第24話 若武者

 甲子園常連、全国制覇の経験すら数多い、全国レベルで見ても屈指の名門で強豪。

 それが東東京の帝都一である。

 上に大学を持ち、そちらへも優秀な選手を供給しており、プロでも主力となっている選手には、帝都一の出身者が多い。

 まあ最近ならば白富東の出身者が、一番プロでは目立っているのだが。


 総合的に見れば、帝都一の方が明らかに格上である。

 だがその帝都一を相手に、国立は一年生のバッテリーをスタメンで指名した。

 優也としては投げるのは構わない。

 だが潮と組むというのは別だ。ブルペンではもう塩谷よりも受けてもらっている回数は多いかもしれないが、試合では組んだことがないのだ。


 潮としてもいきなり帝都一を相手に、優也と組むのは想像外である。

 練習試合などでキャッチャー経験などは、それなりにおこなしていると言っても、相手が県内公立向けのBチームであったりするのだ。

 いずれは、と思ってはいた。

 二年の秋には必ず、正捕手の座を射止めてみる。

 ずっとスタメンにはなれなかった潮の、それはささやかではない夢だ。

 白富東にはピッチャーほどではないが、キャッチャーもそれほど入学してはこない。

 スポ薦の試験内容では、よほどに動けるキャッチャーでないと入ってこれない。

 普通の体育科としても、いわゆる鈍足キャッチャーは入ってこれないだろう。


 いずれは、と思っていた。

 だがそれが今になるとは思っていなかった。


 武者震いはしたものの、恐れてはいない。

 なんだかんだ言いながら、ブルペンで優也と組んでいるのは、潮が一番多い。

 一年生にはキャッチャー志望が他にも一人いるが、それと一緒にピッチャー志望の一年の球を受けている。

 サウスポーという以外には特に長所のないサウスポーと、ストレートとカーブのコントロールの粗いピッチャーが一人、鍛えれば戦力になりそうかというところだ。

 一年生の能力テストに関しては、潮もその数値は把握している。

 この夏はともかく、秋以降を勝ち抜いていくには、一年生からの追加戦力が必要だろう。

 耕作たち三年生が卒業したら、ピッチャーは二枚。

 あと一人ぐらいはいた方が、チームとしてのバランスはいい。


 そんなことを考えながらも、まずは目の前の帝都一の試合である。

 帝都一もまた、仙台育成相手とはピッチャーを代えてきた。

 だがその二番手ピッチャーとはいえ、サウスポーで140kmを投げてくるのだ。




 試合前の練習も終わり、いよいよ開戦である。

 マウンドの上に立つと優也は、武者震いしてしまう。

 帝都一は近年でも全国制覇を果たした、間違いのない超強豪の名門である。

 当たり前のことであるが、正志を誘ってきたチームの中には、こちらも含まれていた。

 出身の鷺北シニアは、どちらかというと帝都一の方にこそパイプは強く持っていた。

 それでも東名大相模原を選んだのは、設備がより恵まれていたということか。

 どちらにしても、今の自分の立場を、正志はそれなりに気に入っている。


 試合前に国立は、バッテリーを相手に言った。

「負けてもいいんだ」

 負けてもいいなどと考えていては、絶対に勝てないと思うのが優也だが、国立の言葉には続きがある。

「本当に勝つのは、甲子園の決勝までの公式戦だけでいい」

 だから今回は、帝都一を相手に経験を積めばいい。

 もちろん負けて悔しいという思いは、ちゃんと持っていて欲しいものだが。


 この一年生ピッチャーの先発登板に、舐められているなどと考えないのが松平である。

「県大会に関東大会と、四人のピッチャーの中では一番いい数字を残してますね」

「一年坊が、たいしたもんだな」

 ジンの報告に感心する松平であるが、彼自身はあまり注意していなかった。

 春季大会は同じベスト4であっても、その実力にはかなりの差がある。

 特に一番は選手層であろう。

 主力が怪我をしても、すぐに代わりの選手が出てくる。

 もちろん主力の中でも中核であれば、そこまで簡単にはいかないのだが。


 綿密に調べたジンの情報を見て、松平は悪戯っ気を出す。

「おめえ、この試合は采配してみるか?」

 白富東を一番詳しく分析しているのはジンである。

 そして国立の采配なども、おおよそ把握している。

「やります」

 不敵な笑みを浮かべるジンであった。




 帝都一のグラウンドを使っているとはいえ、別にプロに倣うということもなく、じゃんけんで決めた先攻は帝都一。

(まあ一年生のピッチャーを攻めるなら、こういうところかな)

 ジンの考えは分からないが、優也と潮は事前に、ある程度話し合っている。

 まずは帝都一が、どちらの方針で攻めてくるかである。

 正面から力で圧倒してくるか、それとも隙のない攻撃でかき回してくるか。

 チームによって得意なパターンは決まっているものだが、両方出来るところが、帝都一のチームとしての強さだろう。


 初球はボールになってもいいぐらいの、内角へのストレート。

 優しい顔してキツい要求であるが、当てても「よけろよ」で済ませるのが優也の精神構造である。

 それに左バッターなので、優也はどちらかというと投げやすい。

 スライダーを効果的に使うには、右打者相手の方がいいのだが。


 内角へのストレートがやや甘かったが、それを微動だにせず見逃す。

 コールはストライクで、潮はわずかに首を傾げた。

(打てそうなボールだったけど、完全に見にきてるかな)

 帝都一のベンチを窺うに、どうやらサインを出しているのはジンだと、潮も気付いている。

(やりにくいな)

 なにしろバッテリーとして、色々と教えてもらった相手だ。

 こちらの持っている球種は、完全に相手にも分かっている。

 だが甲子園を狙うなら、相手に情報が渡っているのは、当たり前のことである。

 それに相手のピッチャーの情報も、春の大会で普通に集まっているのだ。


 二球目はスライダーを、ボールから外角のゾーンへと入れてみた。

 そこそこ打てる球だと思ったのだが、これも見逃し。

 まずは最初は見に徹しているのなら、遊び球はいらないだろう。

(インローストレートへ)

(まああんまり打ってくる気配もないしな)

 ボールは膝元へと入っていくが、それはカットされた。

 何かい嫌な予感がして、次には外にカーブを投げてもらう。

 そして五球目は内角へスプリット。

 優也のスプリットはあまり落差がないため、三振を奪うよりは打たせるタイプのものなのだ。

 これもカットされて、カウントは変わらない。


 全球種を使ってしまった。

 あとはどうやって組み立てていくかである。

 カーブを投げたが、これもカットされる。

 外角にストレートを投げてこれが外れて、平行カウントへ。

 そして内角を抉るスライダーであるが、これは打たれた。

 打球の勢いはよかったが、セカンド正面でワンナウト。

 一つのアウトを取るのに、かなり大変な相手である。




 一回の表は三者凡退に抑えたが、球数が多くなる。

 大変なのはカットしてくる技術で、緩急を使ってとうにか打たせて取っている。

 正確には打たれても取っている、なのかもしれないが。


 初回で18球。

 やや多めであるが、帝都一はこういった攻め方もしてくるのか。

 粘ってくる相手に集中力を切らさず、三人で終えたのはいいスタートである。

「一人で投げきる必要はないからね」

 国立はそう言う。帝都一は名門だけに、スタンダードにいいピッチャーには強い。

 なので耕作のようなピッチャー相手には、やや攻めあぐねるところがある。


 それでも全体的に格上であることは間違いない。

 なので勝つには、先制することが必要だ。


 ピッチャーへの負担も、リードしている状況ならば、気持ちで投げることが出来る。

 国立の見たところ、今年のチームにはわずかだが、全国制覇出来る可能性もあると思う。

 そのためには夏までに、どれだけ爆発的に成長する選手が必要だろうか。


 帝都一に勝つことは、自信にもつながる。

 ある程度運に恵まれたところもあるが、春は東名大相模原相手に、一点差の接戦まで持っていけた。

 采配であと少し相手の裏をかくことが出来れば、勝てていたかもしれない。

 そして一番成長しやすいのが、春から高校野球に触れた一年生。

 かなり強引な方法であるが、どうにかして戦力として育てたい。


 白富東はその後に中心となる選手が、一年の時から活躍するのもポイントである。

 正直に言うと今の一年生が三年生になるまで、上手く鍛えたら全国制覇も狙えると思う。

 ただしそれも、新戦力がどう加わるか次第なのだ。

 白富東が強豪私立に負けるのは、どうしても応募してくる選手でチームを作る必要があり、ほしい選手をこちらからスカウトは出来ないからだ。

 まあスカウトではなく、勧誘するぐらいはいいのだが、そういった選手はたいがい、他のチームも目をつけているものだ。


 完全に無名だった佐藤兄弟、故障によってスカウトから洩れた悟、家庭の事情で県外進学を諦めた正志。

 こういった偶然が続かないことには、選手を集めるピースが足りない。

(あとは外国人枠か)

 セイバーは最近は、留学生や帰国子女の選手を送り込んでこない。

 ただ勝つためだけの野球をしてはいけないというのは、白富東のモットーではある。

 ただしやるからには勝利を目指さないと、それも努力することにこそ意味があるという欺瞞をも嫌悪する。

 国立に出来る事は、とにかく攻撃面を鍛えることだ。

 打撃力でピッチャーの負担を減らし、そこそこのピッチャーでも勝てるほどの得点力を持つ。

 蝦夷農産などはそうであったが、ああいうのも甲子園ではあることなのだ。




 一回の裏の攻撃、白富東は一番と二番が上手く打たされてしまった。

 サウスポーだけが特徴ではなく、バッターの得意なコースに投げて、上手く少しだけ変化させるという投球術である。

 見事なものだとは思うが、それがどこまで通用するか。


 三番の正志はパワーもあるが、相手のピッチャーに上手く合わせることも出来る。

 そしてある程度は、読みで打つことが出来る。

(サウスポーで、球種はカットとツーシームとチェンジアップ)

 一巡目から、得意コース付近で小さく曲げるというピッチングを、変えてくるだろうか。

 クリーンナップ相手への対処法は、それ以外の者へとは違うかもしれない。


 関係はない。

 今はまだ、公式戦ではない。

 確実に打っていって、勝利を狙う。

 帝都一の打線が初回から、かなりしつこいバッティングをしてくるのは分かった。

 だがこちらを全力で叩き潰そうとはまだしていない。

 先取点を取ってしまえば、その本気を出させることになるかもしれないが。


 正志はあえてカウントを稼ぎに来たチェンジアップを狙った。

 ショートの頭を越えたところに落ちてヒットで、ツーアウトながらランナー一塁。

 四番の悠木が、どういったバッティングを見せてくれるのか。


 悠木というバッターは白富東の主砲であるが、かなり安定感には欠ける。

 本人の独特のノリによって、打つときと打たないときがあるのだ。

 ただ、チャンスには確実に強い。


 この一回の裏、ツーアウトでランナー一塁という状況で、その打席に入る雰囲気は、集中している状態だ。

 器用に打つことも出来るのだが、基本的には長距離砲。

 そしてここでも、その気分屋なところを見せ付ける。


 初球からゾーンに入ってきた球を、見逃さずに打った。

 アウトローの簡単に打てるような球ではなかったのだが、あまりボールの良し悪しは関係ない。

 それよりも重要なのは、本人が集中しているかどうかなのだ。

 ライトの頭を越えていく打球に、ツーアウトからスタートを切っていた正志は、ホームを狙うことが出来る。

 強肩のライトではあるが、それよりも正志の足の方が早い。

 ノースライでホームを駆け抜けて、まずは白富東の一点先制である。

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