第68話 関東大会への出場は決定しました

 白富東の新チームは弱いなどと、いったい誰が言っていたのか。

 確かに県大会の序盤からドタバタとしてはいたが、結果を見れば準々決勝と準決勝を圧勝。

 むしろ去年の秋の時点より、強いのではないかとさえ思われる。


 少なくとも、ピッチャーは間違いなくいい。

 本格右腕で140km台半ばのストレートを調子よく投げて、スライダーという決め球も持っている。

 春日部光栄ならずとも、セレクションで落とした高校の運営陣は、夏から引き続いて頭を抱えていた。


 準々決勝を投げておらず、準決勝もコールドで100球も投げていないため、優也には疲れはない。

 だが翌日の決勝、勇名館を相手の先発のマウンドに立ったのは優也ではなかった。

 そして準々決勝を投げた渡辺でもなかった。

 彼は、背番号2を付けていた。

 キャッチャーのはずの山口が、先発のマウンドに上がっていたのである。




 二年のキャッチャー山口は、おとなしい性格をしていると言われる。

 だが実際には普通に会話もするし、バカ話にも付き合う。

 ただ目立つのが苦手というのは、確かなことなのだ。

 リトルではピッチャーをやっていたが、何か性に合わなかった。

 キャッチャーポジションを示されて、ここは自分に合っているなど思ったものだ。

 もっとも国立からすると、キャッチャーもちゃんと強く意思を持ち、ピッチャーを導く場面が必要になるはずなのだ。


 センバツに出場するのには、関東大会を勝ち進まなければいけない。

 優也と渡辺の二人だけでは、ピッチャーの枚数に不安が残る。日程もハードだ。

 正志などにも投げさせたが、ボールの強さだけで短いイニングを抑えるのはともかく、本格的な先発としては使えない。

 ブルペンでは投げさせていたが、試合で投げるのは練習試合も含めて初めてだ。

 ショック療法などというのは、国立としては珍しい。

(でもまあツーシームとチェンジアップあるし、どうにかならないかな)

 決勝ではあるが、既に関東大会出場は決まっている。

 この微妙な位置づけの試合で、山口はどれだけ投げられるのか。


「打たれたら全部監督のせいにしましょう」

 投球練習の前に、二人きりで潮はそんなことを言った。

 正直なところ、色々な意図はあるのだろうが、国立のこの起用法には反対の潮である。

「でもなあ」

「国立監督は名将かもしれませんけど、さすがにこれは無茶です」

 選手の起用法は、監督に一任されている。

 だがさすがに横暴だと潮は思うのだ。


 即席ではないが、久しぶりの試合で投げるピッチャー。

 さらに相手には先攻を取られていて、先制点でプレッシャーを緩和することも出来ない。

 この一回の表が、いきなり山場になるかもしれない。


 勇名館の先頭打者をバッターボックスに迎えて、マウンドの山口は戸惑っている。

 それはプレッシャーなどをあまり感じていない、自分に対してた。

 潮の言うように、打たれたら監督のせいと考えているからでもない、

 ただ、これはなんなのだろう。

 マウンドに立っていても、一人だとは感じなくなっている。


 キャッチャーである潮のミットが大きく見える。

 一年生でまだ発展途上だが、確かに信じられるものがある。

(なんだろうな?)

 首を傾げながらも、山口はピッチングを開始した。




 一番と二番が、揃って三球ずつで内野ゴロになる。

「手元で動いてるのか?」

 勇名館の古賀監督は、そうバッターに尋ねる。

「いえ……」

 勇名館の先頭打者が、打ち損じたのだ。

 確かにそこそこスピードは出ていたと思うが。

「手元で少し沈む感じがしました」

「スプリットなのか?」

「いやそんな分かりやすい変化でもなくて、単純に伸びがないというか」


 伸びないストレート。

 それは純粋に打ちやすいストレートではないのか。

「想像以上に来ないって言うか、少しチェンジアップっぽさもあって。でもチェンジアップはチェンジアップで投げてました」

「あとの球種、もう一つあったな?」

「ツーシームだと思います。これは打てると思います」

「ストレートが特徴的なんだな……」

 そして古賀は考える。


 一つ確実に言えること。

 この山口という選手が、少なくとも高校入学以降は、ピッチャーとして公式戦絵投げてないこと。

 それを決勝の先発にするとは、あちらの監督の国立は名将だと思うが、その評価を変える必要があるかもしれない。

 名将であることは間違いないが、純粋な正統派ではなく、奇略も駆使してくる。

 それでなければ甲子園になどいけないだろう。千葉県のチーム数の多さは、単純な正統派や軟投派や、真っ向勝負や奇襲の繰り返しなど、全ての事態を考えていないといけない。


 球速の割りにキレと伸びがない。

 普通なら棒球になるところだが、手元で少しだけ落ちるために、打ち損じている。

 そういうミート出来ない球は、当然重くも感じているだろう。

(先のことまで考えているのか)

 関東大会に出場して、センバツを狙っていく。

 そこまでと、そのセンバツに出場してからが、白富東の目指す目標だ。


 耕作が引退したことは、純粋に一人のピッチャーとしては、それほど大きな存在ではない。

 だが投手にバリエーションを増やすという点では、右の純粋な本格派というもの以外を必要としたのだ。

 本格派でも技巧派でもなく軟投派でもない。

 その中から強いて選ぶなら、軟投派の奇形となるのだろうか。


 とりあえず、古賀は分かった。

「ピッチャーとしてはそうたいしたものじゃない。だけど継投で仕掛けてくるな」

 白富東の他の二人は、紛れもない本格派である。

 その球質を活かすためにも、先にこういうピッチャーを使ってきたのか。


 それ自体は悪い考えではないと思う。

 だが山口は控えのキャッチャーでもある。

 ここまでの試合では、潮と山口がほぼ同じ割合でマスクを被っている。

 三番手以降のキャッチャーは、あまり頼りにならないということか。


 打順を見ても、ピッチャーの山口が三番に入っている。

 そして五番には、ここまである程度投げてきた渡辺が入っているのだ。

(おそらく短いイニングで継投して、長いイニングを一年の山根に投げさせる)

 ファーストに入っているのが優也なので、そう古賀が見るのは自然である。


 とりあえずこの回は、勇名館の打者は全員が内野ゴロでアウト。

 上出来の立ち上がりに、国立はニコニコと笑っていた。




 勇名館のエース榎木は、夏にも白富東と対戦したピッチャーである。

 甲子園を逃したチームは、長い夏休みを過酷な練習で過ごす。

 夏場は確かにバテやすいが、暑さによる集中力の衰えを別にしたら、故障の可能性を少なく、選手を鍛えられる季節ではある。


 この榎木を相手に、夏は正志と悠木を並べて対抗したわけだ。

 国立としては正志が立ち直ってくれたのが一番嬉しい。

 ただしそのパフォーマンスは、何かあれば切れてしまうような、そんなぎりぎりの集中力を持ってはいない。

 この夏までの正志は、明らかに異常であったのだ。

 それでも主砲となるのは、正志が第一候補であるのだが。


 こちらも三人でしとめたいなと思っていた古賀であるが、そう都合よくはいかない。

 今の白富東は、四番までが右打者で固まっているのだ。

 左対左で存在するというピッチャーの有利が、あまり発生しないのだ。

 それはもう仕方のないことで、榎木以外をマウンドに上げるわけにもいかない。


 一番の高瀬は内野ゴロに倒れたが、二番の清水の打球は内野の間を抜けていった。

 クリーンヒットでランナーを出し、そして三番は今日の先発の山口である。

 打率はそこそこ、ただけっこうパンチ力はあるバッター。

(う~ん……ゲッツーが取れればいいんだが)

 古賀としては正志の前で切っておきたい。


 だが山口も、二球目を強打する。

 打球のコースはサード正面であったが、その勢いが強く、グラブを弾く。

 二塁には間に合わない。

「一つ!」

 こちらはかろうじて間に合って、送りバントのような形になった。


 ツーアウト二塁で四番。

 判断の難しい場面だが、古賀はここは歩かせる。

 微妙なところを攻めるのでもなく、申告敬遠であっさりと歩かせてしまった。

 榎木のプライドを傷つけるかもしれないが、今日の榎木はあまりよくない。

 打球が全部ゴロになっているということは、想定されているより伸びていないのだ。

 そして打球自体は、それなりに強い。

 向こうがアジャストしてきたら、普通にヒットになっていくだろう。

 そして正志なら、最初の打席から合わせてくると考えた。


 ツーアウトでランナー一二塁。

 こんなに早い回でもう歩かせるのかと、国立は古賀の判断について考える。

 榎木は速球を投げるが、三振を取れていない。

 内野ゴロがいずれも強い打球だった。

 そして古賀と同じ結論に至る。


 五番の渡辺に送るサインは、見てから打てという、単純なものである。

 そして渡辺は実際に、見てから打った。

 これも強烈な打球だが、先ほどは弾いたサードが横っ飛びに取ってライナーアウト。

 ランナー二者残塁で、一回の裏は終わる。




 控えのピッチャーを使って、三者凡退にしとめた白富東。

 エースがそれなりに強い打球を打たれて、それを守備がフォローした勇名館。

 一回の攻防だけを見ると、白富東が押しているように見える。

 だがエースの気持ちが切り替われば、一気に形勢は逆転する。

 大事なのは先制点をどちらが奪うかだ。


 国立は守備陣をまたグラウンドへ送り出す。

 ただここで勇名館は、四番の郷田からである。

 シングルならいいと言ってあるが、さてどういったバッティングを見せてくるか。

 まずは外のボール球から入ったバッテリーである。


 潮は郷田を観察する。

(バットの角度とか考えて、低めでも長打にしてしまう力はある)

 キャッチャーボックスから見るのは初めてなので、ここで一度スイングを見たいのだが。


 二球目は高めに外したインハイであるが振ってきた。

 真後ろに飛んだファールなので、タイミングは合っているということだ。

(ラッキーだった。でも今の球を前に飛ばせないってことは、そういうことなのかな)

 チェンジアップを使って緩急を付ける。

 これでボール先行だが、次の球がどうなるか。


 再びのインハイ。今度はミートする。

 その打球はショートの正面のライナーとなって、グラブの中に納まった。

(ミートはしたけど、上に上がらないボールになった)

 あれはつまり、低目を掬っていく意識が強く、高めはむしろレベルスイングで単打どまりになるということか。

 結論付けるのは早いが、今の打席だけを見るなら、潮のリードは成功した。

(けど、まだここからもいいバッターが続くぞ)

 気を引き締めて、潮は山口のリードに戻る。




 二回の表も、六番の優也から始まる白富東はチャンスである。

 榎木は苦しみながらも、ストレートは際どいところに投げて、スプリットでカウントを取りに来る。

(スプリットの多用って、あんまり肘に良くないはずだよな)

 優也はそう考えつつ、高めに外れたストレートを打ってしまう。

 これがセンター前のヒットになるあたり、打てるボールなら打つという姿勢は正しいのかとも思える。


 ただ今年の白富東は、ここから二人があまり打撃に期待できない。

 ショートとセンターというポジションなので、そこを重視しているのだ。

 ただそれでも進塁打は打って、優也を三塁までには進める。

 そしてラストバッターの潮である。


 ラストバッターであるが、それなりに打っている。

 一年生なのでキャッチャーに専念ということで、ラストバッターになっているタイプだ。

 それが分かっていたため、榎木は別に油断していたわけではない。

 だが、球が甘く入ったのは事実だ。


 ラストバッターには、必ず甘く入った球が投げられる。

 潮はずっとそう考えていて、そして実際の機会を逃さなかった。

 レフト前に落ちた、クリーンヒットはもちろん一点をもたらす。

 ベンチからの「ナイバッチー!」に手を振って応じる潮であった。


×××


 ※ 今年の白富東は弱いと言ったのは誰だ!? はい、ワイです。

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