第54話 因縁の対決

 三回戦が始まった。

 ここの対決で一番の見所と言われたのは、東東京代表の帝都一と、センバツ優勝の愛知の名徳である。

 白富東としては、あいてが名徳とは言え、やはり帝都一が有利かと思ったのだが、名徳はエースの力が帝都一よりも強い。

 チーム全体としてはほとんど差はなかったのだろうが、甲子園のトーナメントは、平均値よりも絶対値が上回るところがある。

 2-1という全体的に引き締まった、終始見所の多い試合で、名徳がベスト8進出を果たした。


 他にここまでベスト8入りを果たしたのは、神奈川の東名大相模原と、埼玉の浦和秀学。

 東名大相模原は、春の県大会こそ敗北したものの、やはり新戦力を加えて夏にかけては、一気に調子を戻してきた。

 白富東としても、敗北した相手が強くあるというのは、少し安心する。

 あれ以上に強いチームが、ポコポコ存在していることはないということだからだ。


 そしてまたも関東の浦和秀学ではあるが、埼玉御三家の異名は伊達ではない。

 もちろん他にもチームはあるが、埼玉は三校のチーム力が高い、三国志状態になっている。

 それもどこかの一チームが強いわけではない、完全な三チーム互角の状況だ。

 神奈川もそうだが、ある程度強いチームが競い合うと、県全体のチームの強さも上昇する。

 そういう点では白富東は、県内では最強であるが、ここのところ秋の関東大会で勝ち進んでセンバツに出ることは出来ていない。

 埼玉よりもチーム数は多いが、県の強豪度合いでは負けていると言っていいかもしれない。


 あちらの山の最後のベスト8進出チームは、石川の聖稜である。

 名徳、東名大相模原、浦和秀学、聖稜。

 この四チームから二チームが、ベスト4進出となる。




 奈良県代表天凜高校と白富東の間には、かなりの印象的な因縁が存在する。

 SS世代の二年の春、センバツに出場した白富東は、一回戦で天凜高校と対戦し、直史がノーヒットノーランを達成した。

 前年夏には県大会準優勝、そして秋には関東大会準優勝と、着実にその名は知られていたが、この試合で直史の名前は完全に全国区になったと言っていい。


 そしてその二年後、直史は卒業したものの、弟の武史の最後の夏に、両校はまたも対決する。

 九回ツーアウトまでパーフェクトをしながら、自分のエラーでパーフェクトを逃した。

 つまり佐藤兄弟の二人に、完全に当て馬にされていたのだ。引き立て役とも言う。

 佐藤家の血縁者はもういないが、白富東相手には、相当の因縁を感じているだろう。

 当時の生徒は既に卒業しているが、監督はあの時のままだ。


 その天凜との対戦までには、中二日あった。

 問題となるのは、そこで勝った場合だ。

 白富東の山は、三回戦と準々決勝が連戦となる。

 これまで以上に投手の運用を考えなければ、最後までは勝ちあがれないだろう。


 三回戦までで、既に去年と同じところまでは到達した。

 ここから先は国立にとって、三里時代を合わせても、監督としては未知の領域である。

「天凜高校もこれまでの二校と一緒で、エースで評判のチームだね」

 国立はそう説明するが、打線にもプロから注目されている選手がいる。

 今年の県大会はほとんどをコールドで勝ち進み、完全に強豪の一角として名を挙げられている。

 優勝候補の筆頭とまではいかないが、かなりの有力校であることは間違いない。

「エースの天草は150kmオーバーのストレートと、スライダーを得意としているんだが、このスライダーの投げ分けが特徴かな」

 カットボールとスライダーと、その中間のような変化がある。

 幸いと言うべきか、縦スラは持っていない。

「これで緩急のためのボールを持ってたら、もっと厄介になっただろうけど」

 今どきは高校生のピッチャーでも、緩急を取るための変化球を一つは持っているものだ。

 特にチェンジアップは、上手く抜けるなら肘や肩への負担もかかりにくい。

 意外とスローカーブが、アメリカでは復権しているらしいが。


 天凜もここまでの二試合、かなり確実に勝ってきている。

 一回戦はともかく、二回戦は福岡の岩屋を、序盤はエース温存でイニングを進めている。

 互角の状況で進んだ中盤にエースを投入してリードを奪い、そこからは一気に突き放した。

 エースと二番手、そして三番手までが試合で投げているピッチャーで、ここまでが全員MAXは140kmを超えている。

 高校生でも球速の高速化は言われているが、三番手まで140kmを超えているというのは、全国制覇レベルのチームばかりであろう。

 ただトーナメントで大事なのは、主力であるエースがどの程度の力を持っているかだ。

 おそらく過去の経験からして、天凜は最初からエースを出してくる。


 これはピッチャーが足りないかもしれない。

 耕作のようなタイプが、正統派の強打をしてくるチームには一番効果があるのだが、ずっと投げ続けても途中で捕まるだろう。

 だが渡辺や永野では通用しないし、優也でさえ正面から対決すれば苦しい。

 投手力Aの打力もAで、守備だけは平均のBという評価だ。

 ただし打力については、ある程度の失点までには抑えることが出来ると思う。

(問題はピッチャーの攻略だけど、それもまあ難しくはないかな)

 白富東の抱えるピッチャーよりは、天草の方が上であろう。

 だが天凜のバッターのスイングなどは、フルスイングを基本としている。

 耕作とは相性がいいタイプだ。それでも前の二戦よりは、大変と言って間違いないだろう。




 大会11日目、この日もまた白富東は第一試合である。

 先発は耕作であり、状況に応じてピッチャーは継投していく。

 ただ天凜は昨今珍しく、左打者の少ないチームである。

 本来なら左バッター相手に成績の良い、耕作の出番ではないかという疑問もあるだろう。

 だが国立からしてみれば、今の白富東のピッチャーでは、天凜を抑えることは難しい。

 それは耕作だけではなく、優也まで含めた全員がそうなのだ。


 今日の試合は打撃戦。

 そうであればスタミナとメンタルに定評のある耕作を使うのが当然なのだ。

 出来れば完投してほしいが、いざとなればクローザー的にリリーフを優也がする。


 明日もまた、試合があるのだ。

 相手はまだ決まっていないが、どこがきても油断出来る相手ではない。

 耕作のスタミナであれば、連投も可能だ。

 しかしこの試合でどうピッチャーを使うかは、本当に難しい判断が強いられるのだ。


 一回の表は天凜からの攻撃。

 耕作は内角を攻めて、それとアウトローを組み合わせる。

 内角攻めは危険なようにも思えるが、天凜のバッティングを見ていれば、そういうトレーニングをしていたか分かる。

 昨今は高校野球でも、選手の体格が許すなら、三振上等でフルスイングしていく。

 これはハマったら確かに、打撃爆発で悲惨なことになる。

 だが耕作は打たれるのを覚悟の上で、内角に投げ込めるメンタルを持っている。


 出来ればこの攻め方は、球速があって右投手でもある、優也か渡辺に任せたかったのだ。

 だがその二人には、打たれても打たれても平気な、耕作のようなメンタルが見込めない。

 踏まれても伸びる麦のような強さは、さすがに耕作だけのものだ。


 最初の二人は、内角攻めで凡打を打たせた。

 しかし三番の百地と四番の筒井は、プロ注のバッターである。

 二人とも地方大会の打率が四割を超えていて、そしてホームランも打っている。

 これをしっかり抑えられるなら、耕作も立派なエースであるのだが。


 三番の百地が、外野の頭を越す長打を打った。

 一塁が空いたので、国立はここで申告敬遠を使う。

 まだ一回の表だというのに、なんと弱気なことか、と相手チームの応援団は思っただろう。

 甲子園の中立の観客も、これで天凜の味方になるかもしれない。


 それでも国立の作戦は上手くいく。

 五番もかなりの打点を稼いではいるのだが、長打はそれほどでもない。

 耕作の独特のスライダーを打たせて、その球はレフトフライ。

 かなり運の要素もあったが、なんとか一回の表は0で抑えることに成功した。




 一回の裏は、白富東の攻撃。

 とりあえずこの攻撃の間に、天凜の打線に、今後どう対応するか考えなければいけない。

 注意はしてあった、甘くはないボールであったのに、いきなりセンターオーバーを打たれた。

 四番のバッティングはあれ以上だという。

 いつまでも逃げ回っていては、甲子園のマモノが出てくるだろう。


 そして守備のことばかりを考えているわけにはいかない。

 天凜の天草は、初球から150kmオーバーを投げてきて、甲子園の観客をどよめかせた。

 国立としてはこの天凜の好投手との対決は、基本は待球策でいいと思っている。

 だが鋭く曲がるスライダーを、先頭の九堂はしっかりとスイングして当てていく。


 直史のスライダーに比べれば、たいしたことはない。

 それが白富東のバッター全員に言えることだ。

 一回戦でも二回戦でも、しっかりと三振を取ってきた天草に、白富東の一番二番はちゃんと当てていく。

 そして三番の正志へと回るわけである。


 国立はここで、予感がした。

 後ろを誰かが、すっと通り過ぎていったような。

 そしてこういう時、バッターは打つのだ。


 天草の投げたストレートが、やや浮いて151kmの表示を出す。

 しかしそのボールを、正志はジャストミートした。

 綺麗な放物線を描いて、レフトスタンドに飛び込むボール。

 白富東側応援席から大声援が上がり、正志はガッツポーズをしながらダイヤモンドを回る。


 こういうことがあるのだ。

 総合的には負けていても、一発で投げれが変わる。

 この夏の正志の打撃成績は、かなり異常なぐらいのものである。

 東名大相模原に誘われたほどの選手ではあるが、一年の夏からここまで活躍するなど、国立も思っていなかった。


 負けられない理由がある。

 誰だって負けたくはないが、正志の理由は次元が違う。

(この大会は、児玉君が主役になるのかな)

 ほうと息を吐き、正志をベンチで迎える国立であった。

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