第7話 私立の強豪
実際はかなり際どい試合もあるのだが、現在の千葉は白富東一強と言われている。
それもまあ、六年連続で夏の甲子園に出場していたら、そう思われても仕方がない。
その白富東、SS世代が一年生であった夏に、黒星をつけた勇名館。
白富東が全盛期を迎え、そして何度も「去年よりは弱い」と言われているが千葉県の代表として夏の覇権を誇っているのだが、白富東以外で最後に夏を制したのはこの勇名館である。
この年、勇名館の古賀監督は、かなりの手応えを感じている。
エース、四番、正捕手の三ポジションに、かなりの強力な選手が揃った。
あの甲子園に出た夏よりも、さらに戦力は充実している。
秋には関東大会出場も果たし、あと一歩でセンバツにも出られるところだった。
そして何より、今年の白富東は弱い。はずだ。
とりあえず投手力では上回っていると思うのだが、一年になかなか活きのいいピッチャーが入ったらしいし、他の私立に行くはずだった特待生が、なぜか白富東に入ったりしている。
白富東は、どこか運のいいチームであると思うのだ。
全て実力で勝っているとは、確かに言える。だが歴代の選手を見てみると、普通なら他のチームに行っているような選手や、中学時代は全く無名の選手が覚醒している。
あとは留学生・帰国子女枠を使っていたというのもあるが、この数年はそこからの戦力の補充は見られない。
聖勇気がプロに進まず、アメリカに行ってしまったのは驚きであったが。
蓮池との投手戦は、佐藤兄弟と真田との投手戦に次ぐほどの、名勝負であったと思う。
そして投げすぎて次の試合で負けてしまったのも、燃え尽きた感じがしていい。
勇名館が自信を持てるのは、主力の三人がまだ二年生であること。
今年の夏も充分に甲子園を狙う戦力は整っているが、本命は来年だろう。
白富東はピッチャー以外は、総合的に勇名館を上回っている。
「まあ県大会本戦には出られるし、白富東以外に注意するべきはトーチバぐらいなわけだが」
チーム数のやたらと多い千葉で優勝するには、一人の絶対的なエースよりも、二枚看板でいた方がありがたい。
球数制限だの、休養日の増加だの、甲子園でのピッチャーの環境は、少しずつ改善していっている。
だが以前に出場した時は、結局全試合で吉村が投げることになった。
エースは二年生であるが、使えるピッチャーは三年に二枚いる。
この二人を上手く使って、エースの消耗を避ける。
これが今年の勇名館の基本的な戦略である。
地区大会の決勝で白富東と当たるのは、むしろ好都合。
あちらの新戦力や、冬を越えて成長した選手を、体感しなければいけない。
本番は夏なのだ。
高校生たちが成長するのには、三ヶ月もあれば充分なのである。
勇名館の先発ピッチャーは、二年生エースの榎木。
球種はスプリットとチェンジアップであるが、それよりもまずサウスポーである。
二つの速球系に、チェンジアップで緩急差。
これを見分けるのが難しい上に、サウスポーである。
MAXは140km程度であるが、二年生のこの時期としては、充分すぎる能力だ。
上総総合で部長を務める、かつての白富東のキャプテン北村は「吉村に似てるかな」という感想を持っていた。
体がまだ、完全には出来上がっていない。
なので肘に負担がかかる、スプリットはあまり投げさせたくない。
試合に勝つのと選手を育てるの、両方をやらなければいけないところが、高校野球の監督の難しいところである。
ただあの年、吉村を擁して甲子園ベスト4まで勝ち残ってから、勇名館は甲子園から遠ざかっている。
おおよそベスト4までは勝ち進むのだが、あと一歩が足りないのだ。
今年は戦力が揃って、かなり期待もされている。
古賀監督はかなりの長期政権を築いているわけであるが、そろそろ違う人物に任せた方がいいのではないか、という声が理事会で上がっているのも確かだ。
もしそうなったとしても、古賀にはすぐにまた新しい就職先はあるだろう。
だが千葉で築き上げた人脈などを、上手く活用出来るかは別だ。
勇名館が選手を取るのは、関東圏に範囲が限られている。
全国に手を広げるには、人も金も足りない。
その中でも特に、地元と東京から、選手を引っ張ってくることが多い。
特に東京の場合は、吉村という大成功が過去に存在する。
その折のパイプを太くして、東京から選手を供給してもらっている。
古賀がいなくなると、まずこのパイプが消えてしまう。なのでそうそう、解任ということも出来ないのだ。
ただそんな学内の政治とは関係なく、純粋にそろそろ、また甲子園に行きたい。
(本命は来年だとしても、この夏も簡単に落とすわけにはいかない)
県内ベスト4は、なんとかずっと維持しておく。
あと一歩何かがあれば、甲子園にいける距離。
最後の一歩が、大きな一歩になるのだが。
春の陽気が、しっかりとしてきた四月、地区大会決勝戦が行われる。
既に県大会の出場までは決まっているが、せっかくならば県のトップレベルの力は味わっておくべきである。
国立はこの試合に、上級生のピッチャー三人の継投で挑むことにした。
完投などは考えず、まずは目の前のバッターに全力を注ぐ。
そうやってくれていたからこそ、去年の夏はそれなりにユーキを温存し、甲子園に出場し三回戦まで進めたのである。
優也は出さない。
成功体験も失敗体験も、どちらも大切なことではあるが、今はまだ失敗体験を経験させたくはないし、精神的な部分を勇名館には悟られたくない。
失敗経験を積ませる相手は、もう用意してある。
春の大会は勝てる場面で、出来るだけ使っていく。
もちろんその成功体験で、己の力を過信する可能性もある。
だがその伸びた鼻をぽっきりと折ってくれるチームなど、近場だけでもいくらでもある。
(将来的なことを考えると、今年の秋までは関東のチーム相手には投げさせたくない)
秋は関東大会を勝ち進めば、自然と関東の強豪と戦う。
春はどのみち甲子園につながらないのだから、県大会でベスト4まで残ればぞれでいい。
高校球児たちは、三ヶ月もあれば本当に一気に成長する。
だが肉体的な成長はともかく、精神的な成長は別だ。
時間をかけなければ得られない経験というものがある。
そういったことによって、精神は徐々に成長していくのである。
たまにはショック療法的に、一気に強くなる人間もいるが。
本日の出番はないと言われた優也は、ベンチの中で試合を見ている。
白富東のベンチの特徴として、あまり応援の声をかけないというものがある。
別に応援しないわけではなく、それよりも相手のベンチや、選手の動きを観察するのに忙しいからだ。
頭を使って試合を見る。
それが白富東の野球である。
先攻を取られた一回の表、勇名館の攻撃。
白富東の先発は、三年の永田。
弱小校ならエースになるが、強豪校ではトーナメントの序盤でしか使えないレベル。
だが三回までと気合を入れて投げるなら、全力を出して相手を封じることが出来る。
もっともそれも、相手がそれなりのチームである場合。
甲子園出場の有力校である勇名館ともなれば、一回からさっそく打って来る。
下手にボールを見極めようなどとはせず、継投を事前に見破って、一番以外は初球から叩いていくのだ。
一回の表に、二番バッターをフォアボールで塁に出した後、四番と五番の連打で二失点。
苦しい立ち上がりであるが、これは想定内である。
勇名館もなんだかんだ言って、打てるバッターは上位に集中している。
もちろん大量の入部者の中から、選ばれたスタメンである。
だがセンターやショートなどが七番八番で入っていた場合は、守備力重視だと思った方がいい。
この試合、白富東の一年で、スタメンに入っているのはファーストで五番の正志だけである。
従来は塩谷が五番に入ることが多かったのだが、キャッチャーとしての負担を考えると、少しでも打撃での負担は少なくしたい。
まして今日は三人のピッチャーを使って、強豪私立相手に立ち向かっていかなければいけないのだ。
あちらがエースを登板させるのとは、かなり条件が違う。
国立としては点を取られるのはともかく、出来れば先攻を取りたかった。
そこで先取点を取れていれば、試合の展開はずっと楽になっただろう。
比較的力の劣るピッチャーに、楽な気分で投げさせたい。
その大前提が失敗してしまっていた。
一回の裏、白富東は三者凡退する。
打率は高く、長打もそこそこ打てる面子なのだが、純粋に相手のピッチャーがいい。
特にストレートとスプリットを投げ分けられれば、まともにミートすることが出来ない。
実はストレートの上限はまだある。
でなければあまり落ちないと言っても、スプリットとの球速差がほとんどないのはおかしいのだ。
ちなみにスプリット自体も、もっと落ちる変化をつけられる。
だが空振りを取ることではなく、ゴロを打たせるのがこのスプリットの目的だ。
事実白富東は三人とも、内野ゴロで打ち取られてしまった。
厄介なピッチャーであるのは、去年も当たっているので分かっていた。
一年の秋からエースとして投げて、関東大会へも進出。
だがセンバツに届かなかったのは、白富東と同じである。
あの時は待球策を使って、球威が落ちたところで殴りあって勝った。
だが一冬を越えたエースは、明らかに体の厚みが増しているし、身長も少し伸びたようだ。
身長が伸びると体のバランスが崩れるピッチャーもいるのだが、そこは上手く乗り越えたらしい。
(むしろ来年が、もっと強くなりそうだな)
国立の判断は、古賀とも同じものであった。
白富東もクリーンナップを中心に、ヒットはそれなりに出てくる。
ゴロを打たせるグラウンドボールピッチャーというのは、確かにまだ高校生の段階では、守備が劣っているのでヒットにもなりやすいのだ。
だがそれが連打になるほどは、甘いピッチングはしてこない。
中盤からは予想通りに、ストレートとスプリットの幅を広く使って投げてくる。
序盤にゴロでアウトを取るということは、体力を終盤にまで残すということである。
白富東は三回の表にも一失点したが、三回で三失点まではぎりぎりの許容範囲である。
そこからは二年の渡辺にピッチャー交代である。
単純に渡辺の方が、球が速い。
それがピッチャーをこの順番で使う理由である。
そして最後は球はそれほど速くないが、左のサイドスローである耕作につなげるわけだ。
また打線の方も二巡すれば、ある程度は球に慣れてくる。
だが去年の秋に比べると、ピッチングの幅が広がっている。
速いストレート、普通のストレート、速いスプリット、空振りが取れるスプリット。
この四種類にチェンジアップを混ぜてくると、緩急が利いて打ちにくい。
三巡目も三番までは打ち損ねて、三打席目の四番悠木。
去年から既に四番に座っている、現在の白富東の三年では、プロからも注目を浴びている一人である。
掬い上げるように打ったボールが、フェンス直撃のスリーベース。
三点リードはされているが、白富東はここから反撃開始である。
五番打者、児玉正志は、本来なら甲子園常連の強豪私立に行く予定であった。
白富東も強豪であるとは言えるが、ピッチャーなどを獲得する力があまりない。
基本的にはスカウティングなどはせずに、集まった選手で勝つことを目指すのだ。
実際、ユーキ以降には突出したピッチャーは入っていないのだ。
今日も一本のヒットを打っている正志に、国立は特にサインも出さない。
早大付属だか東名大相模原だか知らないが、とにかく甲子園で全国制覇の経験もある超強豪から、特待生でスカウトされていたのがこの選手である。
そして確かにその実力は、特待生に相応しいものだと言える。
順調に育てば、高卒後のプロ入りを狙える。
そして現時点でも、立派なクリーンナップを構成する要素となっている。
ただ打順は、五番ではなく三番の方が良かったかもしれない。
長打力があるなら五番、という考えはあるが、足もミートもそれなりに優れている。
ランナーがいる時の悠木の打率が上がることを考えれば、考慮に値するはずだ。
そしてこの打席では、県外特待生というものの価値を、しっかりと見せてくれた。
一打席目はヒットを打ったが、二打席目は外野フライ。
三打席目は、高めに外れるストレートを打った。
伸びのあるストレートは、球威で平凡な外野フライにするはずであった。
だがミートの瞬間には手首を返して、フライ性の軌道をやや低くしていた。
そんな咄嗟の判断が出来て、実際に打てる。
一点差へと詰め寄る、ツーランホームランとなったのだ。
どちらのチームも、県大会本戦には、しっかりと照準を合わせていくだろう。
そしてその結果が、夏の大会のトーナメントに反映される。
綺麗ごとなど言わない。シードを取って、一試合でも楽な試合を増やしたい。
両校それは、同じことを考えているのだ。
試合自体はそのまま動かず、3-2で勇名館が勝利した。
しかし勇名館にとっては、新しい敵の戦力を知ることが出来た試合であるし、白富東にとっては、一年生を主力と確信出来る試合であった。
県大会本戦は、関東大会に出場すべく勝ちに行く。
国立はそう考えていたが、とりあえず帰ったらミーティングの白富東であった。
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