第46話 怪物は怪物を知る
甲子園期間中は、プロ球団ライガースは他の球場での開催を余儀なくされる。
かつてはロードの連戦が続くこの期間を、デス・ロードと呼んだものである。
だが現在は大阪ドームの誕生によって、以前ほどのロード連戦はなくなった。
そうは言ってもホームゲームがややアウェイになってしまうわけで、この時期のライガースにはちょっと優しくしてあげるべきだろう。
宿舎到着後の三日目に、組み合わせ抽選が行われる。
巨大なホールに集められて、トーナメントの山を埋めていくのである。
薄暗い空間の中、各チームのキャプテンがクジを引いては山を埋めていく。
甲子園のトーナメントは、運による偏りはあるが、人為的に不公平を作り出すことはない。
49代表がトーナメントを組むため、当然ながら一回戦が免除になるチームもある。
さらに言うならシードがないので、いきない強豪校同士の人気カードがあったりする。
直近で言うならそれこそ、二年前の夏である。
センバツ準優勝の青森明星と、ベスト8の白富東が対決した。
そして勝者である白富東は、その夏を制したのである。
シードのない甲子園は、一回戦からいきなり強豪同士の対決があったりする。
だが普通のチーム同士でも面白い試合になりやすいのが、甲子園である。
なぜそうなるのかと言えば、甲子園だからとしか言いようがない。
しかしそれでも、スター選手はそれなりに試合数を見たいと思うものである。
白富東は二日目の第二試合に入った。
相手チームはまだ決まっていない。だがすぐに強豪チームが決まっていって、そこと当たらないと分かるのは確かになる。
まだ大阪光陰が引いていない。
とてつもなく悪い予感がしていたが、その前にちゃんと他のチームが入ってくれた。
「静院か」
「常連だけど、そんなに上位まで進出してる印象はないよな」
京都代表静院高校。
春夏合わせて、甲子園出場は37回を誇る。
ただし優勝したのは一度だけで、この10年ほどは出場しても、ベスト8までは残っていない。
センバツにも出場して、ピッチャーがかなり良かった記憶がある。
二回戦でそのピッチャーが乱調で負けていたが。
「でもまあ、一回戦の目玉はこれかな」
「一日目の第一試合だしね」
東東京の帝都一と、南北海道の蝦夷農産。
いつも強い帝都一と、最近は強打で上位に残り、去年はついに全国初制覇も果たした蝦夷農産である。
帝都一の指揮官の采配と、チームの隙のなさは、何度も練習試合を行っている白富東は良く知っている。
上杉に甲子園で勝った数少ないチームの一つであり、もちろんその頃とはメンバーは違うが、毎年優勝候補の一角には挙がってくる。
この十年間でも春夏合わせて、五回の決勝を決めており、上杉を倒した以外にも優勝の経験があるのだ。
ちなみに白富東も負けている。
蝦夷農産は毎年打撃では強いチームだったが、いいピッチャーが育ってエースになり、優勝することに成功した。
だがそのピッチャーは卒業したので、また元の打撃のチームに戻っている。
楽しみではあるし、大番狂わせを起こしそうでもあるが、やはりここは帝都一が勝つのだろう。
ただ帝都一は一回戦を勝っても、三回戦でセンバツの覇者名徳と当たることになる。
名徳は一回戦が免除になっているので、ここは事実上の決勝戦とか言われるかもしれない。
白富東は一回戦からの出場だが、二回戦では愛媛代表と熊本代表の勝者と当たる。
そして三回戦の相手は、奈良、和歌山、島根、福岡の代表校のどれかだ。
愛媛と熊本はそれぞれ甲子園優勝経験のある名門校だが、これまた最近では甲子園で上位に勝ち残ったことは少ない。
三回戦は……近畿勢が二つあるのが、地元のアドバンテージ的に少し厄介かもしれない、福岡は純粋にそれなりに強い。
三回戦までで面白そうなのは、大阪光陰と水戸学舎の一回戦であろうか。
ただ水戸学舎はコンスタンスに甲子園出場を果たしているが、本当の上位にまで勝ち進むことはあまりない。
白富東の当たる三回戦までで本当に強そうなのは、奈良の天凜だろうか。
やたらと白富東と相性の悪いチームであるが、実力的には今年は高く評価されている。
ただ事前の評価などは当てにならないものである。
今年の白富東など、打力、投手力、守備力全てがB扱いで、しかし穴はないのでB+という、奇妙な評価をしている雑誌まである。
Sになっているのは大阪光陰と名徳で、大阪光陰は府大会の圧倒的な勝ちあがりからそう言われているのだ。
名徳は実績から言って、こう書かれるのもおかしくはない。
大阪光陰の記事の中には、面白い事例を取り上げているものがあった。
白光戦とかも言われるように、白富東と大阪光陰の勝負には、名勝負が多い。
だがこの両者が決勝以外で対決すると、次の試合で勝った方が負けることが多いのだ。
SS世代に最初の戦いであるセンバツでは、余裕を残して白富東に勝った大阪光陰は、そのまま優勝した。
だがその夏の戦いでは、延長まで入った試合で白富東が勝ったが、決勝では春日山に敗北している。
去年の夏にしても、蓮池が延長までを一人で投げて、大阪光陰が勝利した。
だがその疲労の蓄積は、エースで四番までしていた蓮池から、キレを失わせた。
結果的に蝦夷農産という、大会前にはせいぜいダークホース扱いだったチームが、覇権を握ったわけである。
普通に大苦戦したチームが、次の試合に響いて負けているだけとも言えるが。
千葉に残った研究班と、わずかに同行した研究班とで、リモートワークで三回戦までに当たりそうなチームを分析にかかる。
そして待望の甲子園練習。
二年生以上でも、初めてグラウンドに立つ者は多い。
甲子園球場の芝は、走りやすいと言われている。
球場は案外、空間的には狭い。
近年の改修もあって、ファールグラウンドも小さくなっている。
だがプロの試合を見ても分かるとおり、比較的ホームランの出にくい球場だ。
特に多いのが、ライト方面への打球が、浜風で失速することか。
白富東の左の強打者は悠木であるが、よく分からない当て方で左に飛ばすこともある。
それほど悠木にとっては不利にはならないだろう。
だが右打者ではあるが、意外と流し打ちもする正志はどうなのか。
これは確かに打つのは難しいかもしれないが、ホームランを必ず狙わなければいけないわけでもない。
さすがに慣れた国立が、それぞれのポジションにノックをしていく。
今の三年生は、去年もスタメンであった者が多いので、センバツには出場していなかったと言っても、それなりに甲子園には慣れている。
夏のあの独特の空気は、センバツだけを意識していると、足元を掬われるのだ。
センバツに出場したチームが、一回戦で消えるあるあるである。
なおセンバツで勝ち進んだチームが、夏の地方大会であっさり負けるのもよくある。
試合勘を忘れないために、地元のチームとの練習試合も入れてある。
もちろん本番が大切なので、熱くならないことが大切だ。
長谷川などは怪我が治ったばかりなので、調整が重要になる。
だが最後の夏に間に合って、本当に良かったと思う。
練習試合の光景は、普通にマスコミも見に来る。
だが学校の敷地内にあるグラウンドであるため、他校の偵察はさすがに来れない。
だが、学校関係者でもマスコミ関係者でもないのに、ぶらりと顔パスで入って来れる者もいる。
(お~)
白石大介は遠望する。
あまり近くにから見れば、当然マスコミにはバレる。
今でもバレてはいるだろうが、チームと接触するのはまずい。
まあ接触自体は、OBなので普通であるのだろうが。
今の選手の中には、当然大介が親しくしていた者などはいない。
甲子園に来るたびに差し入れなどはしているが、一番長かった監督さえももう変わっている。
ただ国立は練習試合で、相手チームの監督であった頃からの仲だ。
プロの世界も五年目ともなれば、そのレベルが基準になってくる。
するとやはり、プロの世界はおおよそがアマチュアとはレベルが違うのが分かる。
高卒即戦力が自分自身であり、周囲にもたくさんいた大介であるが、そんなものは例外中の例外なのだ。
試合が終わってからようやく、差し入れを持ってグラウンドに入る。
やはりマスコミも国立も、大介には気付いていたらしい。
だが今年の大介は、かなりぴりぴりしている。
打率0.330という、普通に首位打者を狙える打率であるが、完全に不調扱いである。
怪我もあってホームランや打点も伸びていない。
それでも各部門のトップであるのだから、いかに世間の常識がおかしいか分かるというものだ。
そんな様子を見せることもなく、大介は国立と話をしていた。
「今年もいい一年生が入ったみたいですね」
「まあ、色々と訳ありだけどね」
国立としては、いくら大介が相手とは言え、そうそう洩らすわけにはいかない。
「なんか大阪はスーパー一年生が入ったとかで、もう二年後はライガース一位指名とか言ってますけど」
「そんなに凄いのかな」
「高一時代の上杉さんを上回るんじゃないかって言われてますよ」
それは勝てない。
大阪光陰に入った上杉、というのはまさにそのままなのか。
だが野球はチームスポーツである。
「俺もあんまり詳しくは知らないけど、とにかく次元が違うとは言われてますね」
「君にそう言うのかね」
「まあ今年は調子が悪いですからね」
現時点でも二冠王なのに、何を言っているのやら。
ただ、噂はプロにまで広がっているのか。
上杉の高校生時代は、確かにそういうものであったが。
「試合はテレビで見てますよ」
「また顔を見せてくれると、皆が喜ぶよ」
どきどきわくわくしている選手たちに、頑張れよと声をかけて、去っていく大介であった。
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