第48話 序盤の攻防
重要な試合は先攻を取る。
これは攻撃でミスをしても影響は少ないが、守備でミスをするとそれが明らかになるから、少しでも緊張がほぐれたところで守備に入るために、原則としては正しいことだ。
だが延長になると常にサヨナラのプレッシャーがあるため、どちらを選ぶべきかに正しい答えはない。
攻撃的なチームであれば、先攻で一気に相手の心を折るということも考えられるが、どちらもそれなりに経験があるため、そこまでの一方的な展開にはならないだろう。
そして相手に先攻を取られた。
(この相手に限って言うなら、完全に不利というわけでもないのかな)
国立が見る限りでは、相手のエース細川は、この大会でもかなり上位のピッチャーだと分かる。
そのピッチングに圧倒されれば、試合は向こうの有利に進む。
もっとも単にすごいというだけのピッチャーなら、ユーキと蓮池の勝負を見てきた現在の上級生は、そこまで萎縮することもないだろう。
全体的なチームの総合力では、去年よりも強くなっていると思う国立である。
だが去年よりも明らかに落ちているのが、ピッチャーだ。
ユーキは球速もそうだが、球質にも優れたストレートを投げるピッチャーであった。
そのユーキで勝てなかったのは、打力において差があったからだとも言える。
全国レベルと本当に言えるバッターは悠木だけで、結局援護が出来なかった。
正志の加入によって悠木のバッティングは幅が増えた。
本来なら好き放題に打つタイプなのだが、柱が一本しかないということは、そこでも窮屈を強いるということ。
(総合力はともかく、采配は去年よりも難しいな)
ユーキは安定感もあり、スタミナもあり、エースとして彼を中心に計算して勝てた。
それに匹敵するエースを持つ大阪光陰に勝つには、もっと策略が必要だった。
自分は選手の力に甘えていたのだ。
もっとも今考えても、あの試合はユーキに任せるしかなく、問題はそこではないのだ。
今年のピッチャー事情を考えると、継投を上手くしなければ、とても勝ち進んではいけない。
なんだかんだと言いながら、これまで白富東は150kmピッチャーを確保してきた。
現在は優也の143kmが球速のMAXである。
球速が全てではないが、分かりやすい指標ではある。
ただあちらのピッチャーを、打つこと自体は難しくないと思う。
先頭を切る大切さは、守備側の基本である。
渡辺は一番をセカンドゴロに打ち取り、まずはそこは順調なスタート。
しかし慎重に攻めすぎた二番を歩かせて、クリーンナップに回してしまう。
フォアボールはバッターがボールを打つというリスクを負わずに塁に出ることが出来る。
しかもそこまで投げた球数が無駄になるため、出来るだけ避けなければいけない。
ジャストミートしても意外と、ボールは野手の正面に飛ぶ。
そんな理屈はいくら説明しても、ピッチャーが本当にポコポコと打たせる理由にはならない。
(内野ゴロダブルプレイとか都合のいいことは考えなくていいよ)
国立のサインに、頷く塩谷である。
一年の夏からベンチに入っていたのは、この塩谷と耕作だけ。
スタメンとしては一年の秋からだが、ずっと甲子園は夏から体験している。
そこそこのピッチャーを揃えるよりも、いいキャッチャー一人を確保する方が難しい。
スカウトはあまり重視しないというか、アピールポイントが弱くなるのかもしれないが、国立はキャッチャーの重要性は分かる。
彼はバッターとして相手の打者やピッチャーのことは考えるが、どうもキャッチャーの考えというのはそれらとは違うようだからだ。
定跡としてはここでは、ダブルプレイも狙える配球をしていく。
だがそれは相手も当然ながら、ダブルプレイにはならないバッティングをしてくる。
継投を前提として考えれば、球数を多くしてでも、進塁打までにとどめる。
ツーアウト二塁なら、長打でなくても点が入る可能性は高いが、それも確率の問題。
(右方向に打たせて、ファーストでワンナウトを取ればいい)
そう思っていたところ、三番の打った球はセカンドへの平凡なフライ。
当然ながら、一塁ランナーは進めない。
この流れから四番も打ちとって、初回の守備は0で封じることに成功。
そして一回の裏、白富東の攻撃が始まる。
静院のエース細川のピッチングを見るに、少なくともストレートと二種類のスプリットを投げ分けるあたりは、既にプロレベルである。
ただ制球が乱れてセンバツでは敗退しているので、そのあたりに課題があるか。
ポテンシャルはまだまだあるように感じるが、今はそれを活かしきれていない。
プロに行って数年鍛えれば、活躍出来るピッチャーだとは思う。
そんな細川の本日の調子を探るのは、一番の九堂。
一年の秋から一番を打っている、高打率高出塁率のバッターである。
ただし長打はあまり打てない。
(変化球は全部見ておきたいところだね)
基本的に国立は、ここの指示は「待て」ということにしてある。
ただし初球はいきなり、ストレートがゾーン内に入ってくる可能性もある。
ならばそこはしっかりと打っていこう。
初球に投げられたのはカーブ。
ストレートの緩急差をつけるために投げてくるが、さほど空振りが取れるほどの球ではない。
九堂はゆっくりと見逃し、次の球を待つ。
二球目は高めに外れたストレート。
打てなくはなかったかもしれないが、かなりの球威を感じた。
確かにカーブと組み合わせれば、なかなか打ちにくいものだろう。
残りはスプリットである。
九堂はそこから粘ったが、最後は落差の大きい方のスプリットで三振。
やはり決め球としても使えるわけか。
既に甲子園のマウンドを経験しているエース。
ただし制球を乱して自滅した過去もある。
国立はしっかりと、その攻略法を考えていた。
だが実際の対戦で、相手が思ったよりも強かったというのは、よくあることである。
そのあたりのアジャストがいかに素早く正確に行えるかが、チームの強さである。
二番の城はしっかりと、その役目を果たした。
沈んでボールになる方のスプリットを振らなかったのである。
凡退させるためのスプリットと、空振りを奪うためのスプリット。
ぶっちゃけ言うとフォークとスプリットを感覚的に使い分けているのかもしれないが、とにかくいきなり二番打者の城がこれを見極めたため、静院のピッチングは苦しくなる。
実際は見極めたのではなく、追い込まれてから低めに来たら見逃していいと言われていただけなのだが。
自分の打席を犠牲にしても、全体の戦略を統一する。
白富東は自由なチームであるが、それは自分勝手とは違う。
ちゃんと役割を果たせる打線があるからこそ、チームは機能するのだ。
それでも悠木には、出来るだけ自由に打たせたい。
気分で打つタイプの悠木は、下手に限定すると、長打が打てなくなる。
城は結局、内野ゴロで凡退した。
ただし深く沈むスプリットを、カットしようとして失敗したものだ。
空振りをさせるためのスプリットに、ちゃんと当てていく。
細川の決め球を、どれだけ減らせるかが問題になってくる。
そして三番の正志である。
打率は高くホームランも打っていて、悠木と並ぶ打撃力を持っている。
悠木が気分屋なので、本当なら四番に持っていきたいところですらある。
だが三番打者にいいバッターを置いておかないのは、白富東のシステムに反する。
かといって悠木を三番というのは、確実性に欠けるところがある。
前の二人が、細川の球種をしっかりと引き出してくれた。
そして振らせるのが目的の、大きなスプリットにも当てることに成功。
ただ正志としては、国立からはそう難しいことを言われていない。
狙い球を絞っていって、ツーストライクまではそれを狙う。
追い込まれたらカッとしていって、失投を待つ。
ごく平均的な、三番打者への指示である。
細川のこれまでの組み立てを見ていくと、確かにスプリットの見極めは難しい。
なので打つのは、ストレートかカーブ。
ストレートのつもりで待っていても、正志であればどうにか内野の頭を越す打球は打てる。
だが狙っていくのは、失投である。
細川の失投というのは、これまでにもあったがストレートのコースが甘く入ることである。
この試合ではないが、それなりに棒球のストレートを、痛打されていることがあるのだ。
おそらくあれは、スプリットの抜きそこないだろうと、画像分析からは判断した。
確かに一番なのは、そういった失投を打つことではある。
人間ならばピッチャーは失投するものだからだ。
そう考えて、正志は思い出す。
(あの人は失投がなかったな)
200球以上を投げて、失投なし。
ただしあえて高めに浮いた球を投げて、振らせるということはあった。
直史のピッチングに比べれば、細川の変化球はお遊びのようなものだ。
もちろん球界全体を見ても、あのレベルは最高峰だということは分かっているが。
正志の狙うのは、ストレート。
少しぐらいボールであっても、しっかりと叩いていく。
外角高めの球を、外れているのは承知で打っていった。
その軌道はなかなかいいものではあったが、外野が追いつく。
右中間を抜くことが出来ず、センターフライ。
高めのボール球ということで、ジャストミート出来なかった。
それでももう少し守備が弱ければ、長打にはなっていただろうが。
一回の攻防は、どちらも点は入らなかった。
ランナーを出した静院の方が有利かとも言えるが、エースからしっかりと外野の深くにまで飛ばした、白富東も侮れない。
白富東はエースでも期待のルーキーでもない、明らかに二番手以下のピッチャーを出したのだ。
チーム力はさほどの差はないと、ほとんどの雑誌では書いてあった。
ただどちらかというと、白富東の方が上の評価だったろう。
そしてそれは正しいと、国立は考えている。
静院はエースの調子次第で、試合の勝敗が決まるようなチームだ。
そういったエース一人に頼るチームは、そのエースが倒れれば弱い。
どうやって崩すかというのはまた別の問題なのだが、とにかくこのエースを攻略すれば、もう次はない。
二回の表、静院の攻撃を、渡辺はまたもランナーを出しながらも守りきる。
渡辺も県大会などで投げていて、それなりに情報は出回っているはずだ。
しかし継投していくという白富東の方針から、あまり情報の精査は出来ていないのだろう。
そして二回の裏、白富東は四番の悠木から。
国立からは、好きに打てといつも言われている悠木である。
その場のノリで打つところは、実はアレクに似ているのだが、アレクの性格をそこまでは知らない国立である。
それにアレクは、打ちたいボールを打ちながらも、高いアベレージを誇っていた。
去年の夏、悠木は二本のホームランを打っている。
だが蓮池には通用しなかった。
気分屋の悠木であるが、将来はプロを目指してはいる。
今でも既にスカウトの注目は大きいが、さらに上を狙っていきたい。
プロに入ってしまえば、あとは実力勝負などと言われるが、実際にはドラフト指名が上であるほど、そのチャンスも多く与えられるものだ。
ノーアウトの先頭打者だから、まずは出塁と考えるのが、普通の高校球児である。
国立もにっこり笑っているが、期待するところは分かる。
これはホームランを期待されているな、と考えてしまうところが、空気を読まない悠木であるのだが。
国立としては、とりあえずアウトにさえならなければいい。
ボールを選んでフォアボールというのも、地方大会でかなり打っている悠木相手なら、向こうも警戒しているはずだ。
そしてアウトローへ、よく制御されたストレートが投げられる。
悠木は初球から普通に打っていった。
やや差し込まれるタイミングだったので、左手の力を強める。
するとボールはサードの頭の上を抜いて、スピンがかかりながら着地し、そこからファールゾーンへ逃げていく。
悠木は余裕のスタンディングダブル。
ユニフォームが汚れるのが嫌いな、悠木らしいバッティングであった。
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