第55話 エースではない意地
白富東の投手力はBという評価であったし、確かに突出したスーパースターと言える選手はいないのだ。
しかし局面に応じて使うピッチャーを代えられるというのは、単純にそれぞれのピッチャーの力を合わせるより、ずっと運用の幅が広がる。
そして天凜のエース天草は、初回の正志のホームランが響いたのか、ボールにキレがいまいち足りないようである。
球速も150kmを超えることはなく、コントロールで抑えようという意図が感じられる。
単純な球威任せの投球をされたら、むしろ白富東は困っていただろう。
だが正志があのストレートを叩いた事で、単純なパワーでは通用しないと判断したのか。
むしろ白富東は、技巧派を打ち崩す方に、力を入れられた。
単純に直史に、変化球を際どく投げてもらうことによって。
たった一日で、技術が爆発的に向上することはない、
だが意識を変革させることは出来る。
(馬鹿みてえにしぶとい)
天凜のエース天草から、散発ではないヒットを打って、上位打線では点を取っている。
正志の二打席目と三打席目は三振に打ち取られたのだが、それでわずかに集中力が乱れたところへ、悠木からの連打。
長谷川塩谷と連続長打で、追加点二点である。
ここで一気に崩せるかと思ったが、開き直った天草はストレートで押す。
下位打線は比較的弱く、これ勢いは止められた。
だが天凜も耕作の、平気でフルカウントまでボール球を投げるピッチングに、正面から突破することが出来ない。
たまにヒットが重なって、失点することはある。
しかしそれでも終盤に至って、3-2と白富東がリードしている。
(力押しで下位打線を打ち取って、開き直れたかな?)
ベンチの中から国立は相手ベンチを窺うが、監督が天草に声をかけている。
ここまで白富東は、下位打線でも早打ちはしてこなかった。
なので天草も単純な球威で押すのではなく、コントロールを気にして投げていた。
だがそれは、天草のピッチャーとしての魅力を減じさせている。
下手にコントロールを意識して投げてもらっても、こちらはコントロールの神にバッピをしてもらった経験があるのだ。
あれに比べればマシ、という意識があれば、この程度の時々失投があるピッチャーは打てる。
そしてここまでコントロール重視で投げてきたことで、スタミナがどれだけ残っているか。
むしろ力が入っていなかったことで、スタミナを残しているかもしれない。
コントロールへの執着を捨てたら、むしろそちらの方が打ちにくい。
ただし、打てるバッターもいる。
元々読んで打つというよりは、打てる球を打つタイプ。
そして打とうと思えば、打ちづらい球も打ってしまう。
悠木の本日二本目の長打で、白富東は二点を追加。
そろそろまずいかなと思っていたところに、絶対にほしい追加点を取ってくれる。
まさにこれこそ四番の仕事である。
一年の頃などはムラがありすぎて、なかなか秦野も公式戦では出せないと言っていたものだ。
そこを国立がバッターの立場から理解し、一般的な技術も叩き込んだ。
そして生まれたのが、四番らしいが奇妙でもあるスラッガーである。
耕作はある程度は打たれるが、試合を崩さないピッチャーだ。
スタミナは膨大であるし、何よりメンタル的にフォアボールを投げてしまって、自滅するということがない。
終盤に入ってからも、また一点を追いつかれたが、その一点の間にワンナウトを取ってランナーを殺している。
耕作と塩谷のバッテリーは、極限までにリアリストである。
そのくせスライダーは内野フライを打たせる、必殺のボールにもなっている。
総合戦力では上回っていただろう、天凜。
だがここで白富東がリードしているのは、おおよそ試合の状況を想定して、その場合の対処を間違えなかったこと。
楽観論ではなく、悲観論でバッターとの勝負を避けてみた。
それでも勝負すべきところは勝負して、ホームラン以外で抑える。
天凜は着実に追いかけてくるが、白富東も確実にアウトを取っていく。
耕作を出来るだけ引っ張るが、継投がやはりこの試合もポイント。
そう考えていた国立であるが、思ったよりもずっと、天凜相手に耕作の相性がいい。
このまま進めるか、それとも継投するか。
ここは一気に、耕作に任せたい。
「出来れば今日は完投してもらいたい」
国立はそう言って、耕作を驚かせたものである。
昨年ユーキが卒業してからは、よほど弱いチームとやってコールドで勝つ以外は、ほとんどの試合を継投で勝ってきたのが白富東である。
ただその継投体制は、ユーキが二年生の時には既に存在していたのだ。
それをこの甲子園の大舞台で、耕作一人に任せるという。
確率的には、あまり良くないのではないか。
確かに耕作のピッチングは通用しているが、それはピッチャーとしてのかなり変則的な特徴があるからだ。
おそらく国立は、球速差を考えて、途中から優也に投げさせるつもりであったのだろう。
しかし、欲が出たとでも言おうか。
このまま耕作で逃げ切れば、準々決勝を消耗していない状態で、ピッチャーに投げさせることが出来る。
1番を背負っていても、耕作はエースだとは思っていなかった。
だが勝つためには、自分の出来ることは全てやる。
そのつもりでずっと、去年の秋から頑張ってきたのだ。
優也がもう少し成長すれば、全国制覇も現実的であったのだろう。
優也はスペック的には、ユーキとあまり変わらないほどの潜在能力を持っていると思う。
これに経験も積ませたいのだろうが。
耕作はマウンドに登る。
国立は渡辺と優也に、交互に肩を作らせ始めた。
万一の時というものがある。
耕作に任せたと言っても、怪我でもすれば交代するしかない。
それに他のピッチャーの準備を見せるのは、天凜のベンチに計算すべき情報を与えて、リソースを削ることにもなる。
耕作のピッチングは、最後まで変わらなかった。
いやむしろ最後の方は、球威が上がっていたかもしれない。
(すっと投げていたいな)
打たれるかもしれないとは、頭の片隅で確かに考えている。
だが打たれてもいいのだ。点を取られてもいいのだ。試合にさえ勝てばいいのだ。
チームの力を信じて、自分が出来ることだけを、限界までやっていく。
逆に言えば、耕作が出来るのはこれだけしかない。
終盤、天凜の攻勢は変わらない。
しかしわずかにランナーが出たときなどは、選択肢を増やしていると思う。
サウスポーの耕作からは、基本的に盗塁は難しい。
そこで送りバントなどをしてくれれば、ワンナウトがもらえてラッキーというものだ。
おそらくこの夏、甲子園において、もっともしぶといパフォーマンス。
耕作が見せ付けたのは、それである。
最終的なスコアは5-4と、わずかに一点差。
しかしその一点差で、白富東は準々決勝進出を果たしたのであった。
疲れる試合であった。
だが今日はまだ、残っていることがある。
準々決勝の対戦相手の組み合わせを決めるのだ。
神奈川の東名大相模原と、石川の聖稜。
愛知の名徳と埼玉の浦和秀学。
これが明日の準々決勝、第一試合と第二試合のカードである。
そして本日の第二試合は、西東京の東名大菅原が、宮城の仙台育成に勝利した。
仙台育成はセンバツの準優勝であったが、またしても東北の悲願は達成されなかった。
そしてクジが引かれる。
白富東の相手は、東名大菅原に決定した。
これが第三試合のカードであり、第四試合は明倫館に勝利した大阪光陰と、高知代表の聖徳義塾と、滋賀代表の琵琶学園の勝者との間で行われる。
とりあえず大阪光陰とは当たらなかったが、センバツ準優勝の仙台育成を倒した東名大菅原も、強敵であるのは間違いない。
同じ東名大系列ということで、おそらくトーチバからのデータもいっているだろう。
そこそこご近所さんであるが、白富東は東名大菅原とは、あまり対戦したことがない。
もちろんそこそこ甲子園に出ている、強豪としては知っているのだが。
(一番データが少ないところが来たか)
国立はデータの分析に、徹夜になるかもしれないな、と覚悟を決めたのであった。
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