第49話 突破
四番の打撃を皮切りに、先制点を取った白富東。
それは同時に、試合の主導権を握ることにもなった。
三回の表、ラストバッターを打ちとってワンナウトになったが、ここで打順は上位に戻る。
ここで国立は、ピッチャーを耕作に交代。
確かにピッチング練習はしていたが、ここで代えてくるとは思っていなかった静院である。
イニングの途中ではあるが、確かに一巡で代えるというのは、分からなくもない。
先発の渡辺は無失点にこそ抑えていたが、内容はあまり良くなかったので、当初の予定通りの交代である。
耕作は球速で勝負するタイプのピッチャーではなく、かと言って技巧派と言うほどの優れたコントロールもない。
ただ持っている球種の変化が独特になるため、軟投派として通用する。
なんだかんだ言って指導者は、いまだに本格派だの正統派だの、勝てもしない投手をありがたがる。
勝てば良かろうなのだが、なぜに限られた人間しか投げられない、本格派の球を目指すのか。
人間には向き不向きがある。
左というだけで、ピッチャーをやらされた耕作が、コントロールの改善のために転向したサイドスロー。
プロでもノーコンにサイドスローをやらせたりするが、少なくともこれで耕作のコントロールは、試合で充分使えるようにはなった。
一年の夏に、甲子園の決勝に立った耕作。
投球内容は良くなかったが、それでも自分の責任イニングを投げきった。
あの年は三年にかなりいいピッチャーが二人、そして二年にはユーキがいたので、かなりピッチャーは充実していたのだ。
打線に関しても、プロに行った悟と宇垣がいた。
秦野の白富東における、最後の大仕事であった。
おかげであれと比べられる国立は、かなりしんどい思いをしている。
甲子園優勝監督の後など、普通は誰もやりたがらない。
ただ国立はメンタルも強いのであった。
高校野球の監督と言うのは、ギャンブルをしているのに似ているかもしれない。
ギャンブルを一切しようと思わない国立が、一番興奮するのが野球だからである。
特に観戦だけではなく、自分が指導し育てた選手たち。
その戦力を使うことで、相手を打ち負かす。
打った手によって点が入ったり入らなかったり。
ただしギャンブルよりは、もっと確実性を積み重ねていくものだ。
昨今のリーグ戦では優勝チームでも七割は勝てないし、最下位チームでも三割を割ることは少ない。
それに比べれば高校野球は、一度きりのトーナメント。
もちろん毎年行われるもので、夏以外にも試合はあり、選手たちにも与えられるチャンスは一度きりではない。
だが野球賭博の主流は、プロ野球ではなくアマチュア、それも高校野球が、甲子園が主流であったりするらしい。
さすがに国立も、それが本当かどうかは知らないが。
国立は野球の試合を、ギャンブルとは思わない。
自分自身にしか賭けられないものを、ギャンブルと言うのはおかしいと思うからだ。
これは純粋な勝負である。
だが戦力を育成し、運用し、そして作戦で相手を偽る。
単に人のいいだけの人間には、務まらないことである。
耕作のピッチャーとしての特徴は、対戦相手の強弱にあまり関係なく、取られる点数が少ないことだ。
このタイプのピッチャーを、国立は他に一人知っている。
自分を初めての甲子園に連れて来てくれた、背中で語るキャプテンであった星である。
コントロールと、何よりそのメンタルで相手を封じてきた星は、プロの世界にまで足を踏み入れた。
そしてこの前の試合では先発として登板し、勝敗こそつかなかったもののちゃんと試合を作ったピッチングをした。
球速ではなく、もっと違う部分で戦うピッチャー。
あとは星の場合は、耕作よりもさらに球速は遅い。
だからこそプロの世界では、星の後に投げるピッチャーは、その速度差を利用して、上手くリリーフ出来るのだが。
最初は国立でさえ、星の実力は疑問視していた。
プロの世界は大学野球よりも、さらにフィジカルモンスターが多く存在するからだ。
星の身体能力は、もちろん運動をしない一般人よりははるかに優れているが、プロ野球選手としては最低に近いだろう。
それでも抑えられるのだから、耕作にしても使い方次第なのだ。
耕作もまた、星に似ている。
打ちにくい球を投げるという点でもそうだが、そのメンタルがより似ている。
打たれても自棄にならず、必ず制御された球を投げる。
純粋にピッチャーとしての実力なら、耕作の方が優れているとさえ思える。
その耕作の活躍により、試合は終盤近くになって、白富東は5-1とリードしている。
ただ球数はそろそろ、100球になりそうだ。
球数制限といっても、壊れる時は50球しか投げてなくても壊れるのだ。
耕作などは200球投げても元気な、農民的持久力を持っている。
スタミナ自慢のピッチャーにとっては、投球制限と言うのは本当に、自分の長所を削られる悪しきルールである。
何もしなければ何もしないで、マスコミや外野から叩かれるので、何かをしなければいけないところが仕方のないところなのか。
ほぼ五イニングを投げたところで、ピッチャー交代。
マウンドに立ったのは優也であり、耕作はファーストへ。そして正志はライト、悠木がレフトへとポジションチェンジをしている。
交代は色々させているが、使われる選手はかなり決まっている。
秦野に比べると自分は、まだまだ選手を上手く使うことが出来ていない。
高校野球はよほどの強豪校でも、一部の有力選手をいかに回すかが、選手起用の肝になってくる。
代打のスペシャリストのような選手を作るにしても、守備負担の少ないポジションに起用し、打線に組み入れる方が普通だ。
走塁のスペシャリストなどを作ろうとしても、そこまで割り切って代走要員になれるはずもない。
ただそれでもある程度は、選手を目的別には起用している。
幸いと言っていいのか、白富東の野球部には、変わり者が多い。
弱点を埋めてスタメンを狙うよりも、長所を伸ばしてわずかでも勝利に貢献しようという、戦略的な判断をする選手がいる。
スタメンは無理でも、そうやって長所を伸ばしてくれれば、試合の中でも使いようがある。
完全な控えを目指すか、スペシャリストを目指すか。
プロを目指しているわけでもない高校球児としては、果たしてどちらを良しとするのか。
ただ、選手が自分の役割を、完全に理解しているチームは強い。
二年前の白富東は、ピッチャーが継投でリードを保って、打線は走塁要員もいた。
最後に試合を決めたのはバントである。
強打の蝦夷農産を相手に、あのプレイは象徴的な最後であった。
とりあえず今は、そんな戦略的なことより、目の前のことである。
一年生のピッチャーが、甲子園の初マウンドに立つ。
信頼していると言っても、心配なことは心配である。
だが優也はこういったプレッシャーは、プレッシャーと感じないタイプらしい。
四ヶ月ちょっと優也を見てきて分かったのは、単なる緊迫した場面であるなら、かなりの無茶がきく。
ただ苛立つような揺さぶるプレイに対しては、やや我慢が効かない。
それでもどうにか深呼吸して、頭を冷やすことは出来るのだが。
白富東の一年生は、ピッチャーとしてマウンドに立てば、否応なく注目される。
過去に一年の夏でマウンドに立った者となると、錚々たる顔ぶれになるのだ。
だが一番有名である直史は、一年の夏には甲子園にはこれなかったのだが。
高校生は甲子園の一試合の中でも、爆発的に成長することがある。
国立もそれを、優也のみならず他の一年生や、上級生にも期待している。
おそらく今のままの戦力では、頂点にまでは辿り着けない。
そして三年生が抜けたら、また戦力は減少する。
今の二年生は、どちらかというと谷間の世代だ。
あるいは来年は、ずっと続いていた夏の出場記録も、途切れてしまう可能性があると、国立は考えている。
ただそれも、この甲子園でどう成長できるかだ。
ベンチにはいても、この雰囲気を感じてほしい。
特に二年生がどれだけ成長するかで、秋の大会はかなり変わると思う。
これは悟たちの世代が抜けたあとの、ユーキの世代に似ていると思う。
県大会も勝ち抜けず、関東大会出場を逃した。
去年のチームはエースのユーキ以外は、二年生のスタメンが多かったのだ。
今年はその二年生たちが順調に育ったため、三年生が強力になっている。
ユーキがこの学年にいたら、全国制覇は本気で狙えただろうが。
優也の成長が、おそらくは一番大きなものとなるだろう。
一年生であるため、一番伸び代がある。
それに経験を積んでいくことも、一番成長につながる。
甲子園の暑さはすごいな、とマウンドに登った優也は思っていた。
満塁ホームランを打たれたら同点となる点差で、マウンドに立つ。
だが実際のところそんなことは、静院の打線を考えればありえないだろう。
この点差で優也をマウンドに上げたのは、経験を積ませること以外の何者でもない。
万が一のためにファーストに耕作が残っているのが、その証拠である。
心配されてるとは思うが、その程度の保険をかけただけで、甲子園のマウンドに送り出してくれたのだ。
(しっかししぶといやつらだな)
優也のボールは確かに速球派の球速ではあるが、甲子園レベルであるとそれなりにいる。
なのでしつこく、追い込まれてもカットしてくるのだ。
塩谷のリードは、かなりシンプルなものである。
相手にカットをさせてでもカウントを追い込み、そこから際どいところまで曲がるスライダーでしとめる。
確かにこれは空振りや凡退が取れるが、逆にカウントを稼ぐためには、他の球種を使っていかなければいけない。
追い込むまではスプリットを、上手く使っていく。
これに下手に手を出せば、内野ゴロになる。
強く叩いて転がしても、白富東の守備であるなら、ほぼ内野ゴロはアウトに出来る。
問題は内野を抜けていくほどの打球を打たれることだが、そこは塩谷もしっかりとリードしてくれる。
今さらではあるが、シニア時代のキャッチャーは、平凡なものだったのだと思う。
倉田がコーチになってくれて、あとは外部のコーチも、しっかりとバッテリーに指導をしてくれる。
リードは基本的にキャッチャーに任せられるな、と優也は判断した。
スライダーを後逸しないキャッチャーを、優也は信じられる。
やはりいいピッチャーはキャッチャーが育て、いいキャッチャーはピッチャーが育てるのだ。
夏の甲子園の初戦、白富東は後にプロ入りする静院のエース細川を攻略に成功。
そして最後の二イニングは、一年生が六人で終わらせて、二回戦進出を決めた。
対戦相手は野球王国、愛媛代表の松山産業。
数多くのプロ野球選手を輩出した伝統校と、対決することになる。
試合後には先制のホームを踏み、その後も追加点を叩き出した悠木、一番長いイニングを投げた耕作が、インタビューを受けることになる。
だが最後の六人をしっかりと抑えた優也にも、声がかかってくるのだ。
すごいな、と素直に感じる。
県大会も勝ち進むごとにマスコミは多くなっていたが、甲子園はその比ではない。
そしてその甲子園に慣れたマスコミにとっては、一年生の優也もかなりの注目株になるのだ。
今年の白富東は、継投策で来る。
それでいて最後を任された一年生が、一番速い142kmを投げた。
球速もそれなりにいいが、やはり空振りを取れるスライダーが大きい。
この先の試合ももちろん、来年以降も楽しめそうな選手ではないか。
一回戦を終わって、幸福の中に白富東はいる。
幸せボケを防ぐために、国立は引き締めなければいけないのかとも思うが、三年生たちは気を緩めていない。
(三年生が引っ張って、一二年生が成長すれば……)
もう一度、届くのだろうか。
真紅の大優勝旗。白富東にはそれが三つ飾られている。
四つ目が取れるとすれば、おそらく来年ではなく今年。
再来年のことなどを考えれば、鬼に笑われる。
インタビューの時間を終え、一行は宿舎に戻る。
そしてここからが、国立と研究班との、二回戦に向けた分析が始まるのであった。
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