第47話 今年もまた

 甲子園練習の時とは違う。

 観客が入った甲子園球場で、行われる開会式。

 行進の練習をしていない白富東は、全員がバラバラである。

 このあたりは観客を味方につけるため、出来れば直したかった国立で、それは実は秦野も同じであった。

 だが赴任した時には既に、白富東はこうなっていたのだ。


 一度やってしまえば、まるで揃っていない行進が逆に伝統になる。

「行進が揃っていると強いんですか?」

 別にそれがダメというわけではなく、素直に疑問に思って聞いたのが、セイバーであった。

 そしてまあ必要ないな、と決めてしまったのが手塚である。

 これが北村やジンなら、なんとなくでちゃんと行進の練習もしたのかもしれないが。


 不思議なもので全く揃っていないと、むしろこれが味になってくる。

 さらには金髪ヤンキーなどがいて、それでいて強いという、訳の分からない集団になっていた。

 キャラが濃いのだ、白富東は。

 行進をぴっしりと揃えないのは、ランニングでも揃って走らないのと一緒だ。

 体格に合わせて、骨格に合わせて、ランニングの最適動作まで決めてしまったのが白富東。

 強豪校などが一糸乱れぬランニングをしていると、それだけで何か強そうに見える。

 だが甲子園まで来ると、まったく揃った行進をしない白富東の方が、なんだか強く見えてくる。

 県下屈指の進学校で、実際に学校の生徒には髪を染めている者すらあまりいない。

 そのくせ違う方向での問題を起こすのが、白富東なのだ。


 不思議なものだ。

 人間というのは異質なものを脅威とする。

 女性監督、金髪選手、女子高生監督、女子選手。

 これらは全て白富東が最初にしたことである。

 出身選手の実績が積み重なり、間違いなく史上最強であると、現在進行形で証明し続ける、あの年の白富東。

(三里ではちゃんとやってたからなあ)

 柔軟なつもりの国立でも、白富東の自由度の高さには驚いたものだ。

「まあアメリカ行ったらこれが普通だけどな」

 秦野の言っていたことは、もうそのままずっと国立の記憶に残り続けている。




「ははっ、すげーなあいつら。完全に合わせる気ねーじゃん」

 ご機嫌気分でそうのたまう後輩に、げんなりとするのはもう何度目のことか。

「お前ちゃんとしろよ。つーかお前だけのために行進練習したもんなんだしな」

「大丈夫っすよ、呉さん。不肖この毒島、約束は守ります」

 でかい選手が多い甲子園の中でも、さらに頭半分ほどでかい。

 それが大阪光陰の一年生、上杉以来のフィジカルモンスターと言われる、毒島海里

である。


 188cmという選手データを知っている人間は、それいつの話だ、と疑問に思う。

 少なくとも190cmはあるだろうと、そう思うのだ。

 例外はあるが人間は基本的に、デカい人間ほど筋肉が多くなる。

 そして筋肉があるほど、パワーは大きくなる。

 パワーは終息されればスピードとなり、スピードは激突した時にパワーになる。

 単純に身長だけではなく、体格が既に一年生のものではない。むしろ高校生のものではない。

 高校生の中に一人だけ、メジャーリーガーが混じっていた。そういわれてもおかしくないぐらい、フィジカルが圧倒的だ。


 その大阪光陰の行進が始まると、確かに毒島はしっかりと手足をそろえて歩いてきた。

 ただしその視線は珍しそうに、甲子園のスタンドを見回す。

「おいこら、キョロキョロすんな」

「いやだって、すげえですよ、この観客。ワールドシリーズじゃないんだから」

 いちいちMLBを持ち出す毒島は、基本的に日本のプロ野球には興味はない。

 ただNPBの選手の中には何人か興味のある選手がいるし、この甲子園にも憧れていた。

 高校を卒業したら、NPBで実績を作ってさっさとMLBに行く。

 日本のプロ野球を踏み台ぐらいにしか考えていないが、そのスケールは間違いなくMLB級である。


 大阪光陰はこれまでに、多くのスタープレーヤーをプロに送り込んできた。

 だがMLBでMVP候補になるような、それほどの選手は出ていない。

 たまたまなのか、それとも大阪光陰のシステムに問題があるのか。

 去年卒業した蓮池も、こういった感じで不敵な性格ではあった。

 あちらは周囲を完全に下に見た人間だったが、毒島は一緒に馬鹿をやるだけの愛嬌がある。

 それでも間違いなく、日本以外の国で育った空気をまとっているが。




 日本人は特にその国民性として、同調圧力が高い。

 それは別に悪いことばかりでもないのだが、甲子園ではやはり逆目立ちする。

 伝統があればあるほど、それに固執する者はいる。

 だが白富東は「伝統にこだわらない」という伝統が校風として存在する。


 行進うぜえ、などと思ったこともある優也であったが、ここまでしっかり揃ってないと逆に怖くなる。

 中にはしっかりと合わせて行進している者もいるので、カオス感はさらに高まる。

 秩序を守る者もいれば、禁止でもないのだからだらだらと歩く者もいる。

 なお上級生になればなるほど、いい加減な傾向は強くなる。


 行進もまともにしないチームが強いわけない。

 高校野球における昭和人間は、白富東の存在によって致命傷を受けた。

 あれはSSが強すぎただけと言ったら、悟の代でも優勝した。

 つまり行進など揃っていなくても、野球は強くなれるのである。

「あいつか……」

 大阪光陰の行進を見ていると、頭半分高い少年が、ちらちらと視線を動かしている。

 写真で見たよりも、さらに大きくなっているような。

 体の厚みがあるので、実際よりも大きく見てるのかもしれない。


 開会式自体は、普通に終わった。

 この選手宣誓なども、けっこうニュースのネタになって一部が切り取られて報道されるのだが、とりあえず今年は一日目に、面白いカードがある。

 東東京の帝都一と、南北海道の蝦夷農産。

 どちらも近年はベスト8の常連であり、蝦夷農産は去年の優勝校。

 帝都一はこの10年間でも二度以上優勝しており、今年の出場校全校の中では、二番目に優勝回数が多い。

 生で見ていたい気分はあったが、観客席には当然ながら空きなどない。

 仕方がないので早くバスで宿舎に戻り、巨大画面で集団観戦である。感染ではない。




 国立の事前予想としては、帝都一が有利であると思っていた。

 確かに前年度優勝校と言っても、三年生の抜けた蝦夷農産は、全く別の、単に打撃に優れたチームである。

 ただ近年の甲子園出場実績から、優れた選手が自然と集まってきているらしいが。

 蝦夷農産は公立校であるが、試される広大な大地にあるため、生徒用の寮がある。

 そして設備や施設を自前で作る農業土木科があるために、練習環境は恵まれているのだ。


 ただ、野球自体はどこか粗い。

 高校野球ならこれでいいだろうとか思う以前に、とにかくフィジカル任せであるのだ。

 ちょっといい指導者が入ったら、もっと成績を伸ばせるだろう。

 だがこの数年で、何人かプロ入りのバッターを出しているところが、やはり評価されている部分だろうか。


 両者の得点力は、おおよそ同じぐらいであろう。

 つまり勝敗を分けたのは、投手力と守備力である。

 ただ蝦夷農産も終盤に出てきた一年生ピッチャーが、かなりいいピッチングをしていた。

 来年以降に期待といったところだろうか。


 なかなかの熱闘ではあったが、終始帝都一が油断なく試合を運んだ。

 そして甲子園初戦はの勝利者となったのである。




 第二試合からは、白富東と対決する可能性の高いチームが登場する。

 まずは奈良の天凜である。

 今年は優勝候補の一角に上げられるチームであり、その前評判どおりに圧勝。

 そして初日最後の試合は、和歌山の理知弁和歌山と、福岡の岩屋の対戦である。


 これは長い熱戦になった。

 一回戦なので二回戦までには、体も回復するだろう。

 だが延長戦に突入して、結局は岩屋の勝利。

 初日はこの三試合までで、なかなかに見ごたえがあった。

 帝都一はご近所さんであるが、蝦夷農産もいいチームであった。


 明日は第二試合で白富東と静院の試合が行われる。

 そしてのその前の第一試合の勝者が、二回戦での対戦相手となる。

 とりあえずそれはまた間が空くので、改めて一回戦の相手である。

 京都代表の静院高校。これまでにも何度かトーナメントで見かけたが、対戦したことはない。

 ピッチャーの細川がかなり評価が高く、ストレートは常時140km代後半、そしてカーブとフォークを持っている。


「フォークっていうかスプリットなんじゃねえか?」

 優也は同じピッチャーとして指摘するが、この二つの違いは大変に難しく、フォークという言葉自体がアメリカにはなかったりする。

 速いか遅いか、大きく落ちるか小さく落ちるか、それらを含めて全てスプリッターである。

 細川の場合は打ち損じを狙う速いフォークと、空振りを取る遅いフォークがある。

 球種自体は優也の方が多いが、球速はあちらの方が速い。

 チーム評価としては投手力A打力C守備力Bで、総合的には白富東と同じB+となっている。


 白富東はどこかで、優也を投げさせたいとは思っている。

 だが一年生がいきなり甲子園で先発というのは、あまりプレッシャーを感じない優也でも難しいかもしれない。

 とりあえず静院は、府大会でもホームランはチーム全体で三本しか打っていない。

 典型的なピッチャー頼りのチームなので、ピッチャーを試すのには丁度いいのだ。

 しかし逆に相手を打てなければ、わずかな失点が致命的にもなりうる。


 先発は二年の渡辺。

 だが耕作もちゃんと準備はしておく。

 球数制限に関しては、一回戦はそれほど気にする必要もない。

 なので問題なのは、ピッチャーが甲子園に慣れることだ。

 理想を言うなら充分な点差がついたところで、ピッチャーに経験を積ませたい。

 だがそのリスクを負えない指揮官というのもいるのだ。


 去年の夏は耕作も投げたが、基本的にはユーキ頼みであった。

 秦野ほどにはピッチャーを継投させる技術を、国立は持っていなかったのだ。

 元キャッチャーである秦野は、確かにバッテリーの育成が上手かった。

 本業のピッチャー以外にも、悟や宮武などにも、ピッチャーの練習をさせていた。

 だが国立としては、一応自分もピッチャー経験はあるが、本質的に野手なのである。

 ピッチャーを一から育てることが難しく、経験者でどうにかやりくりした。

 だから去年の秋には勝つことが出来なかったともいえるのだが。




 夜が明けて、甲子園二日目。

 宿舎となっている宿の従業員に見送られて出発するが、勝者となって戻って来れるかは分からない。

 この日の試合が、高校野球最後、そして人によっては人生最後の試合になるかもしれないのだ。


 バスの中の空気は悪くない。

 二日目第二試合というのは、それほど早起きもしなくていい時間だ。

 それでもほどほどには早起きして、宿の中庭などを散歩する。

 一回戦を勝てば、次の試合までは中五日。

 甲子園に到着すれば、プロの試合ではブルペンとして使われている一角で、次の試合のために待機である。


 野球王国愛媛と熊本の対戦は、どちらも古豪と言っていい。

 特に松山産業は、公立としては破格の出場数を誇る、名門校だ。

 熊本も公立で、これは珍しい公立同士の対戦となったわけだが、試合自体は危なげなく松山産業が勝利した。

 甲子園出場回数においては、実は今大会最多のチームである。


 まずは目の前の試合をと思う国立だが、どうしても厄介だと感じる。

 松山産業は四国のチームではあるが、伝統校だけあってそれなりに甲子園のファンがいる。

 白富東もファンのいるチームであるが、果たしてどれだけの影響があるか。

(松山産業か)

 子供の頃からずっと、何度も甲子園で見た名前だ。

 そこと自分の指揮するチームが戦うためにも、今日が勝たなければいけない。

「行こうか」

 国立の声に従って、立ち上がる白富東である。

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