第69話 これが新しいチーム
山口が三回を無失点で投げたところで、国立はあっさりと交代させた。
勇名館打線であれば、二順目以降は打っても全く不思議でないと思ったからだ。
むしろ一人のランナーも出なかったというのが、出来すぎとも言える。
代わってマウンドに立ったのは優也。
準決勝の勢いをそのままに、コンビネーションで三振を奪っていく。
準決勝でも60球ほどしか投げず、本人はいたって平然としていた。
それでも国立は、少しでも故障の可能性を下げたかったのだ。
逆に勇名館の榎木の不調の原因は、単純に疲労である。
準決勝のトーチバとの試合は、九回で勝ったものの150球を投げていた。
単純にこれまでも150球ぐらいなら投げた試合はあったのだが、トーチバ相手に投げたということを、古賀は軽視していた。
ピッチャーの疲労度の把握。
これが監督の器の違いであったと言えようか。
山口のボールを打っていても、さすがに無安打に抑えているのだから、四回以降も投げてくると思った、勇名館が悪かったのか。
ただコールドとはいえ優也は昨日も投げている。
出来れば少しでも、球数を抑えたいのは本音であった。
国立もバッテリーコーチも、毎日500球投げて壊れない体を作る方法など知らない。
あれは直史だから出来たことだし、直史のこの時期の球速は、まだ140km/hにも達していなかった。
同じ年齢の時を比較すれば、優也のMAXは直史を10km/hほども上回っている。
もちろんそれで、優也の方が直史よりも上回っているわけではない。
一年の夏に、大介が甲子園で打ったホームランは0本だ。なにせ出場していないのだから。
現在の白富東は総合力で言うなら、SS世代の一年目よりは強い。
「継投パーフェクト潰れちまったなあ」
そう言いながら優也は戻ってきたが、二巡目の勇名館の攻撃を、ヒット一本で凌いでみせた。
国立の見るに勇名館は、充分に甲子園に出場できるぐらいの戦力は揃っている。
ただ、何かが足りないような気はする。
センバツに出場した時の三里にはあった何かだ。
スコアは1-0のまま、終盤に入る。
勇名館は序盤に山口の攻略が出来ず、中盤に優也のピッチングにアジャスト出来なかった。
だが終盤には間違いなく対応してくる。
あと二点はほしいな、と国立は思う。
それも追いつかれてからではなく、リードを持った状態から、それを広げる二点だ。
試合自体は両軍の守備に緊張感があり、いい試合となっている。
だがいい試合で終わってはいけない。勝たなければいけないのだ。
この七回は、下位打線から始まるため、得点の期待値は低い。
だがピッチャーにとっては一番苦しいと言われる七回、何もせずに終わるのもつまらない。
「こうしようか」
国立の作戦は、せこいと言えばせこい。
だが間違いなく有効ではある。
七番の今野と八番の土川は、打撃力は低いが足は速い。
トップスピードが速いというのもあるが、走塁が上手いのだ。
そして打てない選手に対して、国立がまず最初に教えるのは最も簡単にバットにボールを当てる方法。
バントである。
七番の今野はセンターを守り、足の速さなら二年の中ではナンバーワンだ。
それが一番を打たないのは、打撃力も劣っているが、それよりは出塁率の問題である。
生来当て勘とても言うべきものがなく、選球眼もさほどは優れていない。
白富東の体育科やスポ薦の中には、バッティングを見る項目はないのだ。
しっかりバットにボールを当てることは、バッティング向上の最初の一歩だ。
国立はそれを教えて、さらにバントヒットのやり方も教えた。
大学時代はスラッガーとして鳴らした国立も、最初に教わったのがバントからボールを見るということ。
これは三里時代からもやってきた、国立流のバッティング指導だ。
打率二割のバッターが、ここいらで仕掛けてくることは、勇名館も気づいているだろうか。
国立の指示は、まずは初球で決められるかどうか。
もし初球で決められなかったら、二球目以降のバントについては、ピッチャーの足元を狙ったものにする。
出来ればバスターで打って、ピッチャー前に転がしてみたいものだ。
仕掛けてくるかな、とは勇名館の方も気づいている。
先取点は取られたものの、榎木の調子は尻上がりに良くなってきていた。
この七回は下位打線から始まるので、少しは楽が出来る。
そこで気を抜いたら駄目なのだが、ようやく調子の上がってきた榎木は、安易に初球からストライクを取りにいってしまった。
今野のバントでボールは三塁戦を転がる。
「取るな! 切れる!」
確かにそう見えたが、スパイクの踏み跡がこつんとボールを弾いた。
幸運と不運によって、ノーアウトのランナーが出塁した。
この試合はその前提からして、白富東の方に流れがあったのだろう。
準決勝でのエースの消耗度合いが、全く違ったからだ。
それを別にしても、この運のいいバントヒット。
確かに運勢の天秤は白富東に傾いている。
(それを嘆いてもどうにもならないし、そこからどう挽回するかが重要なんだけど)
榎木はイラついて、そしてこちらは無難に送りバントを決められればいい。
ストライクのコースであったが、初球から送りバントなどはしない。
せっかくピッチャーが焦っているのだから、こちらはそれを利用すればいい。
二球目のボール球も、バントはしようと思えば出来た。
だがやらずに見送る。
勇名館ベンチからは古賀監督が、しっかりとサインを出していた。
だが白富東からすれば、ここは進塁打でいいのだ。
次のバッターは先制点を打った潮である。
潮を九番というのは、本来のバッティング力からすると、かなり後ろの打順である。
ただ山口をリードすることの負担を考え、九番に置いたのだ。
だが蓋を開けてみればこの九番打者というのが、上位へと続く上で重要な打順となっている。
これもまた、白富東の運の良さと言えるだろうか。
粘った末に送りバント成功で、ワンナウト二塁。
そして恐怖の九番打者潮の打順である。
追加点がほしい白富東としては、ここは基本的に打たせていく。
ランナーの今野に足があるので、単打でもホームに帰ってこれる可能性は高い。
最悪でも進塁打、という場面ではある。
さすがにもう九番でも潮を甘く見ることはないだろうが、ここで必要以上に警戒して、歩かせてくれても面白い。
上位打線につながれば、普通にヒットを打って追加点が入るチャンスは増える。
どうやって点を取るか、国立は考える。
逆に古賀としては、ここは抑えたい。
(二点差は絶望的な数字じゃない。けれどこのままだと、せいぜい取れるのは一点……)
守備は定位置。もしヒットが出たら、外野の肩に期待する。
古賀のシフトの指示は、どちらかというと正解であった。
潮の打ったボールは、ライト方向に飛んでいく。
必死で追ったライトがそれをキャッチしたが、二塁ランナーの今野はタッチアップで三塁に進む。
ここは余裕のセーフで、もしも浅めに守っていたら、外野の深いところまで飛んでいた。
ツーアウトながら、ランナーは三塁。
ピッチャーの失投やキャッチャーの後逸でも、一点が入る場面だ。
そしてバッターは先頭に戻り、高瀬となる。
出塁率が高く、それなりに俊足の一番。
国立はかなり色々と打順を試したが、ここはまず変えていない。
一番打者にはとにかく、出塁を求めるのが国立だ。
足も速いので、後続が帰すことにもつながってくる。
だが国立は高瀬には、もう一つのセットプレイを教えていた。
隠していたわけではないが、この大会で使うことは一度もなかった。
勝てる試合では出来るだけ、打って勝つというのが国立の方針だったので。
なので勇名館バッテリーは、初球のバントに対応が遅れた。
右打者の一番で、足の速さはトップレベルではない。
ツーアウトなので強い打球で抜かれないよう、内野はやや深めに守っていた。
それを見た上でのバントで、三塁ランナーは普通にスタートしていた。
ホームはもちろん間に合わないが、ファーストはどうなのか。
ボールを捕りに行ったサードは、ピッチャーの榎木もダッシュしているのに気づいた。
「こっち!」
そう声をかけて捕球するも、これは素手でそのまま捕るべきだったろう。
わずかな判断ミスで、ファーストはセーフになった。
白富東にとって、待望の追加点。
塁上でピースをする高瀬に、サムズアップする国立であった。
勇名館は最後までしぶとかった。
最終回にランナーを出し、そして打ってくる。
だがここで粘り強く投げられるのが、今の優也である。
(俺も成長したもんだな)
潮の指示に従って、無理に一点を守るより、着実にアウトを取ってランナーをなくした。
完封にこだわるというのも、ピッチャーの一つの姿であったろう。
しかし深く内野が守っていたことにより、強い打球で抜かれることがなかった。
三塁にいたランナーがホームを踏んだが、その間に一塁でバッターはアウト。
これで塁上のランナーはいなくなった。
2-1でツーアウト、ホームランを打たれても同点という場面。
勇名館は代打を出すかとも思ったが、そのままバッターに打たせてくる。
優也のスライダーにより、最後は空振り三振でゲームセット。
白富東は2-1で県大会優勝を決めた。
大事なのは、関東大会でもちゃんと勝つこと。
ベスト4まで勝ち進めば、ほぼセンバツ出場は決定する。
一回戦を他県の一位と当たらないだけ、優勝した価値はある。
もっとも神奈川と埼玉は、この秋はかなりの混戦となっているようだが。
ニコニコと笑う国立を見ながら、スタンドに応援への挨拶に行く。
これで秋の県大会は、また二年連続で関東大会出場だ。
今度こそベスト4まで残って、センバツを確定させたい。
それに成功すれば、少なくとも去年より弱いとはもう言われないだろう。
国立としては、まだまだ不安は残る。
やはり耕作という、長いイニングを安定して投げられる、どんなチームでも三番手ぐらには入るピッチャーがいなくなったのが痛い。
関東大会も同じく土日を使って行われるので、そこではピッチャーが連投となる。
メインで投げるのは優也になるだろうが、どこまで他のピッチャーでイニングを潰せるかで、負担は変わってくる。
クジ運がよければ、一回戦と二回戦の間に、一日の休みがある。
もちろんそれは相手チームもそうなのだが、関東大会まで出てくるようなチームは、他の何よりピッチャーの選手層が厚いのだ。
一人のエースでは勝ち進めなくなった時代。
二番手以降のピッチャーをどう鍛えるかが、重要な問題となっている。
(二回戦までを勝てばベスト4だから、よほど無様に負けない限りはセンバツ出場は決定する)
国立としては日程の都合上も、どうにかそこまでは勝ってほしいのだ。
開催地は神奈川県。
よりにもよって超強豪の神奈川から、三チームも出てくる今年は、他のチームにとっては運が悪い。
だが別に神奈川に限らず、強いところしか出てきていないのだ。
そこで勝つことで、そのまま甲子園に続くことになる。
国立は去年よりも今年の方が、選手の伸び代は多いと見ている。
特に一年生は、冬の間のトレーニングで、どれだけ伸ばすことが出来るか。
ぜひセンバツに参加して、一冬の成果を見せたいと国立は思っていた。
だがよりにもよって、一回戦が神奈川三位の横浜学一である。
かつて甲子園の春夏連覇も果たした、全国レベルでさえ屈指の強豪校。
さすがに運が悪いなと、国立も苦笑いしたものである。
だがその組み合わせを聞いた優也は、むしろ笑っていた。
「横浜学一……恨み晴らさでおくべきか」
「え、なんか因縁あるの?」
「セレクションで俺を落としやがったんだよ」
甲子園のマウンドに立って、もう中学時代の扱いは、忘却の彼方にある。
だが同じく落とした春日部光栄には、きっちりとお返しをした。
これでセレクションを落としたチームと当たるのは二度目。
優也の復讐は、微妙ではあるがまだ終わっていない。
策略などではなく、真正面から制圧する。
それが正しい復讐のやり方であろう。
「まあ先発は渡辺君かな」
「なんで!」
優也に告げる国立は、笑いながらも非情であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます