律儀りちぎな方ですね」

「そういうことか。非合理的な奴だ」


 私にも先生にも理解できない考え方をする愚直な男であるが、有用な力を持っている。

 あのような馬鹿な男を取り込むのは初めてではない。

 帝都では精々利用させてもらうとしよう。

 

(あと一つ)


 私が魔法でた最後の障害物。

 上空の太陽の中から風を切り迫り来る影の姿。

 

「S級開拓者の【裂空騎れっくうき ザーラ・リッテン】か。……これは実に厳しいね」


 カグヤと同じ、ペシエに在する八人のS級開拓者の一角。

 空中迷彩を施した、強力な空戦用戦闘装甲ゴーレムを操るドワーフの女。

 生来の莫大な魔力と鍛え抜いたゴーレム操縦技術で、この大陸の空を縦横無尽に翔け抜ける。

 

 空で最も敵にしてはならないと言われる存在おんな

 

「先生」


 私は右手の人差し指で、かしぐ船のある場所を指し示した。

 

 そこから魔法を使って飛び立った、一人の人間の近衛騎士が近付いて来る。

 浅黒い肌をした美しい顔のその騎士は、まだ少年と呼んでもいい年頃で。

 使用する飛行魔法の様子から、彼が一流の腕を持っていると解かる。

 

「あんなもの役には立たんぞ。まだ小石を投げる方が有用だ」


 先生の声には、本当に珍しい事に、焦りの色があった。

 色々と隠した札を持っている彼だが、ここまで魔力を消耗した状態では、それらを切ることができないらしい。


(大艦巨砲主義も考えものかしらね)


 勉強になるわ、と思いながらもそれは顔に出さない。

 

「大丈夫ですよ。ほら」


 近衛騎士の彼の声が聞こえる。


「風鎖を解き 獄界の檻を放て」


 声変わりしたばかりの男の子がつむぐその呪文が。

 この場所に最強の存在を解き放つ。

 

「近衛騎士たるチャナークの名において 緑の門を開けよ」


 虚空から現れた緑の風が彼を包み込む。


運命ドゥーム巧式フォーミュラー 招来」


 それはやがて闇のような黒瑪瑙くろめのうの色へと変わり。

 

 ふくろうかたどった鎧姿の巨人へと姿を変えた。

 

夜天騎士カオスナイト シャドウ・オウル』


 現れた機兵はその背の翼を羽ばたかせ、裂空騎の戦闘装甲ゴーレムへと向かっていった。

 

 * * *


 追手の戦力カグヤ達は封じられ、その隙を突いて帝国の魔法士達が救助にやって来た。

 転移魔法を準備する彼らに守られながら、船上と空で繰り広げられる苛烈な戦いを見物する。


 嵐のように荒れ狂う膨大な緋の炎と、その中で煌めく白銀の輝きの饗宴きょうえん

 鋭くも重厚なフォルムをした鋼鉄のマシンと、美しくも禍々しい黒梟くろふくろの騎士が交わる砲火と刃の舞踏ぶとう

 

(本当にクシャ帝国は素晴らしいわ)


 まるで宝石箱の様に欲望が刺激される。

 

 莫大な富。

 莫大な力。

 そして美しい少年騎士。

 

 それらが帝国の中にはギッシリと詰まっているのだろう。

 

「ああ、帝国に着くのが楽しみで仕方がないわ」

「やれやれ。この状況でそう言える君は大物だよ、エリゼ君」


 黒煙と炎に包まれて燃え落ちる船を眺めながら。

 魔法士達の転移魔法が完成し、魔力洸を放つ魔法陣が私達を包む。


 緋の炎の奥より届く視線を感じながら。


 「くすっ」 


 それを笑って。

 私達はクシャ帝国へと転移した。

 

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