因縁 四


 水の大神殿の地下、封じられたダンジョンの最奥に置かれた木乃伊みいら

 それは古代の禁忌を遺す為、即身仏となった賢者が末路たる記録のくら


 名を許されず、身体に巻かれた聖霊の鎖によって魂を焼かれ続ける彼らは、『人間の書』と呼ばれている。


「さあ、手にしなさい」


 一人、また一人と、錬金術師達が人間の書に触れる。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「あ、あ、うワアアアアアアアアアアアア!!」

「……きゃは……」


 断末魔の声が響き続ける。

 魂を壊され、骸となった者達が崩れ落ちる。

 才能を認められ、覚悟を決めた錬金術師達が、次々と死んでいく。


 死竜との死闘、そして度重なる帝国の侵攻によって、水の大神殿とロシュペ公国には、もう後が無い。


―― 身重の姉さんでさえ、戦場に立った。


 目の前の木乃伊を見る。


 握り締めた拳を開き、そして手を伸ばした。

 

「力を、下さい!!」


 * * *


『少し船から離れようか~。折角だから全力で当たりたいしね~』


 超成者オラトリオとなったベアーチェが宙に浮かび、船から離れる。

 私のブルー・クラーケンも竜翼を広げ、ベアーチェの後を追う。


 雲が消えた先、そらだけの場所で上昇を止めた。


 ブルー・クラーケンの黒い突撃槍グラビテスに向けて、ベアーチェは赤い方天戟を構える。


超成者オラトリオと成った者はいつか人の心を失う。不滅の化物となって、やがては世界を呑み込もうとする。ベアーチェ、あなたはそれで」


 超成者オラトリオが、心の底から可笑しそうに、笑う。


『心なんてもの~、私達錬金術師には要らないでしょ~。全ての知識を呑み込んで~、真理へと至ることだけを望むのが~、錬金術師の本当でしょう~。心なんて、むしろ邪魔~』


『……ねえ、パフェラナ』


『我は最愛の兄様の心を捕えた貴女が許せない。何より力が有りながら、ただの錬金術師に埋没していった貴女が許せない。貴女は大嫌いで、けど最も愛しい敵』


『あなたが本当の錬金術師となるために、我は帝国に作品を与えた。ノカリテスに『黒のエリクシル』を与えた』


「ベアーチェッ!!」


『水の大神殿と公国は消えた。アークエルフの血を引くリディアも、ただの毒には耐えられても、流石に黒のエリクシルには耐えられなかった。まあ、死ななかったのは、ちょっと誤算だったわね』


『目を覚ましてよパフェラナ。貴女は『超魔導機巧』を手にし、我は『超天意』を手に入れた』


『詰まらないは、もう止めようよ』


「……」


 大切な皆を守る為に、私は力を手に入れた。

 大切な皆と一緒にいる未来の為に、私は手を伸ばした。


 幼い頃に聞いた、お父さん言葉。

 

―― 失敗もあり後悔もある。それでもパーナがいて、お母さんあいつがここに居てくれる。


 どこか遠くを見て、そして私を見た。


―― 騎士にはなれなかったが。俺は、俺の錬金術が何よりも誇らしい。


 だから私が手にしたこの力は。

 

「私の錬金術は! 人の夢の為に在る!!」


 【青の機巧師】の答えを【望愛の機巧師】はわらい、そして答える。


『そっか。パフェラナ、いえパフェラナたん』


 超成者オラトリオが巨大な蟲の羽を広げ、その両手に握る方天戟を赤黒い魔力が覆う。


『錬金術は欲望を満たす為に使うものよ~。有象無象がいれば潰して、炉の中で燃やして、きちんと消費してあげるの~』


『私以外の~、この世界の全ては単なる素材~。真理に辿り着くための~、ただの消耗品~。それに囚われるのって~、パフェラナた~ん、本末転倒だよ~』 


 黒い突撃槍グラビテスに青い嵐を纏わせる。

 

超成者オラトリオベアーチェ。あなたはここで確実に滅ぼします」

『水の聖女パフェラナたん。半端なあなたにできるかしらね~』


 流星よりも遥かに速く、青い閃光と赤黒い鬼火がそらを翔ける。


 お互いが放つ魔法と兵器の嵐を突き抜けて、ブルー・クラーケンの黒い突撃槍グラビテスの切先と、超成者オラトリオの方天戟の切先が向き合った。


 加速最大!!


「ベアーチェ!!」

『パフェラナ!!』

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