第56話 選手起用
白富東の歴代のキャプテンを見ると、SS世代以降は圧倒的にキャッチャーがキャプテンである場合が多い。
伝説の始まりを作ったジン、安定タイプの倉田、万能タイプの孝司といった感じである。
その後には宮武がキャプテンになったりもしたが、耕作のように純正のピッチャーがキャプテンになったことはSS世代以前にもほとんどない。
耕作がキャプテンになったのは野球の実力よりは、むしろ定期テストでアホの野球部員どもを、赤点回避させた功績が大きいと思う。
エースとはとても言えない、と本人は言う。
確かに数字を見れば、エースと言うには物足りない実績である。
だが完璧なピッチャーではない耕作は、皆の力を借りて、マウンドに立っている。
試合を勝たせるのがエースだとしたら、耕作はそういうタイプではない。
だがその背中を守っていれば、どうしても勝たせたいとナインが思う。
これもまたエースの形か。
まさか自分が甲子園で完投勝利をするなど、全く夢にも思っていなかった耕作である。
相手の天草はプロ注の選手であり、確かにプロに行くのだろうなとは思った。
だがそれでも勝ったのは、耕作が最後まで投げた白富東だ。
野球をやるのは高校まで。
大学では専門的な勉強をしようと、耕作は考えている。
それだけにこの大会では、真っ白に燃え尽きるまで投げきりたい。
継投を一度も使わなかった今日は、かなりの達成感があった。
準々決勝の組み合わせが決定した。
第一試合 東名大相模原(神奈川) 対 聖稜(石川)
第二試合 名徳(愛知) 対 浦和秀学(埼玉)
第三試合 白富東(千葉) 対 東名大菅原(西東京)
第四試合 大阪光陰(大阪) 対 聖徳義塾(高知)
東名大系列が二つも残っているとか、関東が四校も残っているとか、初出場チームのないダークホースのいない対決だとか、色々と言うことは出来る。
国立としては当たるなら、聖徳義塾が比較的にしろ、一番マシな対戦相手だったろうな、とは思う。
三回戦の翌日に準々決勝が行われる後半四チームは、上手くピッチャーを温存出来ているかが、勝利の鍵となる。
どのみちここからは休養日も多くて一日しかないし、二番手三番手のピッチャーで勝っていくのは難しい。
白富東のように、絶対のエースがいないと言うなら、逆に運用はしやすいだろうが。
耕作は朝起きると、ごく普通に立ち上がった。
国立がしっかりとストレッチとクールダウンに付き合ってくれたのもあって、少なくとも疲労は感じられない。
ただこの準々決勝も一人で投げきるというのは無理だろう。
天凜戦も自分が、完投する予定などは全くなかったのだ。
永野、渡辺、優也と、既に甲子園のマウンドを経験している。
この準々決勝からが、本当の総力戦。
白富東の場合は、絶対に外せないのは打線の正志と、悠木。そしてキャッチャーの塩谷ぐらいで、あとはどうにか回していける。
あるいは守備力に関しては、控えの方が上の者さえいるかもしれない。
ただし殴り合って勝つことを考えているので、どうしても打力をそこそこ優先する。
それでもセンターラインは、かなり守備力重視となっているが。
東名大菅原は、西東京では強豪の私立であるが、完全に突出した存在というわけでもない。
日奥第三や早大付属など、強いチームは他にもある。
その中で今年は勝ちあがってきたのは、それなりのメンバーが揃ったからである。
西東京は東東京がかなり帝都一の一強なのとは違って、かなり出場校が変遷する。
ただ意外なことかもしれないが、より都心に近い東東京からは、都立の甲子園出場も存在する。
西東京が完全に、私立が覇権を握り続けている。
時々はベスト4ぐらいまで、都立が進んでくることもあるのだが。
ある程度事前には調べていたものの、本格的な精査をするのが一晩しか時間がない。
研究班の手も借りて、データの洗い直しと分析を行う。
秦野もこういうことをしていたな、と思うがあの時は自分もいた。
現在の部長はあくまでも野球部の事務について任せているだけなので、ここまで頼ることは出来ない。
東名大菅原のエースはサイドスローの井野。
サイドスローから144kmを投げてきて、決め球はスライダーかシンカー。
ただ普通のストレートを、コントロールよく四隅に集めるので、なかなかストレートも打つことは難しい。
打線の方は長距離砲はそれほどいないが、クリーンナップは都大会では普通に一本はホームランを打っている。
だがこの甲子園の舞台では、まだホームランは出ていない。
仙台育成との三回戦で、この井野は最後まで投げきっている。
一二回戦は他のピッチャーも投げているが、おそらく準々決勝も長いイニングを投げてくるだろう。
ただ、先発完投は考えにくい。
白富東はクリーンナップの打撃力がそれなりに高い。
試合の展開次第であるが、さすがに先発はしてくるだろう。
そこで上手くリードを奪えたら、継投も考えていく。
あるいは自軍の打線の優位を信じて、抑えに回してくるか。
そうなると先制点は、かなり白富東が取れる可能性は高くなってくるが。
東京や神奈川といった地域は、やたらと強豪が多い。
全国制覇を複数回経験しているチームがあって、それらが鎬を削っている。
だが逆に、ピッチャーのとんでもないのを複数は集めにくい。
二年生の控えピッチャーも確かに優也レベルのピッチャーではあるが、それでもプロから注目されている井野ほどではない。
東名大菅原は、得点力には優れているが、ブンブン振り回してくるというチームでもない。
正統派のスモールベースボールをしつつ、時に大胆に行動してくる。
基礎の中から大胆に攻撃してくるというのは、かなり対処しづらいのだ。
奇襲は圧倒的に、される側が不利であるが、単純な奇襲にならないように、ちゃんと練習もしておかないといけない。
(長打力自体は天凜の方が上か)
今日の試合は耕作が、奇跡的に天凜の打線にはまった。
それでもスコアは一点差と、ぎりぎりの勝負ではあった。
ミーティングのために、必死で頭を巡らす国立であった。
今年の甲子園は、天気には恵まれている。
とは言っても毎日がカンカン照りであって、容赦なくピッチャーのスタミナを奪っていく。
第一試合の東名大相模原と聖稜の試合は、どちらも甲子園の常連校である。
相模原とは関東大会でも対戦したが、その実力はおおよそ白富東を上回っていたと言っていい。
もちろんあの時点での話だが。
ピッチャーも複数揃えていたため、かなり陣容は厚い。
それに対すると聖稜は、全体的に選手層は薄い。
それでも東名大相模原相手にある程度戦えそうなのは、前日の三回戦で、エースをそこそこ温存出来たからだ。
東名大相模原も、前の試合はエースを完全に休ませている。
二番手と三番手のピッチャーだけで、三回戦を勝ちぬいたわけだ。
この試合はそんな分厚い選手層の東名大相模原が、順当に聖稜を降した。
とは言っても2-0というスコアであり、エースの差と言うよりは打線の差であったろう。
わずかなチャンスに、しっかりとヒットを打っていく。
それだけのバッターが、東名大相模原にはあったということである。
第二試合は名徳と浦和秀学。
センバツ優勝の名徳は、当然ながら春夏連覇を狙っている。
だが対する浦和秀学も、全国制覇が出来る戦力を揃えてきた。
一年生エースの力で、春の覇者に挑む。
こちらも見所のある試合になったが、名徳がわずかに上回った。
3-2という一点差の試合で、浦和秀学に勝利。
終盤に一年生エースの集中力が、わずかに落ちたのを見逃さなかった。
かくしてベスト4には、誰もが知っている名門が歩を進めたのである。
今年はあまり、それまで無名であったチームの大躍進というものがない。
そしていよいよ第三試合。
白富東と東名大菅原の対決である。
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