第6話 初勝利

 試合は順調に推移していった。

 二年前の秋に比べて、戦力の継承が上手くなされている。

 ピッチャーを除く八つのポジションのうち、三年生が確保しているのが六つ。

 そして二年生と一年生が一人ずつ入っているわけだが、三年生でも確実にスタメンが保証されているのは、キャッチャーの塩谷と四番の悠木ぐらいか。

 正捕手と四番は動かせない。

 だが他のポジションは、夏までには入れ替わる可能性がある。


 切磋琢磨する状況は、よりその成長を速くする。

 限界だと思っていた壁が、まだ越えられるものだと、気づくのが若い力だ。

 何よりありがたいのは、計算出来るピッチャーが一人増えたこと。

 しかもエースクラスのピッチャーである。


 もちろんフィジカルもテクニックも、足りていないところだらけだ。

 だが逆に言うとそこを修正し改善し鍛錬していくだけでも、どんどんと伸びていく余地がある。

 夏の県大会を勝ち抜いて甲子園に行くには、使えるピッチャーが二人はいてほしい。

 現在のところ1番は耕作が持っているが、他に予選レベルなら使えるピッチャーが二人いる。

 日程的には甲子園より厳しい県大会だが、幸い甲子園と違ってコールドがある。

 二年前の夏のことを考えても、ピッチャーに過剰に期待するのではなく、打撃戦で勝ち抜いた方がいいだろう。


 五回の裏は必要なかった。

 表が終わった時点で、12-0と圧勝。

 優也は被安打二、四死球三で五回を完封。

 まずデビュー戦としては、成功と言っていいだろう。

 用意していたリリーフを使わずに済んだことが、国立としては収穫だ。

 ただ白富東の投手起用の戦略としては、四死球が多い。


 フォアボールなどというのは余分に球数も投げた上に、バッティングのリスクなしでバッターを塁に出すものである。

 それならあっさり初球をヒットにされた方が、まだマシだ。

 出会い頭に打たれたヒットと、球数を重ねた末のフォアボール。

 白富東のロジックでは、まだ打たれた方がいいという判断になっている。




 あれだけの圧勝だったのに、学校に戻れば反省のミーティングが行われる。

 攻撃においてまだ、改善の余地があるのだ。

 バッターはどうしてもタイミングが合わないピッチャーであったり、その日によって調子が悪いこともある。

 打撃が水物と呼ばれる所以である。

 しかし打てないなら打てないで、貢献できることはあるのだ。


 ピッチャー前へのセーフティバント。

 足が速い遅いに関係なく、戦術の一つとして持っておくべきである。

 それにバントが上手いということは、いざという時の送りバントや、スクイズに役立つ。

 白富東はノーアウト一塁をワンナウト二塁にする送りバントはめったにしないが、ノーアウト二塁をワンナウト三塁にする送りバントは多用する。

 一つの守備側のミスで、確実に一点が入るからだ。

 クリーンヒットであっても、二塁からホームまで帰ってくることは難しい。

 だがタッチアップにエラーなど、三塁にまで進んでおけば、確実にその一つで一点が入る。


 今の白富東で、好きに打たせてもらえるのは、四番の悠木ぐらいだ。

 去年の夏には甲子園でも一本打っていたこの強打者は、プロのスカウトからも注目を浴びている。

 ただし性格にちょっと癖があるので、そこがどう評価されるかだが。


 そして優也の方は、ピッチング内容についての反省と言うよりは、フォームの変遷を見せられた。

 ボールが甘いコースに入ったり、ヒットを打たれた時のフォームを見せられると、しっかりとフォームが固定されていないことが分かる。

 フォアボールが多かったとか、ヒットを打たれたとか、そういう結果は問題にしない。

 問題にするのは、その発端であるフォームの部分だ。

「フォームを徹底して固めるのと、あとはクイック、牽制あたりが課題かな」

 バッテリーコーチの言葉を聞いても、ふんふんと優也が素直に頷けるのは、守備の堅さでアウトを増やしてもらったことがある。

 シニア時代はエラーから、自分のピッチングを崩してしまうことも多かったのだ。


 あくまでも科学的に、結果を見せてくる。

 なので優也も、不用意に反感を覚えることはない。

 目の前にあるのは過去の事実。

 そしてそれを修正することと、その先にある未来の自分の姿を見ること。

「カーブがあるのはいいけど、将来的なことを考えると、チェンジアップも投げられるようになったらいいかな」

 まずは明日からも、春の大会で勝ち抜くことが重要だ。


 そして優也は、この日の最速のストレートを見せられた。

 139kmが出ていた時のフォームは、想像していたよりもずっと、普段のフォームに近かった。

 逆に力んでスピードを出そうとしていると、体の開きが左腕の動きに連動して、早くなってしまう。

 ちなみに球速も上がらない。

「一か月で5kmのアップを目指そうか」

 それは140kmオーバーということで、全国レベルのピッチャーの一つの基準となる。

「ただ君はストレートじゃなくて、スライダーが一番いいね。上手くカットと切り替えることが出来ればいいんだけど」

 もちろんダメ出しも出た。


 優也のストレートにはキレがあるので、相手を詰まらせることは出来る。

 だが回転軸がしっかりとしていないので、ホップ成分は少ない。

 だからといってそれがまずいというわけではなく、要はどうコンビネーションを組み立てていくかだ。

 佐藤直史が甲子園でパーフェクトを達成した時、あるいはワールドカップで最優秀救援投手に選ばれた時、そのストレートは140kmを出してはいなかったのだ。


 土日に試合をして、平日は練習。

 課題は明確であり、教え方は合理的。

 辛いのは体力強化面であるが、今の一年はほとんどが基礎体力とフィジカル強化にあてられている。

 ただしベンチ入りしているメンバーは、そこからは除外される。

 試合からの体力回復と、微調整が重要になるのだ。


 五回までを投げたが、優也の体に疲れは残らない。

 だが一年生を酷使するのは、白富東の野球ではない。




 夏休みがある夏の大会と違い、春や秋の大会は、土日や休日を使って、一気に試合が消化されていく。

 つまりピッチャーに連投があるということだ。

 これに勝てばとりあえず、県大会本戦に進めるという二回戦、ピッチャーは上級生である。

 優也は充分に投げられると思っているが、はっきり言えばそれでも投げすぎなのである。

 全力でのピッチングというのは、本来そのパワーによって、指先までの毛細血管が断裂したりする。

 これをすぐに痺れが取れるため、無視してしまうピッチャーは多い。

 だが単純に考えて、毛細血管が断裂すれば血流が悪くなり、回復力は低下するのだ。

 もっとも球速によるし、人によるとも言えるのが回復力である。


 二回戦は序盤に点を取られたが、それ以上に点を取る展開。

 野球は相手を0に封じるのでもなく、大量点を取るのでもなく、九回が終わった時に一点でもリードしていればいいスポーツだ。

 よって投手力の不足は、打力の充実で埋めることが出来る。

 この試合にスタメンで出ていた正志は、一打席目から外野を越える当たりを打ったりしていた。


 最終的に一点でもリードしていればいいというのも本当だが、県大会まではピッチャーの消耗を考えるなら、コールドゲームを意識していく。

 最初のイニングに、出来れば三点以上。

 五回コールドのためには一イニングに二点以上の得点が必要だが、さらにその以上に得点すれば、相手の士気を失わせる効果が発生する。

 結果的にはスコアは13-2でまたも五回コールド。

 ピッチャーはヒットこそそれなりに打たれたが、フォアボールは一つしかなかった。

 これが現在の白富東の守備に合わせたピッチングである。


 この試合においては正志が活躍し、四打数の三安打で三打点。

 まだ相手が弱いとは言え、高校野球のレベルには適応している。

 ただ高く打ち上げたボールが、スタンドにまで届かなかったのは気にしていた。




 二回勝利したことにより、県大会の本戦への出場は決定した。

 だが公式戦の経験は、どんどんと積んでおきたい。

 春の大会で圧勝しておけば、夏の大会では心理的に優位にも立てる。

 もっともそれが、相手を甘く見ることにつながってはまずいが。

 それにこのレベルの相手であれば、圧勝しないとまずいのである。

 

 三回戦までは、特に強いところと当たるわけではない。

 一番の問題は、やはり地区大会決勝で勇名館と当たること。

 ここで勝っておかないと、春の県大会本戦で厳しい山に入るかもしれない。

 大切なのは夏であるが、そのためにも春にも結果を残しておかないといけない。


 夏の大会で当たる強豪、特に勇名館とトーチバは、どちらか一校だけにしたい。

 今年の白富東は明らかに、これまでになく投手力が弱い。

 全国レベルで通用するピッチャーはいないのである。

 耕作は折れないメンタルと、崩れない粘りを持つピッチャーであるが、試合を制圧するような力はない。

 恐れるのは打撃戦で、白富東も国立の指導で打撃力を増したと言っても、得点につなげていくのはこれからの仕上げだ。


 冬の間の練習とトレーニングは、上手くいったと思う。

 それに今年は一人、即戦力の一年バッターも入ってきた。

 その家庭に抱えている問題は、かなり深刻なものではある。

 だがそれが逆に、強い動機となって試合に臨ませている。

 全てのことには、二面性がある。

 不幸であることさえも、力にすることが出来るかどうかで、その人間の一生は決まると考えてもいい。


 あとはピッチャーである。

 ピッチングコーチの目からすると、エースナンバーを背負った耕作も含めて、優也は一番ピッチャーとしての資質は高い。

 だがコントロールに欠ける。

 ピッチングのコントロールだけではなく、メンタルのコントロールなどもだ。

 ボディバランスを取るためのコントロールもまだ未熟。

 だが体格やフォームを見る限り、三年になるまで鍛え上げれば、おそらく全国区のピッチャーにはなりうる。


 適切なトレーニングをすれば、140kmを出すのは難しくない時代。

 だが150kmともなれば、さすがにそうそう出せる素質がある者は少ない。

 球種はスライダーが既に一流。

 しかしこれもまた、磨いていく余地が存分にある。


 去年の秋、関東大会に進出できたのは、かなり運もあった。

 むしろその前年の方が、戦力としてはピッチャーの力で上回っていたものだが。

 優也ほどのピッチャーが、スカウトもされずにセレクションも落ちた理由。

 それは内申などを見ていれば、分からないことはないのだ。

 だがこの舞台は高校野球。

 人間的に未熟な者はいて当然。

 それをちゃんと導くことこそが、教育であろう。

 リスクを考えて優也を取らなかったことを、この春にさっそく、関東のチームは思い知るかもしれない。




 三回戦と四回戦、白富東は順調に地区大会を勝ち進んでいった。

 そして上がってきた決勝の相手も、予想通りのチームである。

 トーチバと並び、千葉の私立強豪二強と呼ばれるチーム。

 ただ事前の情報を分析する限りでは、大きな上積みはない。


 県大会まで進んでも、また対決する可能性はある。

 そして夏においても、トーチバと並んで警戒すべきチームではある。

 何より勇名館は、ピッチャーがいい。

 過去に甲子園に進んだ時も、勇名館にはいいピッチャーがいたものだ。


 ベスト4の常連二校。

 おそらく県大会本戦でも、勝ち上がって対決する可能性はある。

 だが春の県大会は、とりあえず決勝にさえ出られればいい。

 甲子園でも好成績を残すチームの多い、関東の強豪たち。

 練習試合では味わえない、強豪の本気。

 それを体感するために、なんとか関東大会には進んでおきたい。


 そして勇名館。

 高校球児の本当の舞台である夏の甲子園。

 そこを目指して戦う、強力なライバルチーム。

 前哨戦として戦えるのは、どちらにとっても運がいいと言えよう。


 問題はピッチャーの運用である。

 ここまで結果を残してきた中では、一年の優也がいい。

 だが波があるのは確かで、それが夏までに改善されるかは微妙なところだ。

 単純に鍛えればいいだけの肉体と、メンタルは違うのだから。

 しかし経験こそが、メンタルを変えることは、充分にありうることなのだ。


 目先の結果を求めるか、それとも敗北してでも経験とするか。

 既に県大会本戦に進めると決まっているのだから、ここは経験と割り切ってもいい。

 問題なのは、その経験が悪い方にも働くかもしれないということだが。

(まあそこは、大丈夫かな)

 今年の一年生は、何気に粒ぞろいだ。

 三年になって、優也が上手くエースとして育ってくれるなら、甲子園を勝ち進むことも目指せるだろう。

 ただピッチャー一枚では、勝ち進めないのが現在の甲子園であるが。


 春の大会、ブロック大会決勝戦。

 春になってからの試合では、間違いなく最強のチームとの対戦である。

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