第26話 白富東の夏
帝都一との練習試合が終わり、ごく一部を除いて一年生は練習とトレーニングに専念する。
ベンチ入りメンバーと、その候補者数人は、メニューを分けられた上でミーティングが多くなってくる。
三年生にとっては最後の大会。
だが白富東には熱血とか根性とか努力という言葉は似合わない。
直感や幸運を考えて、日々の練習を楽しんでいる。
プレッシャーがないこと。これはスポーツ選手にとって有利である。
白富東は数年前に比べればかなり野球部の雰囲気は変わったが、一般入試の耕作がキャプテンのこともあって、オーバーワークにはかなり気を付けている。
いつも通りにやることは、さすがに難しい。
今の三年の中でも、大半は高校で野球をやめるだろう。
キャプテンの耕作自身がそうであるからこそ、悔いのない夏にしたい。
一度負けたらそこで終わりの夏は、本当に儚すぎるものであるのだ。
そして一年生からは、バッテリー一組は必ず、夏のベンチに入れるのが白富東の伝統である。
優也と正志に加えて、潮が三人目として選ばれるだろう。
スポ薦で入った他の四人は、ピッチャーでもキャッチャーでもないため、夏のベンチ入りはなさそうである。
実際に今の三年は、悠木がプロのスカウトから注目されている他も、それなりの戦力となっている。
出来ればあと一人、ピッチャーが欲しかったかなと考える国立である。
兼任を入れると、一年の優也を含めて、ピッチャーは六人になる。
だが甲子園で投げさせることは、レベル的に難しいのが二人。
どちらかと言うと外野の守備固めや代走で使いたいのだ。
秦野が卒業した三年生で、高校からの即席とはいえ、何人もピッチャーを作ったのは、今なら気持ちが分かる。
佐藤兄弟や岩崎などの、突出したピッチャーがいなかったのだ。
ピッチャーの枚数を増やして、出来ればタイプも色々と増やして、相手の狙いを絞らせない。
そんな一発勝負が重要なのが、夏の甲子園なのだ。
その意味では国立は、長いスパンで戦えるチームを作ることに、この時点では失敗している。
今の二年生で専任のピッチャーは渡辺だけで、全国に行けば埋もれる程度のピッチャーなのだ。
一年生は優也以外にも経験者三人にピッチャーをやらせているが、特徴のないピッチャーばかりである。
本当は外野ではあるが、以前にはピッチャーをやったこともあるサウスポーを一人、ピッチャーに回すことにしてみた。
本人としては小学生の時に、既にノーコンでピッチャーを諦めていたので、渋るところはあった。
だがコントロールを矯正するのは、白富東の指導陣の得意とするところだ。
春に続いてベンチ入りが決定した優也は、とにかく投げたがる。
入学してから練習に参加して、もう三ヶ月以上になる。
その間にまず、コントロールが劇的によくなった。
内か外、あるいは高めか低めのどちらかに、投げ分けるのがせいぜいだったコントロール。
しかし今の優也は、構えられたミットに投げ込むことが出来る。
帝都一との対戦は有意義であった。
終盤まで投げて一失点と、試合には結局負けてしまったのだが、自分の責任のところでは同点であったのだ。
だがその結果に、満足するような国立や耕作ではない。
甲子園常連、優勝すら何度もしている帝都一相手でも、あれはただの練習試合。
もちろん練習試合だからといって、手を抜いていたわけではない。
だが練習用の本気と、公式戦での本気では、試せる内容が色々と違うのだ。
東京のチームは徹底的な情報線で、公式戦を戦う。
そして全国レベルの相手にこそ、どういった戦い方が通用するかを試してみるのだ。
もっともその意味では、白富東も完全な本気であったわけではない。
とりあえず力任せに戦って、どれだけのことが出来るか。
それを確認するのがあの試合であり、力任せでも仙台育成に勝てたことの方が、帝都一と接戦をしたことより重要である。
そもそも帝都一も仙台育成も、エースを投げさせてはいなかった。
白富東は現在、エース不在となっている。
一応は耕作がキャプテンとして、1の番号を背負っているが、試合の中で最後まで完投することはまずない。
一番多いのが永田、渡辺とつないで最後に耕作が投げることで、あとは永田、耕作とつないで最後に渡辺が投げることも多い。
先発に三年の永田を持って来るのは、なんだかんだいって経験が豊富であるため。
相手が弱ければ出来るだけ引っ張って、残りの二人、特に渡辺の体力は温存したいのである。
耕作の左のサイドスローというのは、いまだにスピードは130km程度しか出ない。
だが安定した下半身から投げるサイドスローは、特に連打を食らうことが少ない。
しかし三振を奪うのも難しいため、クローザー的に使われることも微妙である。
単純に球速だけなら、既に優也が一番速い。
あとは球速を見るだけなら悠木など、外野に肩の強い選手はいるのだ。
夏の県大会までは、もう一ヶ月を切っている。
春に優勝したことで、シードを取れることは決まっていて、激戦区の千葉で一試合確実に少ないというのは、それだけでありがたい。
練習試合でこれまで蓄積したことを試すことが多いが、優也は学校に残されることが多かった。
試合の経験自体は、シニアでずっとエースだったので、ある程度積んでいる。
重要なのはフォームを完全に固めて、コントロールをよりしっかりとつけること。
そして変化球である。
チェンジアップと称しながらカーブであった球に加え、小さく落ちるスプリット。
これをしっかり、カーブとチェンジアップに分ける。
そしてスライダーと違って、あまり精度のよくなかった他のボールを、しっかりと倉田がキャッチしてくれる。
甲子園で優勝したキャッチャーである。
そのミット捌きは間違いなく、白富東の誰よりも優れている。
潮はむしろ、練習試合でもかなり出番をもらっている。
高校に入るまでほぼ試合に出たことがなかったからだ。
しかし帝都一との試合でも、ちゃんとバッテリーが出来ていた。
これにどれだけ経験を積ませるかは、この夏よりも来年以降を見据えてのことだろう。
三年生は引退するが、野球部が消えるわけではない。
監督である国立としては、両立することが難しい、二つの命題を抱えているのである。
倉田はそんな国立の気持ちを知っているので、優也にはしっかりとコーチングをしている。
白富東の環境に慣れると、大学野球をするのは難しくなる。
なにしろあそこは、甲子園がないぶん、目指すものが少ないのだ。
勝つことを最優先に考えれば、効率を重視しなければいけない。
それが通用しないのが、地方の大学野球である。
優也の体格や現在のスペックから考えるに、おそらく三年の夏には、ストレートは150kmまでは持っていけるだろう。
だがこのストレートは、さほど恐ろしいストレートではない。
倉田の知っている、一番恐ろしいストレート。
武史のそれと比べると、ホップ成分がずっと少ないのだ。
もっともちゃんとキレはあるので、充分に全国屈指になる未来予想図は見えている。
夏の大会を前に、練習試合で無理をさせてはいけない。
そんなわけで優也は、投げ込みの他にダッシュを加えて、かなり一人の個人練習をしている。
課題は七回まで終わっていた中学の野球から、九回までを完投する高校野球に、体を作り変えること。
短い時間では難しいことながら、倉田は親身に優也の成長に手を貸していたのである。
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