第51話 二回戦に突入します

 今年の甲子園は、特に天候の不順などもなく、順調に試合を消化していっている。

 四日目を勝ちあがった中には、明倫館があった。

 この数年はほとんど毎回甲子園に出場し、しかもベスト4以上に勝ち残っている場合が多い。

 順調に行けば三回戦で、大阪光陰と対決する。


 今年の大阪光陰は、一年生に化け物がいるが、それ以外にも隙がない。

 隙があればそこを突き、なくても無理矢理隙を作る、明倫館の緻密な野球が嵌れば、勝てないまでも底を見せてくれるかもしれない。

 ただ甲子園で絶対に優勝出来るなどと確信出来るチームは、まずありえない。

 SS世代の最後の一年は、さすがにどうやったら負けるのだろうと、国立も思っていたものだ。

 翌年も春夏連覇したが、あれはかなりの接戦であった。

 ただ強いだかで勝つには、甲子園は難しすぎる。

 近年大阪光陰と白富東が強すぎただけで、本来はここまで強さが成績に直結するものではないのだ。


 今年の大阪光陰の恐ろしいところは、投手力である。

 府大会を五人のピッチャーで回したのだが、そのうちの三人が防御率は1を切ってくるのだ。

 これを相手にどうやって戦うのか。

 大庭監督に期待する国立であるが、実は大庭はこの時期、監督ではなくコーチをしている。

 采配よりも育成を担当し、また次の監督就任において、選手たちを指揮して甲子園優勝を狙う。

 どうせならなってみたいだろう。そして一度なると、もっと何度もなりたくなる。

 甲子園優勝監督。

 その誘惑から逃れるのが、大庭の人生における戦いと言えようか。




 一回戦は続いていく。

 大会五日目は一回戦の残り二試合と、二回戦から出場のチームの試合二つが行われる。 

 コレハやはりクジ運だなとは思いつつ、一試合少ないチームはピッチャーの疲労的に有利だ。

 白富東の入った山だと、三回戦と準々決勝の間に、休養日がない。

 ここでどうピッチャーを温存するかが、起用面での大きな課題となるだろう。


 五日目、滋賀の琵琶学園が、優勝候補の有力校、青森明星を撃破。

 そもそも琵琶学園は、県大会の段階で、本命でも対抗でもなくダークホースと呼ばれていた。

 この山はそこそこ強いチームがいて、有力校は少ない。

 意外とベスト8ぐらいまで残ってくるのかもしれない。


 そして一回戦を免れた運の強いチームの中では、東名大相模原がその地力でもって、危なげなく勝利。

 続いて福島代表の、聖照学園が勝ちあがった。

 聖照学園は福島の中では一強と言われていて、この20年間もほとんど毎年のように出場をしている。

 ただ県内無双をしていると、全国大会では逆に競争力が落ちるようなのだが。

 神奈川などは東名大相模原以外にも、横浜学一や神奈川湘南などが、甲子園でも有力校となる。

 県内で争い続けるチームこそ、逆に甲子園で優勝する可能性を高く持っているということか。


 白富東の場合も、県内ではかなり一強と言ってもいいぐらいだろう。

 だが関東大会で格上のチームとの対戦が多いので、全国大会での競争力を保っていると考えるべきか。

 東京のこれまた有力校と、練習試合が行いやすいのが、レベルの維持に重要なのだろう。




 二回戦から登場のチームの初戦がまだ残っているが、一回戦は全て終了した。

 目立ったのはやはり帝都一、大阪光陰に東名大相模原か。

 毎年強いチームが、順当に勝ちあがってきている。

 中でも大阪光陰は、スーパー一年生の凄さが規格外であった。


 まず目の前の試合をと思いながらも、国立は大阪光陰のデータは積極的に集める。

 当たるとしたら準々決勝以降。

 それまでにどう攻略法を見つけるかが、勝利の鍵となる。

 こちらのピッチャーのスタミナをどう温存できるかも、重要なポイントだ。

 今の白富東には、絶対的なエースはいない。

 エースを温存して強豪にぶつけるという手段が、そうそう使えないのだから。


 六日目からは全てが二回戦だ。

 前橋実業と浦和秀学が勝ちあがって、群馬と埼玉の関東対決が三回戦で行われることとなった。

 関東のチームと言れば、これまた栃木では一強が続く刷新が、石川の聖稜に敗北した。

 だがこのあたりは別に、波乱と言うほどの波乱でもない。

 

 そして七日目、センバツ優勝の名徳の登場。

 あっさりと三回戦進出を決め、第二試合で勝利した帝都一との対戦が実現した。

 事実上の決勝戦とまでは言わないが、どちらも超名門の超強豪で、対戦が楽しみなカードである。

 国立としてはこういうものは、やはり強豪同士は潰しあってくれるのがありがたい。

 情けない話かもしれないが、白富東の戦力は、普通に戦っただけでは全国制覇は難しいと思うのだ。


 また天凜が勝ったことによって、白富東が二回戦で勝った場合の、相手チームも決まった。

 そしてここで七日目が終わり、八日目の第一試合が、白富東の登場である。

 戦力的に見れば、明らかに白富東には劣る。

 だが一回戦では、これも格上と思える熊本商工に、しっかりと勝っているのだ。

 ピッチャーを攻略したら、おそらく勝てるのだとは思う。

 だが一回戦の映像を見ても、単純に強打え勝っていくのは難しいのではないか。


 ミーティングにて、もう一度方針を徹底する。

 だがその中には、例外を作っておく。

 単純に正攻法で戦うのでは、勝つか負けるか分からない。

 ならば少しでも勝つ確率を、高めることが重要なのだ。




 前日の夜、正志はスマホで千葉の病院とやり取りをしていた。

 他の選手は家族が応援に来ているのだが、正志の家だけは難しい。

 病室を移す画面。

 家族がそろって、病室にいる。


 母は、やせ衰えているわけではない。

 むしろ顔などは、むくんでいるのだ。

 運動をしないから、などと言っているが、間違いなくそんなことではない。

 詳しくは父や祖母しか知らないが、画面の向こうの家族と、正志は話す。


 二回戦、また自分の試合を見ていてもらうことが出来る。

 一本ぐらいホームランを打って、大歓声を浴びるところを見せたい。

 勝って勝って、勝ちまくっている間は、その時が来ないような気がする。

 だが最後まで勝った時に、本当に奇跡は起きるのか。


 起きるはずがないと、頭の一部が考えようとしている。

 そのたびに正志は、強い意志でその考えをねじ伏せているのだ。

 自分に出来ることをする。

 それは別にこんな事態でなくても、生きていればずっと続くことのような気もするのだ。


 人はやがて死ぬ。

 死なないまでも、衰えていく。

 それを知っているからこそ、正志は目の前のことに最大に集中する重要さを感じている。

(俺はプロになる)

 心の中で、何度も唱える。

(プロになって、誰もが、俺を見るようにしてみせる)

 それが正志の意思だ。


 ほとんどの人間は、その生涯は別に、他の人間でも達成できることをして生きていく。

 それは悪いことではなく、普通に人間の社会を回すためには、必要な仕事というのはあるのだ。

 だが正志が考えているのは、夢見た世界。

 ほんの一握りの人間が進む場所へ、自分も進むのだ。


 その姿を見せたい。

 来年も再来年も、甲子園はある。

 そこで活躍する姿を、そしてやがてはプロで活躍する姿を、見ていてほしい。

 そうは思うが、それがかなわない希望であるのは、心の底にある澱みが、しっかりと悟ってしまっている。

「あしたも見てて」

 正志はそう言って、回線を切る。

 その直後に母が、苦しそうな表情を浮かべるのを、彼は知らない。




 部屋に戻った正志は、潮の視線を受けた。

 自分は大丈夫だと、強く頷いてみせる。

 そんな正志の動きを、マネージャーのマナも見ていた。


 病院に勤務する母から、マナは教えてもらっている。

 もちろん厳密に言えば問題なのだろうが、そんなことを無視してでも、選手の管理をしていくのが、まさにマネージャーの仕事だ。

 おそらくは、あと二週間以内。

 下手をすれば三日以内にも、致命的な症状になってもおかしくない。

 既にどうにかなる地点は過ぎてしまっている。

 まだ生きているのは、命の輝きの、最後の燐光にすぎない。


 マナにとって死は、他の同級生に比べると、少しだけ身近なものだ。

 母が看護師ということもあって、ほんの少しだけシビアな判断が出来る。

 そして野球部の中では、耕作も生命の最後を、しっかりと分かってくれている。

 耕作の実家は畑作農家であるが、農民の中でも畜産を行っていれば、自然と命の誕生と別れには立ち会うものだ。

 それが家畜であれ人間であれ、耕作も肉親の死は経験している。


 誰だって、なんだって死ぬのだ。

 だからしっかりと生きないといけないし、そして命がつながっていくのを見なければいけない。

 多くの野球部の人間にとっては、甲子園というのはお祭り騒ぎだ。

 だがその中でも、違う意味で必死で戦っている者もいる。


 奇跡が起こる舞台だが、それはあくまで野球に関すること。

 ドラマティックな舞台は、これまでにもどれだけの悲喜劇を見てきたことか。

 命を賭けたからといって、優勝出来るわけではない。

 どうしようもなくリアルな戦場が、甲子園なのである。

(勝たないとな……)

 キャプテンである耕作は、全てを知った上で背負い続ける。

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