第25話 怖いもの知らず
白富東が一点を先制した。
三番が塁に出て、四番が長打で返すという、まず理想的といっていい得点の取り方だ。
だがその後はしっかりと抑えられて、二塁ベース上の悠木は動けなかった。
そして二回の表の帝都一の攻撃となる。
(この人、センバツでも関東大会でも、ホームラン打ってるんだよなあ)
プロ注である選手、帝都一の四番毒島は、はっきり言って今の優也にはまだ荷が重い。
今年のドラフトでも上位指名は間違いないと言われていて、優也のレベルではまだまだ対抗出来ないだろう。
だが、ここはあえて勝負をする。
潮の強気なサインに、頷く優也である。
(そうだよな。外角低め一辺倒じゃ、つまらねえよな)
初球優也が投げたのはチェンジアップ、という名のへっぽこカーブ。
それがトロトロとど真ん中に入ったので、逆に見逃してしまった毒島である。
(いい度胸だな~)
微笑を浮かべる毒島は、心底一年生バッテリーに感心している。
格上に挑むには、教科書どおりの配球では通用しない。
(で、次はどうする?)
そう思ったところへ、二球目は内角ぎりぎりのストレートを投げてきた。
(コントロールもいいのか)
事前の情報だと、そこまでのコントロールはなかったはずだが。
強打者に対して内角勝負。
そのバッターのフォームによっては、悪いことではない。
毒島のスイングも強く踏み込むタイプのものなので、内角をえぐられると実は詰まってしまう場合が多いのだ。
だがこれで一気にツーストライクに追い込んだ。
このカウントからなら、スライダーが使える。
内角を強気で攻めた後なので、外に逃げていくボールには追いつけないはずだ。
分かっていても打たれない配球。ただそれもせいぜい、単なる強豪の四番まで。
優也の決め球であるスライダーに手を出して、簡単にファールにカットしてしまった。
もう一球内角で、注意をそちらに向けるべきだったか。
だが内角を二度続けると、それこそ打たれるような気がしたのだ。
幸いボールカウントは増えていないので、ここからまた組み立てていける。
(膝元にストレートを。ボールになってもいいから)
(よっしゃ。当たりそうになったらよけてくれよ)
元気一杯に内角低めに投げ込む。
だが毒島が上手く腕を畳んで、そんなボールも打ってしまった。
高く上がったボールはホームラン性の当たりであったが、ポールを切れて行った。
あれだけ厳しいところに投げても、まだ打ってしまえるのか。
いや、ファールを打たれることは、本来ならカウントを稼げていいことのはずだ。
最後は外のボールで勝負したい。
スライダーを打たれてしまったが、ボールになるスライダーであったら、さすがに空振りを取れるはずだ。
(けれどそれも読まれてるかな。どのみちもう一球、内角に投げたいんだけど)
スライダーを右バッターの内角に投げるのは、さすがに難しい。
ならば一球、外に外す球を。
明らかにボール球と分かるチェンジアップが、外に投げられた。
これには全く反応せず、毒島は次の球を待つ。
(スライダーを外に)
(そんなんで振らせること出来るか?)
(これはまだ撒き餌だから)
逃げていくスライダーを、簡単に見送る毒島である。
平行カウントで、ここは打って行きたい。
おそらくまた内角を攻めてはくるだろうが、どの程度の何を投げてくるか。
余裕たっぷりで待っていたら、インハイにストレートが投げられた。
思わず手が出たものの、ファールグラウンドへの平凡なフライ。
サードが捕ってフライアウトである。
見事に四番打者を打ち取った。
ベンチに戻ってきた毒島は、ジンに普通に叱られる。
「余裕持ちすぎ」
「いや~、でもこれからも、対戦する相手でしょ?」
「秋の大会では当たらないから、別に特にデータを増やす必要はないよ」
東京のチームは秋の大会で、都大会を優勝したらそれでセンバツ出場が決定する。関東大会は東京を除外して行われるのだ。
甲子園を狙うシビアな試合では、対決する機会がないわけだ。
ただし全国制覇をするならば、戦う機会は出てくるだろう。
どうせ毎年恒例の対戦なのだから、これからも情報は集まっていく。
ジンの見る限りにおいて、帝都一の方が選手層は厚い。
だが確定的に勝てるほど、実力差があるわけではない。
三里のあの薄い選手層で甲子園に行った国立なら、なんとかしてくるかもしれない。
そうは思うが、それでも帝都一が負けるとは思わない。
ただジン的に黒く考えるなら、いずれは負けてくれた方がいい。
松平の後釜を狙っている者は、ジン以外にも大勢いる。
常識的に考えれば、高校時代から松平の薫陶を受けた者の方が、選ばれやすいだろう。
だが直接会ってみれば分かるが、松平は縁故で人間を選ぶタイプではない。むしろ自分とは違うタイプの人間を重視する。
それにそれこそ実績を言うならば、ジンは他のコーチの誰よりも、選手としては実績を残した。
まあ、直史と大介のチームとは言われるが。
大介はともかく直史は、ジンがいなかったら今ほど不条理な存在にはなっていなかっただろう。
最大戦力の四番を打ち取ったあとに、わずかに甘い球が行って初めてのヒットを打たれたが、さすがにこの一本で切れてしまうことはない。
続く打者をゲッツーに片付けて、ウキウキとベンチに戻る新米バッテリー。
一方の帝都一のバッターは「送りバントのサイン出すぞ」と脅されていた。
高校一年生のピッチャーにとって、一番上級生に比べて不足しているのは体力。
そこを削った上で打ちまくって、身の程を知らせてやるのが大事なのだ。
自信をポッキリ折ってしまえば、成長しないタイプの人間というのはある。
もっともそこから立ち直ってさらに上を目指す人間もいるので、厄介な選択ではあるのだが。
試合は進んでいく。
当初の想定と違い、投手戦の様相である。
帝都一のサウスポーからは想像以上に点が取れず、こちらの一年生バッテリーは球数を使ってでも粘り強く失点を防いでいる。
苦しいピッチングではあるが、それで帝都一打線を散発のヒットに抑えているのだ。
国立としては無理をさせるつもりはない。
だがどこまでが限界かを見極めるのが、この年頃の選手はひどく難しいのだ。
出来るだけ経験は、厳しくも実りあるものでなければいけない。
帝都一との試合は、一年生のバッテリーには、学ぶところは多いだろうと考えていた。
しかしこの二人は、かなり苦心しつつも、帝都一を封じ込めている。
六回が終わると、球数が100球を超える。
シニアでは七回までしか投げず、球数も制限されていた。
しかし優也は、苦しいピッチングをしながらも、それが楽しいようである。
簡単に倒せては面白くない。
考えて苦労した上で、アウトを重ねて無失点に封じる。
純粋に、楽しんでいるのだ。
苦しいのが楽しいというあたり、やはりスポーツ選手はマゾに向いている。
七回についに一点と取られて、国立はバッテリーを交換した。
優也はどっかりとベンチに座り、潮はたくさんの水分補給をしている。
肉体的にも精神的にも、そして頭脳的にも多くのカロリーを使ったらしい。
優也の潜在能力はともかく、潮のリードは期待以上であった。
おそらくこれまで、自分には出来ないことを、散々計算しながら考えていたのだろう。
一点を取られただけで交代になった優也だが、その表情は満足げだ。
自分の思い通りのピッチングが出来たということだろうか。
帝都一との試合は、まだ終盤が残っている。
だがここでもう充分に、試合をした価値は得られたと思う国立であった。
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