ある英雄の苦しみ


 まともな民主制を行うには、莫大な資金と、何より時間が必要になる。


 三バカ王子の戦いで、完膚かんぷなきまでに疲弊ひへいし切った国の金庫は空となり。

 主権を持つべき国民のほとんどは、文字を読む事ができなかった。


 国境のスパニーナ帝国の動き。

 その同盟国であるイブラン王国の暗躍あんやく


 前王の落胤らくいんだったルシアを旗頭にした俺達は、国を動かす力が絶望的に足りなかった。


 俺達の派閥は、軍学校の仲間や『特務隊』で得た繋がり、主流から外れた者達からなる寄せ集めの集団だった。


 当然皆、国政に携わった経験など、ありはしなかった。

 スパニーナ帝国の侵攻が明白となり、切迫する事態に、最早貴族の力を借りるしか手は残されていなかった。


 そして、公爵の中の一人が、暫定政府ざんていせいふの統領となった。


 ……。


「ルシア!!」


 急報を受けた俺は、空間転移を繰り返して、妻である彼女の元へと急いだ。


―― 統領が王への野心をあらわにし、唯一生き残った王族であるルシアを襲った。


 空間転移をはばむポルネー山脈の急峻きゅうしゅんたる魔境と、スタコバ砂漠の魔境を強化魔法で強行し、丸一日を掛けて王都へと辿り着いた。


随分ずいぶんと遅い到着ですね」

「師匠!!」


 黒い肌に金の瞳、肩の左右に白銀の三つ編みを垂らした、三つの尾を持つ狐獣人の少女。

 しかしその本来の姿は、伝説の聖威である『九尾の狐』だという。


「ルシアとフラビオは無事です。下衆は私が斬り捨てました」

「あ、ありがとうございます!!」


「報酬は五十金価。後でいいです」

「は、はい!!」


「……グレーベルさん」

「……はい」


「先日、私はあなたに竜山黒鷲号テンペスタージを渡しました。家族を守るだけならば、あれは十分な、いえ、過剰とも言える力です」

「…………」


 二千万金価というありえない額で、無理矢理買わされたんだが……。


「しかし国も、となると足りません。全てを灰塵かいじんにするならいいでしょうが、それはあなたの望むものではないでしょう?」

「はい」


 逆らう者は皆殺し。

 村も町も灰にして。

 平伏する者達だけで作る、空虚な王国。


―― そんな事をすれば、あの世の兄さんに軽蔑けいべつされる。


「しおらしいですね。調子が狂います」

「どうしろってんですか」


 ……。


 ……。


 結局俺は『王国』を作る事を決めた。

 家族を守る為に、国を守る為に。

 ボロボロの祖国では、それが限界だった。


 俺がスパニーナ帝国とイブラン王国を叩き潰すまでの間、家族と仲間、国の守りを『魔月奇糸団』に頼んだ。


 やって来たのは、MCP社の記者だと名乗る、絶世の美貌びぼうを持つハーフエルフの女だった。


「モーマンタイ! 私達にお任せあれってね♪」


―― そして。


 スパニーナの帝都とイブランの王都を含む領域は、テンペスタージの【ゴスペル】で増幅した、俺の超級魔法でちりと化し。


 二人の黒翼に守られたボルトニアへ手を出そうとした者達は、行動を起こす前に消されていった。


―― 全てが終わった。


 荒廃した国を復興する為に、国を導く象徴しょうちょうが必要となり。

 ボルトニア王国は新しい王を迎える事になった。


 新王には息子のフラビオがく事になり、ルシアがその後見となった。

 爵位を拒否し、平民である事を通した俺には、資格が無かったからだ。


―― 忘れもしないあの日。


 焼け残った風の神殿で、遠方から来た風の法王が、フラビオの頭に小さな王冠を載せた。


 祝福の声が爆発した中で、俺は頭の中を捩じ切られるような不快感に襲われた。


 ルシアとセザル、仲間達が心配の声を上げて駆け寄って来る。


 耐えようと踏ん張る俺の、涙にゆがむ視界に、王冠を載せたフラビオの姿がまた、映った。


「ゲエエエエエエエエ」


 胃がねじじれるような不快感に耐え切れず、腹の中の全てをぶちまけてしまった。


―― それが俺とフラビオの、絶対の決別だった。



//用語説明//


【ポルネー山脈とスタコバ砂漠】


 ボルトニア王国とスパニーナ帝国の国境に在る魔境。

 自然魔力の流れが異常に速く、場所によっては魔法を使う事が非常に難しい。


 また所々で魔力が溜まる場所があり、そこでは魔術的な作用によって、魔法が発生したりしている。


 その為に空間の歪みが幾つも発生しており、それらが空間魔法の転移を阻害する効果となっている。


 たまに迷い込んだ旅人、探検に来た趣味人や、はっちゃけた観光客達が神隠しにっている。


//

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